四天宝寺に入学して二度目の春。の、委員会の一番最初の集まり。
財前にとって、ここでの当番決めは重要であった。
理由は単純。マシなヤツと組みたい。
ここでいうマシなヤツとは仕事をサボらない云々はもちろん、自分に纏わりつかない人間のことを指している。
宗教と言われてもおかしくないくらいの人気っぷりを誇る某学園の生徒会長には劣るだろうが、人一倍モテている自覚があるし、事実、そうである。
女子があまり好きでない財前は、余り女子と関わりたくない。特に関わりの多い図書当番のペア決めでは、できることなら男子と。最低でも、自分に興味のない女子と組みたいと思っていた。
しかしどうやら今学期はツイていないらしい。
周りを控えめに見渡して、溜息をついた。
去年同様に図書委員を選んだせいで、財前がここに入ると予想した女がこぞって委員になっているのだ。
男子の割合は異様に少なく、事情を知らない一年生には男子生徒がいるが、どうやら全員ペアが決まってしまっているらしい。女子の方からはチラチラと視線を貰っている。
同じ学年の友人も一人、図書委員ではあるのだが、
「財前スマン! 中田さんから誘われてな……。今度ジュース奢ったるから!」
と、このザマである。この男は後日、ジュースどころか昼飯すべてを奢るはめになったのだが、それはまた別の話として。
「えー、それじゃあ一年生もおるし、まずは自己紹介からなー」
三年生から順に回って、二年。財前は簡潔にやったのだが周りの女子が色めき立ち、次の生徒に回るまでに時間がかかった。別に女子全員が嫌いというわけではないが、うるさいのは大嫌いだ。財前はすぐにでも帰りたい気持ちを抱えながら、誰とも視線を合わせないように目を伏せた。
「ほな次、一年生」
一年生の半ばあたり、3つ前の席、つまり二つのイスを挟んで正面に位置する女子が立ち上がった。
「1年4組、みょうじです」
緊張しているのか、単に無愛想なのか。ともかくみょうじという後輩は最低限のあいさつを済ませ、小さく音を立てて座った。財前の方は一切見ず、窓の外をぼーっと眺めている。
男子が無理なら、女子の中でも比較的よさそうなヤツと組もうと思っていたが、調度良さそうなのがいる。
「さーて、次はお待ちかねの当番決めやでー。適当にペア組んでなー」
図書館司書の言葉に各所から歓声が上がる。財前は誰かから声を掛けられるよりも先に、先ほどの女子の元へ向かった。
「なあ、俺とペア組んでくれへん? ええよな?」
「はっ?」
財前を見上げる女子は本当に意味が分からないという顔をしていて、あんぐり口を開けている。しかし辺りがどよめくのに応じて、隣に座っている別の女子の方を見た。
「私友人と――」
「あー! 大丈夫ですんで! アタシ他の子と組みますんで! ……ばかっなまえ、このひと財前先輩やで、大チャンスやでっ! アンタが興味なくてもアタシのためにモノにせんかい!」
「はあ!?」
小声で何やら話している二人を無視して、財前は言葉をつづけた。
「何曜日がアカンとか……」
「大丈夫ですよセンパイ、この子実質帰宅部ですんで、いっつも暇してますからっ」
「ほな、火曜日の放課後で頼むわ」
火曜日は良く分からないお笑い講座(ボケ)の日だ。ツッコミはまだしも、財前にとってボケは地獄に等しい。断れるいい口実になる。
それだけ言って、財前は元の席に戻った。席に着くとすぐに中田が顔を寄せてくる。
積極的やなって、アホ。名前も知らんわ。
このとき財前は、ひとつの面倒ごとを片付けた気でいた。
――それが間違いだったと後悔するのは、一週間後。
* * *
何が悲しくて先輩と。しかも男と組まなければいけないのか。
なまえはひと月ほど前のことを思って溜息をついた。
どうやらかなりモテるらしく、彼目当てで図書委員になった女子(主に先輩)からは痛い視線を感じた。その他の実害はないのが救いである。
火曜日の放課後は案外利用者が少ない。というか、放課後の利用者が少ない。
おそらく生徒全員が部活に入っていて、放課後に時間がないのだろう。主に昼休みに利用されていると聞いた。
昼休みの当番がいいだろう思っていたので、何から何まで勝手決めてしまった黒髪の先輩には少しだけ、その部分だけ感謝している。本当にそこだけだが。
図書室にはなにか調べ物をしているらしい生徒が数人いるだけ。きっと彼らも本を借りはしないのだろう。正直自分がここにいる意味が分からないが、当番なので仕方ないと割り切ったのは三十分前の話。
残り三十分。隣に座る先輩は課題だろうか。イヤホンで音楽を聴きながら、シャーペンをせわしなく動かしている。
なまえが下を向いて本を読んでいると、机の上から消しゴムが落ちていった。
チラリと先輩を見てみると、どうやら気付いていないらしい。
「……」
このままほおっておいても、次間違えたときに無いことに気付くだろう。しかし気付いているのにとらないというのは少し罪悪感がある。
なまえは心の中で溜め息をついてから、消しゴムを拾った。
変わらずシャーペンを動かしている隣の男に声をかけた。
「あの、センパイ」
「……」
人がいないとはいえ、これだけでは反応しにくいかと思い、名前で呼び変えようとしたが、まさか先輩と組むとは思っていなかったので自己紹介を聞いていなかった。名札もつけていないし、まさか消しゴムに名前があるわけでもない。
「……センパイ?」
もう一度、声をかけるが、シャーペンは動き続ける。場所が場所だけに声を張るのもまずい。どうしたものかと考えて、わざわざ手渡しする必要もないかと思い至った。
落ちる前に会った場所にそっと戻す。これで問題ないだろう。なまえは軽く頷いてから読書に戻った。
コロン。
「…………」
肘に当たって転がり落ちる消しゴムに、舌打ちしそうになるのを寸でのところで耐える。
もしかしてわざとか。これが後輩いびりというやつなのか。諦めてとらなくなったところを文句つけて金でもとろうというのか。
なまえ自身意味のわからないことだとわかっているが、意味不明なことを考えるくらいにはイラついた。
もう一度拾う。
また置いておこうかとも思ったが、また次落とされたら敵わない。
「……センパイ」
「……」
「……あのぉ」
呼びかけても無反応なので、小さく肩をつついた。流石に気付いたようで、先輩がぴくりと反応する。なまえは安堵しつつ、消しゴムを差し出そうとした。
「あの、けし」
「話しかけんな」
「え」
彼の第一声でなまえは動きを止めた。
「なに勘違いしとんのかしらんけど、お前と仲良うする気なんて微塵もないねん。他よりマシそうやから声かけたけど、調子乗んなや」
「……」
ここでなまえが、彼、財前からの暴言を流して「落ちた消しゴムを渡したかっただけです」と、穏やかなり怖がりながらなり言えば、お互い少しずつ不満を抱えただけで済んだのだろう。いやむしろ、相手からの謝罪を受け取れるまであったかもしれない。
だが、なまえは元来気長な性格ではなかった。むしろ短気だった。
それでも先輩は先輩だ。ここはぐっとこらえようじゃないか。そう思って愛想笑いを浮かべて消しゴムを差し出した。
「すいません、消しゴム落とされてたんで、渡そうかと思って声かけたんですけど……」
「……あぁ、そうやったんか」
「すいませんでした」
「いや、誤解してすまんかったな」
「いえいえ」
そしてなまえは伸びてくる財前の手を前に、消しゴムを、落とした。
「余計なお世話だったようで、どうぞご自分でお取りください」
この日から火曜日の放課後、図書室の利用者はいなくなった。
「みょうじお前先輩敬うこともできへんのか。ほんまに能無しやな」
「敬ってほしいならもっと先輩らしくしたらどうです? 財前センパイ」