「みっどりまー!」
昼休み入ってすぐにオレたちのクラスにみょうじちゃんがやって来た。
四月当初からほとんど毎日のことなので、当事者のふたりはもちろん、オレを含めたクラスメイトからしても、すでに日常となっている。
「静かにするのだよ、みょうじ」
真ちゃんが深々とため息をついて眼鏡の蔓を抑えるのも、いつものことだ。
「えへ、ごめんね!」
へらーと頬を緩めて笑うみょうじちゃんは、真ちゃんの隣の席の椅子を引いて座った。
「高尾くんはもうご飯買ったの?」
「おー、空き時間に買ってあるぜ!」
「さすが!」
毎日のように、それこそ部活のミーティングがあるか、みょうじちゃんに用事があるかでないときは、一緒に昼食を食べているから、オレとみょうじちゃんは結構仲がいい。なんなら、何も知らないやつが見たら、対応の素っ気ない真ちゃんよりもオレとの方が仲が良く見えるんじゃないかってくらいには、親しくなってるつもりだ。
オレは全然人見知りしないし、どころか他人からはコミュ強って言われるくらいだけど、みょうじちゃんも中々のものだと思う。それに、ハイテンションな自覚があるオレに負けず劣らずテンションが高い。
現に今だって、
「みどりま、今日ね、今日ね」
とにこにこしながら、今日の出来事を報告している。
「あ、あとね、おは朝の占い、私一位だったよ!」
「ああ、朝見てきたのだよ。そのストラップがラッキーアイテムか」
「そうなの! みどりまはあんま良くなかったけど、大丈夫?」
「ちゃんとマトリョーシカを持ってきたからな。問題ないのだよ」
「そっかー、良かったー!」
そう言ってから購買のパンを頬張り始めたみょうじちゃんは、尻尾と耳生えてもおかしくないくらいには忠犬染みている。ほんとに生えてるとしたら、その尻尾は千切れんばかりにブンブン振られてそうだ。

みょうじちゃんはたくさん喋る割に、食べものを口に入れている間は喋らない。真ちゃんが行儀悪いやつを嫌っているからだ。
おは朝を欠かさずチェックして、無理難題のラッキーアイテムまでちゃんと用意してるのは、真ちゃんがそうしてるから。
毎日階の違うこの教室へ昼を食べに来るのは、部活で忙しい真ちゃんとゆっくり話したいから。
真ちゃんの恋人なわけでもないみょうじちゃんがこんなことをしているのは、一目瞭然、信ちゃんのことが好きだからだ。
そう、篠原ちゃんは秀徳のエース様・緑間真太郎に片思いをしているのだ。

パンを食べ終えたみょうじちゃんが、また真ちゃんに話しかけようとして、あっとしまったというような顔をした。
「今日担任に呼び出されてたんだった……」
「ぶっは、呼び出しって何やらかしたんだよ?」
「何もやってないって! 授業中に寝てただけ!」
「みょうじ、授業はちゃんと受けるのだよ」
「う。が、がんばる……!」
「つーか早く行った方が良いんじゃねえの?」
「あ、そだね。じゃあ行ってきます! 早く終わったらまた戻ってくる!」
そう言い残し、みょうじちゃんは颯爽と教室を後にした。
「嵐みたいなだったな」
オレが苦笑いながらに言うと、「全くなのだよ」と真ちゃんも小さく口角を上げた。おぉ?
これは、これは。みょうじちゃん。
意外と脈有なんじゃねえの?
「の、割には、嫌がってねえよなぁ。珍しくね?」
「……そうだな」
あくまで他人事のはずなのに、おかしいくらいに心臓をドキドキ言わせながら、逸るのを隠しながらの質問に、真ちゃんはびっくりするくらい素直に頷いた。
鼓動が不自然に跳ね上がる。
――その矢先、真ちゃんは穏やかに笑いながら告げた。
「みょうじは犬のようなものなのだよ」

…………。

「…………」
「おい、高尾?」
「――いや、犬て! みょうじちゃんに失礼しぎっしょ!」

あまりにも予想外だったもんだから、固まってしまった。慌てて突っ込むと、多少思うところがあったのか、真ちゃんは顎に指を当てて考えるそぶりを見せた。

「まあ、確かにそうだな。犬は言いすぎか」
真ちゃんが言いながら、脈絡なく外へ目を向けた。
釣られてそちらを見ると、教室棟と職員棟をつなぐ渡り廊下をみょうじちゃんが元気よく駆けているところだった。その手には白いプリントが握られている。
真ちゃんのみょうじちゃんを見る目は酷く優しい。普段の緑間真太郎を知るやつがみれば、ぎょっとしてしまうくらいには。
……、それでも失恋だってんだから、余計驚きなんだよなぁ。

たとえば今、みょうじちゃんが自分の気持ちを告げたなら、真ちゃんはどうするんだろう。
真ちゃんは結構頑固だから、そのとき気持ちがない以上、やっぱり断ってしまうんだろうか。
そしたらたぶん、みょうじちゃんは泣くんだろうな。
「みどりまー! プリント解くの手伝ってー!」
罰則で課題プリントをくらったらしいみょうじちゃんは、教室に入るなり真ちゃんに泣きついた。
「自分で解かないと意味がないだろう。だからお前はバカなのだよ」
「辛辣〜! た、たかおくん!」
真ちゃんに素気無く断られ、みょうじちゃんはオレを振り向いた。
「オレかよ!?」
お願い! と手を合わせられてしまい、オレは頭を掻いた。真ちゃんの目が厳しい気がするけど、なんとなく、断ることもできなかった。
いや、別にオレがみょうじちゃんを恋愛的な意味ですきとか、そういうんじゃねえけど。
そういうんじゃねえけどさ、もしそういうことがあるときに、放っとけねえなって思うくらいには、友達だと思ってるわけで。
「……オレで真ちゃんの代わりになるとは思えねえけどな!」
それで良ければ、オレに傍に居させてよ。


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