「あ、やっぱりフられましたか」

白ひげの船、モビーディック号、その食堂の一角。
思わずといった様子で発されたその言葉に、エースは目を見開いた。

「やっぱりって、おまえがいけるっつってたんだろうが!!」
「そんなこと言いました?」
「こんっの」

ダン! とジョッキを持つ手を机に叩きつけ、エースは憤慨した。
周りからはなんだなんだと視線をもらったが、エースの正面に座るナース服の女を見るやいなや「またか」と呆れたのち自分の世界に戻っていく。

なまえはエースをまぁまぁと宥めながら、度数の低い酒に口をつけた。職務中だろと嗜める者は誰もいない。なんせここは海賊の船、陸の規則で縛られた病院ではないのだ。

「冗談はさて置き……。もしかしたらイケるんじゃないかなとも思ってましたよ、あなたカッコいいですし」
「おまえ、あんとき絶対大丈夫って言ったじゃねェか」
「だって、止めても聞かなかったでしょ」
「聞いたわ!」
「ほんとに?」
「……たぶん」

なまえがじっと疑いの目を向けると、エースは言葉を詰まらせて顔を背けた。

「断言します、絶対聞く耳持ってなかったですよ、あなた。
あのときの興奮具合といったらもう、『おれあいつに好きだって言うわ!!』て、決定事項じゃないですか」

昨日のエースの物真似をして言うと、エースは「似てねぇよ」と眉をしかめた。

「で? なんで振られたんですか」
「おい、人の傷口えぐんなよ」
「ここまで散々相談に乗ってきたんですから私には聞く権利があります」

エースが食堂で手伝いをしていたなまえの後輩ナースに惚れてからというもの、情報提供したり、紹介したり、会話を取り持ったり、相談に乗ったり……感謝されて然るべき働きをなまえはしている。
というか義理堅いエースがそれを気にしないわけがない。
フン、となまえが偉そうに胸を張ると、エースはぐぅと唸った。

エースは分かったよ、と言ってから、言い辛そうに口を開けたり閉めたりしていた。
なまえは酒を飲み干し、下働きの男に追加を頼んだ。厨房の奥に消えた男を目で追うと、サッチがその男の話しかけているのが見えた。

なまえがエースに視線を戻すと、エースはというと例のナースがいないか辺りを気にしていた。
なまえは後輩が今日ここに来ないことを知っている。

「まあ、だいたい検討はついてますけど」
「は!?」
ギョッとしたエースが立ち上がった。
「何で知ってんだよ!? あ、あいつから聞いたのか!」
「いえ、あのこはそういうこと言いふらす子じゃないですよ。ふふふ、私にはなんでもお見通しなんですよ、この能力によってね!」
「ま、まさかおまえ、いつの間に能力者に……!」
「おーおーなんか盛り上がってんな」

茶番を繰り広げ始めたところで、酒瓶を持ったサッチがやってきた。

「ほら、ご所望の酒だぜ」
「わあ、わざわざありがとうございます」
「いいってことよ」

ニッと笑うサッチが仕事に戻るのを見送って、なまえはエースにコルク抜いてくださいと瓶を押し付けた。
それから「話を戻しますが」と前置きし、空いた手で行儀悪くエースを指した。

「ズバリ、『サッチさんが好きだから』!」

ジュワ、とコルクが焼き消えた。
なまえは加熱でアルコールを抜きかねない様子のエースの手から慌てて酒を取り返し、グラスに注ぎながら言った。
「そもそも忙しい業務の間縫ってサッチさんのお手伝いしに行ったあのこにエースさんが惚れたんですよ、知らなかったでしょけど」
「言えよ! それ言えよ!!」

エースはまたジョッキで机を叩いた。
なまえ跳ねた机から自分の酒をさっと持ち上げる。

「本人の口から聞いたわけじゃないので、確証はありませんでしたし。
 それにエースさん見た目も性格も良くて、隊長で、もしかしたらと……」
「おまえそんなに考えてくれたのか……責めたりしてごめんな!」
「いいんですよ、そんなこと」

なまえはふ、と微笑んでから首を振り、目を輝かせるエースに本音を告げた。

「十中八九無理だとも思ってましたけどね」
「なまえてめぇ!! 人の感動返せ!!」
「ちょっとそれは無理です」

なまえは案の定再び起こりだした今にも掴みかかってきそうなエースから少し距離を取った。

「やめてくださいよー私非戦闘員なんですからーただのしがないナースなんですからー」

ひらひら手を振ったあと、今度は真剣な顔でエースを見つめた。
エースは突然のことに不審そうな顔をしている。

「私、あのこはサッチさんのために仕事の合間に手伝いをしていた、それであのこの気持ちを察したって言いましたよね」
「言ったな」
「なんで私がそう思ったか、わかりますか。ねえ、エースさん、気づいてますか」

なまえは酒瓶とグラスを机上に置いて、引いていた身を寄せた。

「あのこがサッチさんの手伝いをしていたとき、私が何をしていたか、あなたなら分かるんじゃないですか」

エースの脳裏に、数分前に思い起こしたこれまでのことが再び駆け巡った。

「エースさん」

なまえの手がジョッキを握っていたエースの手と重なった。じっと見つめられていたエースは、柔らかな手の感触に肩を跳ねさせた。
エースの顔が熱いのは、なまえの顔が赤いのは、酒のせいでははないのだろうか。

なまえが、強ばらせていた口元を、へらりと緩めた。

「冗談です」

一拍、ぽかんと表情を崩したのち、

「……はっ、はぁああああ!?」

エースが叫んで、なまえは耳を塞いだ。

「うるさっ」
「おまっえなぁ! そういうこと冗談でんなこと言ってんじゃねえ、びっくりしだろ!」

ぷんすか怒るエースをなだめるために、なまえはサッチが持ってきてくれた酒を彼の空のジョッキに注いだ。

「全員の気持ち分かった上で、どう事が転ぶか見守ってるの、結構大変だったんですよ。なのになんか凄い怒鳴られて、意地悪したくなったんです。ごめんなさい」
「……そう言われたらなんも言えねえだろうが、バカ」
「ふふ、あなたにバカと言われるのは心外です」

エースはむっと分かり易すぎる不機嫌顔でむくれている。なまえはそれを見て苦笑いし、お酒無くなったので取りに行ってきますねと席を立つと沈黙で返された。
流石に悪質過ぎたか、と反省する一方でなまえは少し辛くなった。

「あんまりそういう反応しないで欲しいんですけどねえ」
「はぁ?」
「あなたの気を引くために協力してたってのは冗談ですけど、」

頬杖ついたエースに向かって、なまえは赤みの射した頬を揺るませた。

「私があなたのこと好きなのは、本当ですよ。…………恋愛感情ではないですけど」

苦し紛れに放った注釈が、船全体に轟く叫びを上げたエースに聞こえたのか定かではないが、とりあえず、なまえは耳を塞いだ。

(くそ、どこからどこまでが冗談だ!)
(あはは、良かった、元気でましたね)