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マスターと一番フランクに接することが出来ると言えば、ということで名乗りをあげたのはクー・フーリンだった。
「まー任せとけって!」
彼はそう言って、意気揚々と笑って転移していった。
* * *
「……あ? なんだ、ここ」
太陽がさんさんと照っている、自然豊かな公園、そのベンチにランサーは座っていた。
鳥の鳴き声が耳に優しく、暑さと眩しさは傍に立っている気のお陰で軽減されていた。
あまりに平和的な情景。その中に自分が居ることの違和感が凄まじかったが、それはそういう仕様ということで、ひとまず話に聞いていた設定を教えてくれるらしい本やらノートやらを探した。ところがサッパリ見つからない。
分かることと言えば、着ているのがTシャツとジーンズにスニーカーという現代的なものだということと、この公園のそばにコンクリート造りの建物がいくつかあることだけだった。マスターすら見つからない。
どうしたものか、とベンチの背に両腕を預け嫌に爽やかな空を見上げていると、至近距離から鳥の鳴き声がして肩が跳ねた。
「クー・フーリン」
鳥のくちばしからあまりにも似つかわしくない合成音声が飛び出した。
「そこのアパートの二階に住み、そこにあるカフェで働いている」
そこの、というたびに嘴の先で鳥が建物を示していく。
「現在は休憩中、仕事は給仕。マスター・舛田真衣は隣の部屋に住んでいる新妻。たまに挨拶をする程度の仲」
「ああ、ご近所さんてやつか」
わざわざ探さなくてもいいのか、と頷いて、一拍おいて目を剥いた。
「待て! お前今なんて――」
鳥を捕まえようとした手は空振り、鳥は青い空へと舞い戻っていった。
「……聞き間違いか?」
茫然と鳥が消えた先を見ていると、「おい」と声を掛けられた。
「あ?」と不機嫌を隠すことなく振り向くと、それ以上に険しい顔をした男が立っていた。
「自由な時間を邪魔するつもりはなかったさ。……休憩時間が終わっていなかったらの話だがね」
* * *
「つっっっかれたー!」
クー・フーリンは閉店後のカフェの椅子にどかりと座り込んだ。
「掃除を済ませれば帰れるのだから、さっさと手を動かしたらどうかね」
「うるっせえなあ、こんなとこでも口うるせえのかよ、お前」
「キミとはここだけの付き合いのはずだが?」
「なーんでこいつにしちまうかなー」
ゲームということを割り切り、独り言同然に愚痴をこぼしている。
白髪の店長の小言を聞きながら片付け終え、店を出る。
「お」
丁度出たところで、彼は自身のマスターを見つけた。
横断歩道を挟んで向こう側に、重そうに買い物袋を抱えている。歩行者用の信号が青に変わるとこちら側に渡ってくる。自分と同じアパートに住んでいるのだから、当然だ。
じっと彼女を見ていると、ふと顔を上げた彼女と目があった。ぺこりと軽く会釈をされた。
「おつかれさまです」とマスク越しのくぐもった声のトーンは現実よりも幾分か硬く、それがもどかしかった。
「重そうだな、持つぜ」
「えっ、いいですよ、そんな」
申し出を辞退する彼女に構わず、両手に持った袋を簡単に奪い取った。彼女とは反対側の手にまとめて持ってしまえば、あとはどうすることもできない。彼女は「すみません」と申し訳なさそうに眉を下げた。
「あんた非力そうなんだから、もっと細目に買ったほうがいいんじゃねーの」
「……本当はそうしたいんですけど、引っ越したばかりで、色々と足りないものが多くて……」
引っ越したばかり。さっきの鳥の言葉が聞き間違いでなければ、結婚して新居に引っ越したというところだろうか。
「旦那に手伝って貰えばいいじゃねえか」
旦那という単語に複雑な感情を抱きながら言ったセリフに、彼女が肩を震わせた。沈黙して俯き、ただでさえある慎重さのせいで、彼からは旋毛さえも見えなかった。
仕方なく二三歩先行し、彼女の顔を覗き込んだ。
「どうかし――」
たか、と続くはずだった言葉は、頬を伝う彼女の涙に飲み込まれてしまった。
「おい、」
「あ、すみませ……っ」
彼女は袖で乱雑に涙を拭おうするので、空いていたほうの手でそれを阻んだ。
しかし彼女の方が使える手の数が多い。結局、数秒もしないうちに彼女の目から涙は消え去っていた。
「花粉ですかねえ。対策でちゃんとマスクしてるんですけど」
誤魔化す様に言われたその言葉に、片眉を上げた。
違うだろう。今のタイミングは、完全に旦那絡みの反応だろう。
問い詰めたようと口を開いたクーを制して、本物よりも数年分大人びたマスターは綺麗に微笑んだ。何も聞くな、踏み込むなと弧を描く唇が暗に告げている。
不器用で赤裸々な己のマスターにちっとも似合わないその表情と、そんな顔をさせる彼女の夫に対して怒りを覚えた。
彼女の無言の要求を無視し、挑発するように言った。
「アンタの旦那、碌でもない男みてえだな」
「――」
「どういうわけで一緒になったのか知らねえが、アンタ、幸せじゃ、」
「やめて!」
胸倉をつかんだ彼女が、嘆願するように叫んだ。泣くのを精一杯耐えた、酷い顔。
「やめて……」
少し突いてやれば、すぐに本音を出す。見た目が変わっていても間違いなく彼女である証拠だ。
しかし今はその証が憎い。
確かにこの目の前の女は彼のマスターで、彼女は既に誰かのもので。
それなのに、結局こうやって自分の言葉に翻弄されている。
睨むような彼女の瞳と、怒りと愛おしさとがごちゃ混ぜになった感情に息を詰まらせた次の瞬間、世界が一転した。
「ああ……こういう感じなワケね」
いつもの衣装に戻った己の姿を見ながら、嘆息し、壁に背を預けた。
【幸せにする】ゲーム。つまりは、そういうことだ。
「まー任せとけって!」
彼はそう言って、意気揚々と笑って転移していった。
* * *
「……あ? なんだ、ここ」
太陽がさんさんと照っている、自然豊かな公園、そのベンチにランサーは座っていた。
鳥の鳴き声が耳に優しく、暑さと眩しさは傍に立っている気のお陰で軽減されていた。
あまりに平和的な情景。その中に自分が居ることの違和感が凄まじかったが、それはそういう仕様ということで、ひとまず話に聞いていた設定を教えてくれるらしい本やらノートやらを探した。ところがサッパリ見つからない。
分かることと言えば、着ているのがTシャツとジーンズにスニーカーという現代的なものだということと、この公園のそばにコンクリート造りの建物がいくつかあることだけだった。マスターすら見つからない。
どうしたものか、とベンチの背に両腕を預け嫌に爽やかな空を見上げていると、至近距離から鳥の鳴き声がして肩が跳ねた。
「クー・フーリン」
鳥のくちばしからあまりにも似つかわしくない合成音声が飛び出した。
「そこのアパートの二階に住み、そこにあるカフェで働いている」
そこの、というたびに嘴の先で鳥が建物を示していく。
「現在は休憩中、仕事は給仕。マスター・舛田真衣は隣の部屋に住んでいる新妻。たまに挨拶をする程度の仲」
「ああ、ご近所さんてやつか」
わざわざ探さなくてもいいのか、と頷いて、一拍おいて目を剥いた。
「待て! お前今なんて――」
鳥を捕まえようとした手は空振り、鳥は青い空へと舞い戻っていった。
「……聞き間違いか?」
茫然と鳥が消えた先を見ていると、「おい」と声を掛けられた。
「あ?」と不機嫌を隠すことなく振り向くと、それ以上に険しい顔をした男が立っていた。
「自由な時間を邪魔するつもりはなかったさ。……休憩時間が終わっていなかったらの話だがね」
* * *
「つっっっかれたー!」
クー・フーリンは閉店後のカフェの椅子にどかりと座り込んだ。
「掃除を済ませれば帰れるのだから、さっさと手を動かしたらどうかね」
「うるっせえなあ、こんなとこでも口うるせえのかよ、お前」
「キミとはここだけの付き合いのはずだが?」
「なーんでこいつにしちまうかなー」
ゲームということを割り切り、独り言同然に愚痴をこぼしている。
白髪の店長の小言を聞きながら片付け終え、店を出る。
「お」
丁度出たところで、彼は自身のマスターを見つけた。
横断歩道を挟んで向こう側に、重そうに買い物袋を抱えている。歩行者用の信号が青に変わるとこちら側に渡ってくる。自分と同じアパートに住んでいるのだから、当然だ。
じっと彼女を見ていると、ふと顔を上げた彼女と目があった。ぺこりと軽く会釈をされた。
「おつかれさまです」とマスク越しのくぐもった声のトーンは現実よりも幾分か硬く、それがもどかしかった。
「重そうだな、持つぜ」
「えっ、いいですよ、そんな」
申し出を辞退する彼女に構わず、両手に持った袋を簡単に奪い取った。彼女とは反対側の手にまとめて持ってしまえば、あとはどうすることもできない。彼女は「すみません」と申し訳なさそうに眉を下げた。
「あんた非力そうなんだから、もっと細目に買ったほうがいいんじゃねーの」
「……本当はそうしたいんですけど、引っ越したばかりで、色々と足りないものが多くて……」
引っ越したばかり。さっきの鳥の言葉が聞き間違いでなければ、結婚して新居に引っ越したというところだろうか。
「旦那に手伝って貰えばいいじゃねえか」
旦那という単語に複雑な感情を抱きながら言ったセリフに、彼女が肩を震わせた。沈黙して俯き、ただでさえある慎重さのせいで、彼からは旋毛さえも見えなかった。
仕方なく二三歩先行し、彼女の顔を覗き込んだ。
「どうかし――」
たか、と続くはずだった言葉は、頬を伝う彼女の涙に飲み込まれてしまった。
「おい、」
「あ、すみませ……っ」
彼女は袖で乱雑に涙を拭おうするので、空いていたほうの手でそれを阻んだ。
しかし彼女の方が使える手の数が多い。結局、数秒もしないうちに彼女の目から涙は消え去っていた。
「花粉ですかねえ。対策でちゃんとマスクしてるんですけど」
誤魔化す様に言われたその言葉に、片眉を上げた。
違うだろう。今のタイミングは、完全に旦那絡みの反応だろう。
問い詰めたようと口を開いたクーを制して、本物よりも数年分大人びたマスターは綺麗に微笑んだ。何も聞くな、踏み込むなと弧を描く唇が暗に告げている。
不器用で赤裸々な己のマスターにちっとも似合わないその表情と、そんな顔をさせる彼女の夫に対して怒りを覚えた。
彼女の無言の要求を無視し、挑発するように言った。
「アンタの旦那、碌でもない男みてえだな」
「――」
「どういうわけで一緒になったのか知らねえが、アンタ、幸せじゃ、」
「やめて!」
胸倉をつかんだ彼女が、嘆願するように叫んだ。泣くのを精一杯耐えた、酷い顔。
「やめて……」
少し突いてやれば、すぐに本音を出す。見た目が変わっていても間違いなく彼女である証拠だ。
しかし今はその証が憎い。
確かにこの目の前の女は彼のマスターで、彼女は既に誰かのもので。
それなのに、結局こうやって自分の言葉に翻弄されている。
睨むような彼女の瞳と、怒りと愛おしさとがごちゃ混ぜになった感情に息を詰まらせた次の瞬間、世界が一転した。
「ああ……こういう感じなワケね」
いつもの衣装に戻った己の姿を見ながら、嘆息し、壁に背を預けた。
【幸せにする】ゲーム。つまりは、そういうことだ。
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