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夏休みが終わるまであと三日を切った。三年生最後の大会が近く、部活の雰囲気もピリピリと緊張感が高まっていた。
「研磨、今日潤さんとこ行こうぜ」
昨日のお小遣い日で財布を潤わせた黒尾が帰り際に言った。
そういえば、あれ以来――観光中の涼と遭遇して以来、行っていないことに気が付いた。
「そうだね」
研磨はいつも通り俯きがちに頷いて、自分の目の前に並ぶであろう絶品アップルパイを思って、わずかに頬をゆるませた。
『そろそろ地元に――』
「……」
「研磨〜?」
先に準備を終えた黒尾が研磨を急かすように呼んだ。わかってるよ、とため息交じりに呟いて、止めていた足を動かし始めた。
正午を少し過ぎたところで練習が終わったため、カフェへ向かうだけでも汗が滲んでくる。なるべく日陰を求めながら歩いくが、ジリジリとアスファルトが照り返すせいでほとんど意味をなしていない。
カランカランと聞きなれた音とともに入店すると、聞きなれた声で「いらっしゃい」と迎えられた。
「潤さん、いつものセットお願いシャス!」
「はいはい」
いつもの、というのはランチセットのことで、日替わりランチにデザートもしくはサラダとドリンクがついていて、黒尾はいつもサラダ、研磨はアップルパイを選んでいる。
もともとのランチセットはサラダ一択だったのだけど、去年の夏休みに、毎回日替わりランチとアップルパイを頼む研磨を見て潤が選択肢を増やしたのだ。結果、女性客の満足度が上がったとかで、潤もうれしそうにしていた。
そうだ、もともとはそうだった。ほんの一か月前なのだ、あの少年がこの店に来たのは。
「あれ、潤さん、涼は? 今日はいないんスか?」
先にサラダを運んできた潤に、きょろきょろと見回していた黒尾が尋ねた。確かにいつ行っても居た涼の姿が見えない。
黒尾が不思議そうな顔をすると、潤はその顔に困惑したように「聞いてない?」と首を傾げた。
「涼なら昨日、地元に帰ったよ」
「えっ、あいつこの近くに住んでんじゃないんスか!?」
「そう、宮城。東京見学も兼ねて遊びに来てたんだ。……本当に聞いてないんだ。おかしいな、そういうのはちゃんとする子なのに」
「あー、まあ、ここ数日来てませんでしたからねー」
すぐそこでなされている会話が、酷く遠く聞こえる。別に、分かっていたことだ。
もうすぐ帰るということさえ知っていれば、涼の出迎えの声が聞こえなかった時点で薄々察することが出来る。
「研磨はそんなに驚いてないね」
サラダと一緒に運ばれてきたお冷で喉をうるおしていると、眉を下げた潤が研磨に聞いた。
「おれは聞いてたから……」
「はっ!? 知ってたのかよ、言えよ!」
「聞かれなかったから」
「どんなピンポイントな話題だよ……」
ブツブツと黒尾が文句を言っているが、研磨は特に気に留めず、また水を一口飲んだ。
今日の日替わりランチはオムライスだった。
いつも通りの美味しさで、黒尾はもちろん、研磨もぺろりと平らげたあと、頃合いを見て出されたアップルパイを切り分け始めた。
「あーあー、涼も研磨から伝わると思ってたんだろうけど、挨拶ぐらいはしたかったなー」
スプーンを口にくわえて上下に揺らしている黒尾が嫌味交じりに言った。
「うるさい……」
「つーかいつそれ聞いたんだよ。ひとりで涼に会う機会なんてあったのか?」
「あー……、クロが寝坊した日に、東京観光してて偶然……」
「あんときかー」
納得して唸る黒尾に、研磨はやっとやっかみが終わったかとアップルパイを堪能し始めた。
甘くリンゴとサクサクなパイはまだ湯気をたてていて、そこに冷たいバニラアイスが乗っている。
本来なら一番上にあるはずのミントはない。毎回皿に残される緑色の葉に気付いた潤が、「いらないかな」と聞いたのでそうしてもらったのだ。
いつも通りにおいしい、潤のアップルパイ。
合間に一緒に出されたおかわりのコーヒーを挟めばさらにおいしい。甘いアップルパイと相性抜群のコーヒー。甘い牛乳とは違う。
「……」
おいしい、おいしい、いつも通りのアップルパイ。いつも通りの……。
アップルパイを食べ終わり、会計を終えて店を出た。
カランカラン。涼し気な音とは裏腹に、冷房の効いていない外は咽かえるような暑さだ。
「あっちいな〜」
心底うんざりした声音で、前を行く黒尾が言った。汗ばんだ首筋をさすっている背中に「そうだね」と同意を送りながら、研磨は徐に空を見上げた。
青い夏空で照る太陽は、研磨には眩しすぎた。
「研磨、今日潤さんとこ行こうぜ」
昨日のお小遣い日で財布を潤わせた黒尾が帰り際に言った。
そういえば、あれ以来――観光中の涼と遭遇して以来、行っていないことに気が付いた。
「そうだね」
研磨はいつも通り俯きがちに頷いて、自分の目の前に並ぶであろう絶品アップルパイを思って、わずかに頬をゆるませた。
『そろそろ地元に――』
「……」
「研磨〜?」
先に準備を終えた黒尾が研磨を急かすように呼んだ。わかってるよ、とため息交じりに呟いて、止めていた足を動かし始めた。
正午を少し過ぎたところで練習が終わったため、カフェへ向かうだけでも汗が滲んでくる。なるべく日陰を求めながら歩いくが、ジリジリとアスファルトが照り返すせいでほとんど意味をなしていない。
カランカランと聞きなれた音とともに入店すると、聞きなれた声で「いらっしゃい」と迎えられた。
「潤さん、いつものセットお願いシャス!」
「はいはい」
いつもの、というのはランチセットのことで、日替わりランチにデザートもしくはサラダとドリンクがついていて、黒尾はいつもサラダ、研磨はアップルパイを選んでいる。
もともとのランチセットはサラダ一択だったのだけど、去年の夏休みに、毎回日替わりランチとアップルパイを頼む研磨を見て潤が選択肢を増やしたのだ。結果、女性客の満足度が上がったとかで、潤もうれしそうにしていた。
そうだ、もともとはそうだった。ほんの一か月前なのだ、あの少年がこの店に来たのは。
「あれ、潤さん、涼は? 今日はいないんスか?」
先にサラダを運んできた潤に、きょろきょろと見回していた黒尾が尋ねた。確かにいつ行っても居た涼の姿が見えない。
黒尾が不思議そうな顔をすると、潤はその顔に困惑したように「聞いてない?」と首を傾げた。
「涼なら昨日、地元に帰ったよ」
「えっ、あいつこの近くに住んでんじゃないんスか!?」
「そう、宮城。東京見学も兼ねて遊びに来てたんだ。……本当に聞いてないんだ。おかしいな、そういうのはちゃんとする子なのに」
「あー、まあ、ここ数日来てませんでしたからねー」
すぐそこでなされている会話が、酷く遠く聞こえる。別に、分かっていたことだ。
もうすぐ帰るということさえ知っていれば、涼の出迎えの声が聞こえなかった時点で薄々察することが出来る。
「研磨はそんなに驚いてないね」
サラダと一緒に運ばれてきたお冷で喉をうるおしていると、眉を下げた潤が研磨に聞いた。
「おれは聞いてたから……」
「はっ!? 知ってたのかよ、言えよ!」
「聞かれなかったから」
「どんなピンポイントな話題だよ……」
ブツブツと黒尾が文句を言っているが、研磨は特に気に留めず、また水を一口飲んだ。
今日の日替わりランチはオムライスだった。
いつも通りの美味しさで、黒尾はもちろん、研磨もぺろりと平らげたあと、頃合いを見て出されたアップルパイを切り分け始めた。
「あーあー、涼も研磨から伝わると思ってたんだろうけど、挨拶ぐらいはしたかったなー」
スプーンを口にくわえて上下に揺らしている黒尾が嫌味交じりに言った。
「うるさい……」
「つーかいつそれ聞いたんだよ。ひとりで涼に会う機会なんてあったのか?」
「あー……、クロが寝坊した日に、東京観光してて偶然……」
「あんときかー」
納得して唸る黒尾に、研磨はやっとやっかみが終わったかとアップルパイを堪能し始めた。
甘くリンゴとサクサクなパイはまだ湯気をたてていて、そこに冷たいバニラアイスが乗っている。
本来なら一番上にあるはずのミントはない。毎回皿に残される緑色の葉に気付いた潤が、「いらないかな」と聞いたのでそうしてもらったのだ。
いつも通りにおいしい、潤のアップルパイ。
合間に一緒に出されたおかわりのコーヒーを挟めばさらにおいしい。甘いアップルパイと相性抜群のコーヒー。甘い牛乳とは違う。
「……」
おいしい、おいしい、いつも通りのアップルパイ。いつも通りの……。
アップルパイを食べ終わり、会計を終えて店を出た。
カランカラン。涼し気な音とは裏腹に、冷房の効いていない外は咽かえるような暑さだ。
「あっちいな〜」
心底うんざりした声音で、前を行く黒尾が言った。汗ばんだ首筋をさすっている背中に「そうだね」と同意を送りながら、研磨は徐に空を見上げた。
青い夏空で照る太陽は、研磨には眩しすぎた。
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