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「あれ、孤爪さんだ」
部活に行く途中、そう声をかけられびくりと肩がはねた。外で話しかけられる相手など数えられるほどしかいない。しかも『孤爪さん』という研磨の要求をまるっと無視した呼び方……。
「おはようございます」
ぺこりと頭を軽く下げたのは、予想通り、カフェの店員こと清水涼だった。
「……」研磨も無言で頭を下げて、「おはよ」最後に付け加えるようにつぶやいた。
「店の外で会うのは初めてですね……、部活ですか?」
研磨の出で立ちを見て、涼が尋ねた。うん、と小さく応える。敬語を使わなくてよくなったぶん、すこし楽だ。
ちらりと前髪の隙間から涼を窺うと――年下だが、涼の方が背が高い――営業用ではないほうで笑った。
「今日は東京観光なんです。そろそろ地元に帰るので」
「……地元?」
「はい。言って……ないですね。夏休みだから叔父の手伝いにきてたんですよ。実家は宮城です」
何でもないように涼は続けた。東京を回るのが楽しみなのか、むしろ嬉しそうだ。
「お盆のときも一回帰ったんですけど、そういえば、さすがに、お盆は部活ないんですよね?」
「……あ、うん、なかった」
研磨がぎこちなく頷いたのを見て、涼がまた何か言おうとしたのを他の声が遮った。
「涼、どうかしたの?」
「あ、姉さん」
「知り合い?」
「うん、お得意さん」
透き通るような声がして、俯いたままの研磨には見えないがどうやら涼は姉と居たようだった。
話している途中で急に独りにされることほど、居づらいものはない。どうしてよりによって今日、黒尾がいないのか……寝坊したくらいで置いていかなければよかった……。
「帰りたい」
思わず漏れたひとことを耳聡く聞いた涼が、はっとして振り返った。
「すいません、孤爪さん、引き留めちゃって」
「あ、いや……」
「部活頑張ってくださいね」
涼が手を振りながら、にこりと朗らかに笑った。
研磨はその笑顔に送り出されて漸くその場から解放されて、息をついた。
冷静になって周囲から涼とその姉を観察すると、周りの視線をかなり集めているのが分かる。
「見て、あそこのふたり」
「美男美女……」
はあ、とため息交じりに呟かれる言葉を聞くと、さっきまでその片割れと話していたことに背筋が凍る。
もう絶対外では離さない。
心の中で固く誓った。
「……」
誓ってから、そういえば涼はもう帰ってしまうのだということを思い出した。
研磨にとっては、悪い話ではない。研磨が落ち着く空間『Pure Water』が戻ってくるのだから。
「研磨ァ」
「……ああ、クロ」
学校付近まで来たところで、黒尾が後ろから追いついてきた。寝ぐせが直っていないのはいつものことだ。
「ちょっとくらい待っててくれたって……ん? 研磨おまえ、なんかあったか?」
「……なにも」
そうだ、別に何もない。元に戻るだけだ。
それから研磨は顔をしかめて「待ってたら走んなきゃじゃん」と続けた。
部活に行く途中、そう声をかけられびくりと肩がはねた。外で話しかけられる相手など数えられるほどしかいない。しかも『孤爪さん』という研磨の要求をまるっと無視した呼び方……。
「おはようございます」
ぺこりと頭を軽く下げたのは、予想通り、カフェの店員こと清水涼だった。
「……」研磨も無言で頭を下げて、「おはよ」最後に付け加えるようにつぶやいた。
「店の外で会うのは初めてですね……、部活ですか?」
研磨の出で立ちを見て、涼が尋ねた。うん、と小さく応える。敬語を使わなくてよくなったぶん、すこし楽だ。
ちらりと前髪の隙間から涼を窺うと――年下だが、涼の方が背が高い――営業用ではないほうで笑った。
「今日は東京観光なんです。そろそろ地元に帰るので」
「……地元?」
「はい。言って……ないですね。夏休みだから叔父の手伝いにきてたんですよ。実家は宮城です」
何でもないように涼は続けた。東京を回るのが楽しみなのか、むしろ嬉しそうだ。
「お盆のときも一回帰ったんですけど、そういえば、さすがに、お盆は部活ないんですよね?」
「……あ、うん、なかった」
研磨がぎこちなく頷いたのを見て、涼がまた何か言おうとしたのを他の声が遮った。
「涼、どうかしたの?」
「あ、姉さん」
「知り合い?」
「うん、お得意さん」
透き通るような声がして、俯いたままの研磨には見えないがどうやら涼は姉と居たようだった。
話している途中で急に独りにされることほど、居づらいものはない。どうしてよりによって今日、黒尾がいないのか……寝坊したくらいで置いていかなければよかった……。
「帰りたい」
思わず漏れたひとことを耳聡く聞いた涼が、はっとして振り返った。
「すいません、孤爪さん、引き留めちゃって」
「あ、いや……」
「部活頑張ってくださいね」
涼が手を振りながら、にこりと朗らかに笑った。
研磨はその笑顔に送り出されて漸くその場から解放されて、息をついた。
冷静になって周囲から涼とその姉を観察すると、周りの視線をかなり集めているのが分かる。
「見て、あそこのふたり」
「美男美女……」
はあ、とため息交じりに呟かれる言葉を聞くと、さっきまでその片割れと話していたことに背筋が凍る。
もう絶対外では離さない。
心の中で固く誓った。
「……」
誓ってから、そういえば涼はもう帰ってしまうのだということを思い出した。
研磨にとっては、悪い話ではない。研磨が落ち着く空間『Pure Water』が戻ってくるのだから。
「研磨ァ」
「……ああ、クロ」
学校付近まで来たところで、黒尾が後ろから追いついてきた。寝ぐせが直っていないのはいつものことだ。
「ちょっとくらい待っててくれたって……ん? 研磨おまえ、なんかあったか?」
「……なにも」
そうだ、別に何もない。元に戻るだけだ。
それから研磨は顔をしかめて「待ってたら走んなきゃじゃん」と続けた。
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