お荷物お持ちします。

堂本芽衣はメイドである。

メイド、といっても現代日本で流行する飲食店の店員のことではない。
踝丈の黒いワンピースに縁をフリルで飾った真っ白なエプロン。両手に様々な掃除道具を持って、広い屋敷を行ったり来たりする日々だ。

それは今日も例外ではなく、相も変わらず大きな窓ガラスを磨き上げている。
キュキュッと仕上げ拭きをしていると、道の向こうから見慣れた車が見えた。
芽衣は口角を上げると、窓を拭く手を急がせた。

「おかえりなさいませ、坊ちゃん」
「ただいま」

入ってきた己の主人の手から荷物を受け取り、ともに部屋へ向かう。
この一つ年上の青年こそが芽衣の主人だ。
来馬辰也、17歳、市内の進学校に通っている。芽衣も去年から同じ高校に通い始めた。

「うーん、今日は結構早く帰ってきたのに、なんで芽衣の方が早く帰れるんだろう」
「ふふ、メイド七つ不思議のひとつ、いつ帰っても居るメイドです」
「僕車で帰ってるのになあ」

主人は芽衣が終礼のチャイムと同時に学校を出て帰っているのは知っているが、芽衣が割と本格的なロードバイクで車道を爆走していることは知らないのだった。
あまり行儀の良い姿ではないので、なるべく見られないようにしている。

「今日はみんな一緒に食べれるんだよね」
「はい、もう旦那様もお帰りですよ」

芽衣は雑談しつつ主人の部屋まで荷物を運び、元の仕事を再開した。

祖父の代から続く来馬と堂本の関係は、芽衣の人生にも大きな影響を与えている。
一介の高校生である芽衣がこうしてメイドとして働いているのも、家族単位で仕えているからなのだ。
主人である来馬辰也とは育ての親を同じくし、年が近いことからも幼少期は兄妹さながらだった。
そのため、主人の分け隔てない人柄とも相まって、主従関係ができた今となっても、冗談を言い合える仲だ。

「芽衣、辰也坊ちゃんお呼びして」
「うん」

掃除が終わり、給仕の手伝いをしていると、母が芽衣にそう指示した。
芽衣は階段を足音を立てずに上がり、主人の部屋をノックした。

「坊ちゃん、夕飯の支度ができました」
「あ、うん」

芽衣が二歩下がって待機していると、数秒後、部屋から心無し緊張した面持ちの主人が出てきた。目敏く気づいた芽衣は心配になって言った。

「坊ちゃん、顔色がよくありません、どうかなさいましたか?」
「ああ、いや、なんでもないんだ。……なんでもなくはないんだけど……」

そう言って苦笑いした主人は、いいから行こう、と芽衣に背を向けた。

「僕、ボーダーに入るよ」
いつも控えめに微笑んでいる顔を少し緊張させて、白いテーブルクロスの上に並んだ皿にフォークを置きながら彼はその言い放った。
キッチンの奥で休憩していた芽衣は、その声を聞き食卓の方へ小さく身を乗り出し耳をそばだてた。視界の隅で、旦那様の持つナイフが手から滑り落ちていった。
机に落ちたナイフは硬い音を立てて、真っ白なテーブルクロスにはステーキソースの染みが出来た。

カチャン。

――それが家族会議開催の合図だった。