来馬家、キッチンにて。
「あら大変。ジャガイモがないわ」
芽衣の母が頬に手をあてて首を傾げた。それから徐に芽衣を振り向いて、にこりと笑った。
芽衣は母のいつもの手口に内心ため息をつきながら、芽衣は肩を竦めた。
「はい。行ってきます、母さん」
* * *
ジャガイモのついでということで、醤油とキャベツと味噌をついでに頼まれた。
これらは主人らが使うためのものではなく、自分たち用で、業務中だが旦那様には許しをいただいている。
いざスーパーに行ってみるとティッシュ・トイレットペーパーが特売でネギとキャベツ、キュウリが底値だったのでついでに買った。キャベツとキュウリは浅漬けしようということで、祖母にメールで連絡した後、浅漬けの素も買った。
芽衣は買い物袋とトイレットペーパー両手にスーパーからの。
ピルルル、と初期設定のままの受信音がポケットの中でした。
荷物をすべて左手に集め、右手で携帯を操作し確認すると、メールが一見届いていた。
【坊ちゃんがご友人をふたり連れてこられました。追加でジャガイモを頼みます】
カッと画面を見て目を見開いた芽衣は、最速で屋敷に戻るルートを計算していく。
ここからまたスーパーへ戻るよりも、迂回して商店街の八百屋の方が近い。ジャガイモだけなら、そこで十分だ。
ぱちり。一度瞬きをしたあとで、芽衣は回れ右して歩き始めた。
「まいどありー!」
威勢のいい八百屋店主の声を受けながら、一礼した芽衣は足早に帰路に着いた。
来馬家の使用人としての振舞いを忘れはしないものの、ここに自分の愛車であるロードバイクがないことを呪った。
歩きながら、芽衣は「坊ちゃんのお友達」について考え始めた。
まず初めに思い浮かぶのは、主人の学友の面々だ。
しかし、彼らのうち大抵は既に屋敷に訪れたことがあり、それなら主人は誰と伝えるはずだし、母もそうする。
ということは、今までに来たことのないひとと推察できる。だが新しい年度が始まってしばらく経つ今の時期に新しい友人が?
「……」
芽衣の頭にひとつの可能性が浮かぶ。
「堂本?」
突然、左方向から声を掛けられ、芽衣は足を止めた。振り向くと、今しがた思い浮かべた言葉にかかわりの深い人物が立っていた。
「荒船くん」
「その荷物、買い出しか」
「うん、そうだよ。荒船くんは帰り?」
「ああ。重そうだな、どっちに行くんだ?」
言外にそう告げられ、私はどうするか迷って、正直に進行方向を指差した。
「俺もそっちだ、ついでだし、荷物持つぜ」
「いいよ、これくらい平気……」
一度断りをいれるのは日本人の様式美だ。
思春期真っ盛りの男子高校生にしては紳士的らしい荒船は、結局芽衣の手から荷物をすべて取り去って行った。
それからふたりは横並びに歩き始めた。芽衣の早足と荒船の徒歩が同じくらいの早さだったのでちょうどよかった。
「堂本は料理とかするのか?」
「まあそれなりにね。荒船くんは?」
「実家暮らしの男子高校生に家事力を求める方が間違ってる」
荒船がさっと目を逸らして答えた。その反応にくすくすと笑っていた芽衣に対して、荒船が感心しながら言った。
「堂本は掃除してるときにも思ったが、家事得意そうだよな」
「そうだね。掃除は毎日してるし、料理も裁縫も数は熟してるから、自信あるよ」
謙遜はしない。なぜならそれが芽衣の仕事だからだ。
「俺も少しくらい親の手伝いした方がいいんだろうけどな……」
「確かにお手伝いはいいことだけど、荒船くんはボーダー隊員なんだし、無理はダメだよ」
「隊員っつてもまだ訓練生だぜ」
頭の後ろを掻きながら、荒船が苦笑した。
「……ボーダーの訓練って、どんな感じなの?」
「あ? あー、まあ基本は戦闘訓練だな。近接とか、射撃とか。一般公開されてる情報だけで悪いな」
「いいよいいよ。……訓練って、大変?」
「キツイときもある。けどまあ、悪くねえよ」
芽衣を見下ろして、ニヤリと笑った。
――本当に、楽しそう。
ただ主人がいる環境について聞きたかっただけだった。けれど、荒船のその顔を見て、初めてボーダーという機関に興味を持った。
「……荒船くんって、目つき悪いね」
「突然だな」
ぎょっとしたように荒船が目を見開いた。そういう顔をすると、人相の悪さがもっとよくわかる。
「かっこいいと思うよ」とフォローがてら言い添えると、「そりゃドーモ」と苦い顔で返された。
「あ、ここだよ」
「……すっげえお屋敷だな」
世間話を暫くしているうちに、目的地へと着いた。
荒船が目を見開いて屋敷を見上げている。
「ここ、お前の家か?」
「いえ、まさか」
芽衣は首を振ってから、口調を間違えたことに気が付いた。ちらりと荒船を窺うと、家の大きさに驚いたまま気にしてはいないようだった。
ついでにその隙に荒船の手から荷物を回収した。
微かに触れた感覚に気付いた荒船くんと目があったので、芽衣は口調に気を付けながら言った。
「荒船くん、荷物ありがとう。今度なにかお礼するよ」
それから、じゃあね、とトイレットペーパーを持った手を軽く上げ、芽衣は来馬家の門戸を開いた。
「自分家じゃなけりゃ、なんなんだ……?」
茫然と呟く荒船を背に残したまま。