あぁ、今日もマイク君はかっこいいな。
僕の斜め前、窓際の席。先生の話に耳を傾けるつもりなどないらしく、ずっと窓の外を眺めている。
知りたい。今、何を考えているんだろうか。どうして授業なんて聞いてないのに学校に来るのか。全部。マイク君の全部が知りたい。







僕がマイク君と出会ったのは去年の夏。
僕がひとりぼっちで人気のない教室でうろうろとしていた時だった。
あの日はとても暑くて、クーラーのついていない教室の中はまるで直接火にかけてるみたいに暑かったのを憶えている。
それでも、教室に居るよりは心が軽くて、昼休みが終わるまでそこにいるつもりだったんだ。
だから、突然ドアが空いた時にはそれは驚いたよ。しかも、君は僕のことを外まで連れて行って話し相手になってくれたんだもの!あんなに楽しい時間は生まれて初めてだったなぁ…。
今年になって同じクラスになった時にはそれはもう、泣いてしまうくらい嬉しかったんだ。
それ以降話しかけてはくれないけれど、君は一匹狼だものしょうがないよね!大丈夫。僕はちゃんと君のことを理解しているよ。




マイク君を見ているだけで、時間は驚くほど早く流れていく。授業終了のチャイムが鳴って、途端に教室が騒がしくなる。僕はこの時間がどうにも好きになれないから、さっさと次の時間の準備を済ませて直ぐに席に着く。

古典のエリック先生は、教え方が丁寧でわかり易いうえに、喋るリズムと声音が心地よくお気に入りの授業のひとつだ。
それに、マイク君は古典の授業の時だけきちんと黒板の方を向くんだ。ほかの授業では見られない特別な姿。何故古典の授業なのかは分からないことが悔しいけれど、それはこれから知ればいい。



「始めますよ。」

落ち着いた、けれどしっかりとした声が教室に響く。雑談をしていた人達がぞろぞろと席につき、授業が始まる。

やはり、先生は文を読むのが上手いと思う。難解な古文がすっと頭に入っていくような感じ。ほかの人ではない感覚だ。

ちらりとマイク君の方を盗み見れば、彼もまたその声に聞き入っているようだった。ノートこそ取りはしないが、先生の方を見つめている。

その時、ふと気になったことがある。
時々、先生もマイク君の方を見る。目が合うと、すぐに下を向くマイク君を見て、エリック先生は小さく笑うのだ。
そして、授業が終わる頃マイク君の机を小さく2回叩いていた。なんとなく「集中しなさい」の意味ではない気がした。

胸がざわつくのを感じる。その正体は分からなかったが、心臓にまとわりつくような不快感だけはずっと残っていた。




















それから数日後。

あの古典の授業以降、マイク君とエリック先生の関係が気になって仕方がない。エリック先生は確かに優しいけれど、あんな顔は見たことがなかった。どうしてあんな顔を?どうしてマイク君は古典の授業だけいや、エリック先生の授業だけはきちんと聞くの?1度疑問が出だしたら止まらない。知りたい。知らなきゃ。
ぐるぐると身体を駆け回るこの感情が何なのかは理解出来なかったが、教室からマイク君が出ていくのが見えたので、とりあえず追いかける事にした。



人気のない廊下に進むにつれ、後をつけていることがバレないように慎重に進む。
そう言えば、この辺は僕とマイク君が最初に会った教室の近くだ。最近はマイク君を見るために教室に残っているから来るのは久しぶりだな。一体、こんな所で何をしようとしているのだろうか。

今まで真っ直ぐにどこかへ向かって歩いていたマイク君が急に立ち止まる。そこは、今は使われていない教室の前だった。まわりを見渡してから部屋の中に入っていく。
すぐに追いかけてはバレてしまうと思い、死角に入って隠れる。

しばらくすると話し声が聞こえてきたので、中には他に誰かいるらしい。

僕もまわりを警戒しながら静かにドアの前に立ち、中の様子を伺う。


「いらっしゃい」

「ん、随分と久しぶりだな。さっさとしようぜ」


片方の声がマイク君であることはすぐに気づいた。そして、もう片方の声の主も。ここ数日、気になって離れなかった落ち着いていて、尚且つしっかりとした声____エリック先生の声だ。
どうして、こんな所で2人が会っているのか。
もしかして。もしかしたら。

嫌な予感ほど的中するらしく、直に部屋の中から布のこすれる音と猫のような媚びた甘い声が聞こえてきた。
「あっ、ぅ、」小さく喘ぐ声は確実にマイク君のもので、彼のことをずっと見てきた僕が言うのだから間違いなどなかった。


僕の。僕のマイク君が。まさか。ありえない。かっこよくて、一匹狼で、誰にも媚びない彼が。学校で。先生と。しかも男と。

何かが一瞬で崩れる音が近くで聞こえる。
あぁ、そういうことか。
点と点が繋がって、状況を理解する。
それと同時に、新しい感情が生まれた___いや、その存在にやっと気づいた、と言った方が適切かもしれない。

指先で液晶に触れ、小さく笑いながらその場をあとにした。




どうやら僕は僕の想像以上に醜い人間だったらしい。


























マイク君はいつも、校舎の裏側を通って帰る。帰宅時は多くの人が玄関の近くを通るから、人混みを嫌うマイク君にとってはそこが1番通りやすいのだろう。きっと今日も、ここを通る。

_____ほら、来た。

やっぱり僕はマイク君のことを理解しているんだ。彼のことを解るのは僕だけだ。

予想通りの行動をマイク君がしてくれることが嬉しくてたまらない。そしてこの後もきっと彼は僕の言う通りに動くのだろう。そう思うと、口角が自然と上がるのを感じた。


「ねぇ、マイク君」

彼が通り過ぎる少し前に声をかければ、まさか話しかけられるとは思っていなかったのであろう、驚いた顔でこちらを見つめる。

「何か用でもあんのか」

素っ気ない態度で突き放すような口調。琥珀色の瞳がこちらを捉えている。

「これ、聞いて欲しいの」

あらかじめ用意しておいた液晶画面に触れて、動画、と言っても音しか録れていないのだが、を流す。はじめは怪訝そうな顔をしていたが、音が流れ出したその瞬間に彼の瞳が揺れたのを見た。明らかな動揺だ。

「ど、してそれを」

声が震えて、指先まで力が入っているのが見える。いつもはあんなにも強いのに。たった一つの動画でこんなにも乱れてなんて。僕が、そうさせているなんて。なんだか、優越感を覚える。

「ねぇ、マイク君。」

彼には僕の続ける言葉がわかっているらしく、すぐに口を開いた。

「俺はそんな脅しどうってこと思わな「エリック先生はどうなるんだろうな」

彼が僕の考えを理解してくれていることはとても嬉しかったけれど、力で抵抗されたら適わない。弱らせるなら今しかない。
案の定、彼の名前を出せば先程以上の動揺がみられる。

「そ、それで、あの人だとはバレるわけないだろ!」

「ここ、よく聞いてみなよ」


『ふぅっ、あっぁんっう』

『もう少し声、抑えられないんですか。だらしないですね…全く』

『ひっ、ぁっ、あぁっ、ごめっ、んなさぁっ』


そこに入っている声は、紛れもなく2人のもので、ここまではっきりと残っていたら言い逃れることは難しいだろう。

「これ、きっとみんなに聞かせたらエリック先生だって言うよね…」

それでもいいのかな?なんて意地悪に質問してみればぐっと下を向いたまま動かなくなってしまった。陰に隠れて顔はよく見えない。せっかくならその顔を楽しみたいのに。
そう思いつつ、どんな反応をするのかが楽しみで、つい無言でその姿を見つめてしまった。

マイク君は何かを決心したらしく、思いっきりこちらを向いて「俺は、何をすればいい」と言った。その目は決して、従う者の目ではなくて今でも僕に噛み付いてきそうなほど鋭く燃え上がった怒りを孕んでいた。

ぞくぞくとお腹の下のあたりから頭まで何かが駆けるのを感じる。
琥珀色が赤く染まるほど君はあの男を想っているんだね。
ああ、煩わしい。その目いっぱいにあの男を写す君も、彼の心を占めるあの男も。
君を僕でいっぱいにしてやりたい。

何からしようか。
これから訪れるであろう近い未来を想像して、さらに気分が高まるのを感じる。

「そうだなぁ…」

僕だけのものになってくれ。その言葉はまだ、取っておこうと思う。





















「始めますよ。」

いつも通りに始まる授業と、いつもみたいに落ち着いた声。


マイク君は古典の授業だと言うのにまだ窓の外を見つめている。
暫くすると、エリック先生がゆっくりと近づいて「集中しなさい。」と注意した。
それだけ言って何事も無かったように授業に戻る先生。

ねぇ、先生、もう気づいちゃったんでしょ。白いシャツに映える赤色の跡。


物語を読む声が僕には震えているように聞こえるよ。



              
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