「あいつら、やっぱり付き合ったらしいぞ」

ヒューが耳打ちをする。視線の先にあるのはシルクハットと淡いピンクがかった髪。

「そうかよ…」

やっぱり、そうなるよな。と自嘲していたら、突然頭に重さがかかる。
笑いながら残念だったな、なんて言ってくるヒューに対して 頭に置かれた手を払いながらあんたこそ、と言い返してやる。

気まずい沈黙。
そんな馬鹿な会話をしている間にも2人は仲良くお茶を飲んでいて。幸せそうな空気を感じて居心地が悪かった。

「なぁ、ヒュー。別の部屋いかないか」

「ん、そうだな」

どうやらヒューも同じことを考えていたらしい。
ならば早めに退散しようと部屋を出て、ヒューの部屋に向かう。俺達が集まるのはたいていヒューの部屋だった。
部屋を出る前、彼らの前を通ったけれども2人ともこちらには気づかないようだった。ふと鼻についたタバコの匂いがヒューのものとは違うことに気づき、胸が締め付けられるのを感じた。




「はぁぁぁぁぁっ」

部屋についた途端にヒューが大きなため息をつき、その後自らの頬を叩く。
その奇行をマイクは驚いた顔で見ていた。

「よし、切り替えた!次だなぁ。マイクお前もいつまでもうじうじしてんなよ」

「なっ、どうして、そんな簡単に諦められるんだよっ」

あまりにもあっさりとしているヒューに驚きと共に苛立ちさえ感じていた。簡単に諦めてしまうヒューの考えが分からなかった。

んー、と少し考えてからヒューは答えた。

「どうして、ねぇ。別に俺はローラさんが幸せならそれでいいんだよ。それに俺はもう少し前から知ってたからな。心の整理はできてたんだよ」

早く教えてやれなくてごめんな、とまで付け足した。

あまりにも大人な答えで、どう反応していいか分からなかった。
確かにヒューの言っていることはわかる。
俺みたいな男より、綺麗で、優しくて、クリスのことを愛してくれる。そんな女性と付き合った方がクリスは幸せになれるだろう。
だけど、1度好きになってしまった相手への思いをそう簡単に止めることができるだろうか。
ハットを取る仕草や、タバコの匂い、こちらを見て笑う顔。どれも好きだ。どうしようもなく好きなのだ。それが迷惑な感情であることは自覚していた。だからこそ気持ちは伝えなかったのだ。いい機会だし、俺も諦めるべきかもしれない。けれど、叶わぬ恋をした俺でさえこんなに未練があるというのに、ヒューはあっさりとしすぎている気もした。

俺が好きなクリスとヒューが好きなローラは付き合ったのだ。
先程は突然で、そして本人が目の前にいたから大して取り乱すことは無かったが、部屋を離れれてしまえばその仮面は簡単に外され、取り留めのない感情と共に涙さえ溢れてくる。

そんなマイクの様子を見てヒューは慌てて慰める。
「悪い、知ったばかりなのに切り替えろって言われても無理だよな。」

そう言って俺の頭を撫でるヒュー。いつもなら子供扱いをするなと怒るところだが今はこの優しさがどうにも響いてしまって抗うことが出来なかった。






「落ち着いたか?」

「おう、悪かったな…」

どれくらい経っただろうか。そのままヒューの腕の中で泣いていたらしい。
1度泣くとスッキリする。男として情のないことだがヒューならばそれも受け入れてくれることを知っている。


酒でも飲もうか、というヒューの提案にマイクは珍しくのった。昼間から呑んでるなんて馬鹿らしいけれど、そんなことより今はどうにかしてクリスのことを忘れたかった。
このまま、ずるずるとクリスのことを好きでいたらきっと、クリスにまで迷惑をかけてしまう。それだけは避けたかった。


_______________________

ヒューの用意する酒は決して高価なものではないけど味は悪くない。失恋がいい感じに肴となっていつも以上に呑むペースは早く、マイクは既に出来上がっていた。

「ぅぅぅ、俺が女だったら違ったのかなぁ…」

「さぁ?どうだろうなぁ今のままでも充分だと俺は思うけどな」

顔を真っ赤にして、涙目になりながらもまだ酒を飲み続けるマイクに対して、ヒューはめっぽう酒に強い。笑いながらマイクの様子を楽しんでいるようだった。


「だって、俺はローラみてぇな長い髪でもなければ、体も細くもなけらば柔らかくもないし…女とは似ても似つかない体だからぁ…」

「性格も、あんな優しくない…」

あーあ、そりゃ可愛げもないよなぁ、なんて言葉が続く。

ヒューはしばらくマイクを眺めた後、
「いや、そんなことねぇよ。お前は充分可愛いと思うぜ」と言った。

「はぁ?何言ってんだよ」

マイクはありえないという顔で見つめた後、

「じゃあ、俺と付き合えんの?」

ふふっと笑いながら挑発するように言う。

「な、無理だろ「ああ、出来る」

言い終わるかどうかくらいに食い気味で答えるヒューにまたも驚きが隠せないマイクは大きく目を見開いた。

「はっ?じゃあ、どーして俺はクリスと付き合えないんだよぉ」

まったく理不尽な怒りである。決めつけて何もしなかったのはマイク自身であるというのに。酔った頭ではそんなことを考えることはできなかったらしい。

「あいつの見る目がないんじゃないか?」

ははっと笑いながら答えるヒュー。
しかし、マイクは納得がいかないらしく噛み付いてくる。

「あんたの好きなローラのこと好きになってるんだろぉ?そんなことなくないか」

「俺が好きなのはローラさんじゃないって言ったらどうする」

酔うといつも以上にわかりやすくなるのか、ぎゅっと眉をひそめるマイクはどうして嘘をつく必要があるのかとでも言いたげだった。

普段なら睨みつけているようできつい目つきも、今はぎゅっと皺を寄せているにも関わらずその表情は柔らかく見える。

「嘘ついたのは、お前さんとおんなじ理由だ、マイク」

すると、マイクは、はっとして

「まさか、あんたもクリスのことが好きで!?」

恋敵に相談してたなんて…!!と見当違いなことを言い出す。うわぁぁ、まじかよぉ、と呻く声が聞こえてきて呑ませすぎたかな…とヒューは後悔した。

「違う、そうじゃねぇ…あぁ、もう」

そう言ってマイクの腕を掴み、自分の元へ引き寄せる。噛み付くようにキスをして、逃げられないようにきつく抱きしめた。
驚いたようで、マイクは逃げようともがくが、酔っ払いの力なんてたかがしれている。ただでさえヒューの方が体格がいいのだ、マイクが逃げられるはずなどなかった。

「やめっ、っん、ふ、ぅ…」

抵抗するために上げる声もキスでかき消されて喘ぎ声のようになる。気持ちがよかったのか、次第に力も弱くなってヒューにされるがままとなっていた。

舌を絡めて吸われて、歯列をなぞられて。ようやく離れたと思ったら、角度をかえてまたキスをする。口の中が酒の匂いとヒュー熱でいっぱいになる、そんなキスだった。

「んっ、これでわかったかよ」

気持ちよさと息苦しさでぼーっとしているマイクを抱き起こす。はぁはぁと肩で息をしているのが触れあっている肌から感じられた。
先程泣いていたマイクを見ても思ったがやっぱりこいつは可愛い顔をしている。いや普段きつい顔をしている分こういった蕩けきった顔がより可愛らしく見えるだけなのかもしれない。どちらにせよ、今のマイクの顔は扇情的でそそられた。
いつまで経っても返事が返ってこないので痺れを切らしたヒューは「好きだ、マイク」と耳元で呟いた。

「ど、してローラが好きって言ったんだよ」

「同じだって言ったろ、俺もお前さんに嫌われたくなかったんだよ。相談相手として話せるようになるならと思って嘘ついた」

「なぁ、」

マイクは体を動かしヒューと向かい合う。

「俺、あんたに辛い思い、させてた、のか?」

「そうだな、他の男のことばっか考えてるなんて…そりゃあ毎日嫉妬はしたよなぁ」

少しばかり意地悪くいえばきっと優しい彼は申し訳なさを抱くだろう。好きな人が見向きもしない辛さを知っているのだから。
全くずるい大人だとは思うけれど、手に入れるためならどんなことだってする。いや、しなければならないのだ。クリスに彼女が出来て彼が弱っている今しか俺が付け入るチャンスはない。それほどまでにマイクがクリスのことが好きなのだとは重々承知していた。けれども俺もまたそれくらいにマイクのことが好きだった。

案の定、マイクは下を向き何か考え込んでいるようだった。

「なぁ、マイク。クリスのことなんて忘れちまえ」

そう言ってまた唇を奪う。今度は甘く、抵抗しようと思えば剥がれるくらいの強さで。
わざとらしく音を立てながら何度も何度も長く深くキスをする。そのうちにマイクの腕はヒューの首元に回っていて、マイクの方から抱き寄せる形となった。

「了承と受け取るからな」

そこにはつり上がった口角と余裕のない表情を持つヒューがいた。















(ヒューに辛い思いさせたっていう罪悪感とクリスの事忘れたいっていう思いからヒューのこと受け入れるマイクだけど、ふとタバコの匂いを感じてそっからクリスのこと思い出しちゃってやっぱり好きだ、ってなってクリス、クリスって言うマイクにヒューが嫉妬で狂えばいいのにって話)




              
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