「へー、この貝がねぇ」

「ダイアルっつーんだ!こっちの形のはな…」

 ルフィからの乗船許可は予想外にもすんなりと下りた。ナツメが交渉を持ち掛けた直後にシーモンキーが現れ、それを回避した後のルフィの関心は直ぐにウェイバーに乗ることへと移ってしまったのだ。
 ナツメが本当にいいのかと確かめると、面倒臭そうに「別にいーよ」と答えるだけだった。

 自分が言える立場ではないが、あまりにも無防備ではないかと立ち尽くすナツメの横で、航海士だという女が溜め息をついていた。


 ウェイバーという水上バイクの様なものを上手く扱えず、溺れて泣きながら仲間に引き上げられるルフィを見ていると、ナツメは気が抜ける思いだった。
 ぼんやりとその光景を眺めていると、先程まで怯えていたはずの長鼻の男が軽やかに話しかけてきた。ウソップだと自分の名前を名乗り仲間達を順に説明する彼は人を放っておけない性質なのか、ただ単純なだけなのか、そのままナツメに空島の話をし始めた。

 空島で手に入れたという貝やウェイバーの仕組みを説明するウソップの話に、ナツメは穏やかに相槌を打っていた。

「…そういやお前、なんで普通に空島の話信じるんだ?」

 ふと、ウソップが話を切ってナツメに尋ねる。

 ジャヤ島では、ノーランドを先祖にもつ男と、そのロマンに憧れる二つの海賊団以外は空島の話を露ほども信じていなかった。その件でルフィとゾロが大怪我をして帰ってきた程だ。

「空から落ちてきたの、お前らじゃん」
「いや、そりゃそーだけどよ。…こう、ちょっと飛んできただけだろーとかって疑わねぇんだなと思ってよ」
「そういうもん?…まあ俺、鐘の音聞いたしな」

 ナツメは空を指差しながら、もう一度ジャヤで見た光景を思い出しながら言った。

「聞こえたのかっ!?鐘の音!こっちで!!」
「えっ、あ、ウン」
「おっさんも一緒にか!!?」

 ルフィの突然の勢いに若干身を引きながら、お前の影も見たよ、付け足す。すると、ルフィは白い歯を見せてニシシッと笑った。

「なんだ、お前イイ奴なんじゃんか!」
「まあね」
「自分で言う奴があるかッ!!!」
「なんだよ、まだ悪いことしてねーだろ?」
「まだってなんだよッッ!」

 ウソップが勢いよくツッコミを入れると、ウェイバーの試し乗りから帰ったナミがジトリと目を向けた。

「アンタ、今のところは害が無さそうだけど、ちょっとでも変なことしたら斬るわよ。ゾロが」
「おれかよ」
「アンタの腰にある変な武器、精々使わないようにすることね」
「そのウェイバーってやつくれれば、すぐいなくなれるんだけどな」
「バカ言わないで。空島でしか手に入らないんだから」

 一か八かで差し出した条件を一蹴するナミの冷ややかな目に、ナツメはチェッと拗ねたそぶりを見せてみる。下手な船より高性能そうな乗り物は、いざという時には高値で売れる可能性もある。レアな物なら尚更。交渉がそう簡単にいくワケないとは思っていたが、断られるとやはり口惜しく思った。

「随分扱いにくそうな刀ね」
「え?……ああ」

 それまで只にこやかに眺めているだけだったロビンがナツメに話しかけた。

 船に乗った時から、細く途切れない視線をナツメは感じていた。
 ウソップやルフィのように気軽に接するわけでもなく、ナミの様に分かりやすく敵視するわけでもない。どこか生温くさえ感じるその視線を、ナツメは意識しないよう、そして警戒を気付かれないよう努めていた。

 その視線の元だったロビンに話を振られ、ナツメは一瞬戸惑ったが何の気もない様に答える。

「刀っつーか…ショーテルっていうんだ」

 ナツメは腰部にベルトで固定されたショーテルを外し、興味津々に目を向けていたウソップに手渡す。ウソップは幾らか手を震わせながらそれを受け取った。打ち解けようとも、会ったばかりの身元も分からない他人。刃物の手渡しに緊張するのも当然だ。

「ロビンの言う通り、使いにくそうだなあ。すげえ曲がってるし、両刃ってーのが余計危ねェ」
「慣れれば割と使い勝手いいんだぜ。奪われたところで相手が持て余してスキができるだけだからな。そこをサクッと」
「おま……何つーこと言うんだよ…!」

 ニヒルな笑みでナイフを刺すような仕草をすると、ウソップが大袈裟に体を震わせる。

「しっかしコレ、相当高いんじゃねーか?凝った彫りがあるし、持ち手も象牙で出来てるしよ」
「あー、多分な」
「多分ってこたァねーだろ」

 ナツメの持つショーテルは両刃の剣であり、彫刻が施された刀身が大きく彎曲して半円を描いている。

 ロビンやウソップに指摘された通り、慣れるまでの扱いづらさが目立つためかこの海で見るのは珍しく、警戒されることが多かった。それは時に厄介だったが、ナツメは決して手放さなかった。この武器を扱うことが自分が自分であることの証明であるような気がしているからだ。刻まれた意匠や、使われている資材で窺える価値の高さはその証拠になるはずだ。

「それは誰かに習ったのかしら?」
「あー、うん、そう…そんな感じ」

 ロビンのその問いに対してナツメは歯切れ悪く返す。

「そうだ!空島で手に入れた宝の分配を決めなくちゃ。…ゾロ、ソイツが手を出さないようにちゃんと見張っててよね」
「だから何でおれなんだよ!」

 ナツメが言い淀んだことで一瞬途切れた会話にナミが終止符を打った。その言葉にクルー達はそうだそうだと腰を上げ、連れ立ってキッチンへと流れていく。

 勝手な指名にゾロは抗議の声を上げるが、それも虚しくナミも甲板を去っていった。
 二人のやり取りをなんとなく眺めていると、ゾロがナツメの方を振り向いた。ルフィやウソップとは異なり、ナミよりも険しいその目はお前を簡単には信用しないと言う思いが満ち満ちている。
 緩んでいた頬がほんの少し引き締まった。しかし、ナツメはまた口角を上げてゾロに向き合う。

「別に何もしないよ」
「フン、どうだかな…」

 そう言ってゾロは手に持っていたパンの耳をかじり、ナミの後に続いた。

 一味の予想外の賑やかさやルフィ達の気兼ねなさにほんの少し気が緩んでいたが、ゾロの対応こそ正しいものだろう。相手を簡単には信用できないというのはナツメからしても同じことだった。本来ならば、船に乗り込んだ時点で戦闘になっていてもおかしくない。すぐに争いにはならずとも、良い顔をして隙を狙うような手法を取る者もいる。
 ナツメが一人でこの海を渡り歩き始めてから幾度も経験したことだ。

 それでもどこか残念に思う気持ちに蓋をして、ナツメはゾロを追った。