空島で積んできた宝の使い道を決議している麦藁の一味の横で、ナツメはサンドイッチを頬張っている。サンジは話し合いに参加しながらそれを横目で見ていた。

 空島から落ちてきた直後に船が壊れたと言って次の島までの乗船を要求してきたナツメは、ダボついたマウンテンパーカーのジッパーを上まできっちりと閉め、フードの中に重ねて帽子を被っているせいで顔をいまいち見ることができない。小柄ではあるが、自分を「俺」と呼ぶことから男なのだろう。大人しくしている様子を見るに厄介な敵である可能性は低そうだ。
 ゾロがいつもの様に気を張っていることは分かっている。しかし、守るべき女性がいる中で何処の馬の骨とも分からない男を見張ることは、サンジにとって当然だ。警戒しておくに越したことはなかった。

 視界の端で、一つ目のサンドイッチを食べ終えたナツメが隣に座るゾロの袖を控えめに引っ張った。

「なあ、もう一個食べてもいい?」
「はぁ?何でおれにンな事聞くんだよ」
「だってお前が見張りなんだろ」
「…テメーの飯の量なんざ見てられっかよ。聞くならそこのコックに聞け」

 この船の上では耳にした事もない遠慮がちな質問に、ゾロが戸惑う。確かにナミから見張りを命じられてはいるが、それはナツメが何か怪しげな行動を起こした時の話だ。自分が世話をする気など、ゾロにはさらさら無かった。

 サンジは二人の様子を意識の内には入れていたものの、自分に振られるとは思っていなかったせいで自分の名前に鈍く反応した。作りかけの料理から顔を上げる。帽子の影のせいで実際に目が合っているのかは分かりづらいところだが、キャップのつばがこちらに向いているのだからナツメと目が合っていると思っていいのだろう。

「コックさん、もう一個食べてもいい?」

 ゾロにした質問を繰り返すナツメに、随分と律儀なやつだとサンジは息を吐いた。答えがもらえるまで手を出さずに待っている姿は「待て」を躾られている犬のようだ。

 だから何ってワケじゃない。ただ、一度そう思ってしまえば、先程までサンドイッチで頬を膨らませていた姿も、弾んだ声でおかわりの許可を求める姿も、段々と尻尾を振っている子犬のように見えてくる。もしおかわりを駄目だと言ったら、垂れた耳が見えるかもしれない。
 ちょっとした悪戯心がサンジを唆した。

「悪ィが、お前の分はそれだけだ」

 好奇心には逆らえない。サンジには『腹を空かせた奴には、誰であろうが食わせてやる』というポリシーがあるのだから、冗談に決まっていた。それでも、これが例えばルフィなら、初対面だったとしても嫌だと言って聞かないだろう。しかしどうだ?いかにも”しょんぼり”といった感じで肩を落としている。目の前のナツメは表情が見えないにも関わらず、本当に耳と尻尾が垂れてしまったようじゃないか。

「…じゃあ、ごちそうさまでした…美味しかった…」
「ブッ!!…ッククク…!」

 しおしおと紅茶を啜るナツメに、サンジは耐えられず吹き出した。話に熱中していたウソップが不審げに振り向いたが、こみ上げる笑いで状況を説明する余裕はない。

「ハハ…冗談だ、好きなだけ食えよ。ウチじゃあ、野郎は早いモン勝ちだぜ」
「!じゃあいただきます!」

 サンジが笑いながら追加のサンドイッチを皿に乗せれば、ナツメは素直に手を伸ばす。その際にやったあ、と喜びを声に出す姿がますます尻尾を振っているようで、サンジはまた吹き出した。その様子に今度こそウソップが口を挟む。

「お前、何をそんなに笑ってんだ?」
「ああ、いや……ハハハッ…」

 喉を震わせ、返答がままならないサンジにウソップは首を傾げることしかできない。サンジと話していた様子のナツメを見ても、黙々と食べ続けているだけだ。船の修繕の話で盛り上がっていた為に二人の話を聞いていなかった他のクルーも、今は不思議そうにサンジを見ている。
 その視線に答えたのは側に立っていたロビンだった。

「ふふ、旅人さんが、お預けされたワンちゃんみたいで可愛かったのよね?」

 その台詞にウソップたちは声もなく驚いた。あのサンジが男に対して?あり得ない。一味の心は一つである。
 そしてサンジはそれ以上に驚いた様子で顔を歪めた。

「……ろ、ロビンちゃん!?それは違ェ!いや、確かに犬みてぇだとは思ったが!」
「あら、てっきりそうだとばかり」
「可愛いとは!断じて!!思ってねェんだ!!!信じてくれロビンちゃん〜〜!!!!」

 一瞬の間を置いてから焦って弁解するサンジに、ロビンはただ微笑みを返すだけだ。
 話題の中心であるはずのナツメは素知らぬ顔で三つ目のサンドイッチを手に取っている。いつの間にか自分に集まっている一味の視線に気づくと、頭にハテナを浮かべながら恐る恐る手にあるものを齧った。

「おそるおそる食うのかよッ!!!」

 ウソップが思わず声を張り上げる。

「え…駄目だった?」
「いや、駄目じゃねェけど」

 お前の話してんだよ、とさらに突っ込まれるもナツメは食事の手を止めない。小さな頬いっぱいに詰め込んでいるその姿は、ルフィとは違ってまるで小動物だ。ロビンの言ったことはあながち間違っていないかもしれなかった。そんなナツメを見て、ナミは意地の悪そうな笑みを浮かべる。

「ま、こんな幸せそうに食べてくれちゃあ、サンジくんだって可愛いと思うわよねぇ」
「ナミさんッ!だから違うんだってぇ〜〜〜!!!」

 サンジは涙を流しながら違う違うと首を振るが、ナミは笑顔を崩さない。新しい遊び道具を見つけたようなその顔に、他の者達は決して自分に飛び火しないようにと口を噤んだ。

 豪快に泣き喚き続けるサンジを見て、ナツメはゾロにそっと話しかける。

「コックさんの情緒すげーな」
「大体あんな感じだ、気にすんな」
「フーン」

 ナツメがこの船に乗る際の交渉を切り出してくれたのはサンジだ。そのおかげで麦藁の一味の中では一番冷静に話を通せる人物なのかもしれないと思っていたが、予想外に自分の感情に素直な男らしい。船長が船長なら、船員も船員というとこなのだろうか。

 煙草を吹かしながらクールに交渉する姿はいずこ、ナミにおいおいと泣きつくサンジを、ナツメは見なかったことにした。