ここ最近、不思議なことがある。みんな僕にこう聞くんだ。
「オミニス・ゴーントについてどう思う?」
 

転入生の場合


「また!?」
 寝室に僕の声が響く。夢から覚めた同室のヘンリーに謝って、僕は慌てて口を塞いだ。
 最後の希望だったアーサーまで、この質問をくり出してきた。何回目だろう。十回目を超えたあたりから、僕はこれが何かの暗号かクイズなのかと思い始めていた。
「どう答えるのが正解なの?」
「そ、そうだな。いっそ怖いとか、嫌いだとか言ってしまった方が良いかもしれない」
 アーサーは怪談話をする時みたいに、声を落として言った。気のせいか、恐怖で震えているように見える。
「怖い? 嫌い? そんなふうに思う人なんているの?」
 オミニスの輝く髪の毛。まつげ。笑った時の聖職者みたいな顔。確かに、少し近寄り難さはあるけれど、あれを嫌える人なんているのだろうか。
「転入生、君って……すごいな」
 その時のアーサーの顔は凄かった。僕はその顔を思い出しては笑いで寝れず、翌日は授業中に寝てしまって怒られた。

 謎の現象に対する不安は、イメルダとの勝負で忘れられるだろう。少なくとも、彼女は噂話や、不必要な会話をする人ではないという打算もあった。
 しかし、それはレース開始早々に打ち破られることになる。華麗にスタートダッシュを決めたイメルダに追いつくと、珍しく彼女は僕と目を合わせ、スピードを落とした。
「オミニス・ゴーント。好きか嫌いで答えて」
 次のリングを見つめたまま、そう告げられる。今日は雲ひとつない快晴で、風も吹いていない。だから、イメルダの声はハッキリと僕の耳に届いた。
「ウソでしょ」
「なによ?」
 イメルダもこのオミニス印象調査病(命名:僕)に罹ったみたいだ。僕は恐怖に耐えるのに必死で、レースに負けてしまった。

 僕を救えるのは、シャープ先生の授業だけだ。気を逸らすような行動、私語は厳禁。先生の話をよく聞き、鍋と向き合うだけ。いつもなら、僕は必要な材料を思い出すふりをして視界を彷徨わせ、視界の端に彼を入れる。溜息が出そうなほど整った顔立ちを見るために。けれど、今日はその手順を飛ばして、自身の魔法薬だけを見つめた。
 毎日のようにオミニスについて聞かれるから、僕はますます彼のことを意識してしまっている。だから彼を見たくない。けれど、僕は無意識のうちに彼を見つけて、見つめてしまう。一年間と少しで、彼を見つめることが身体に染み付いてしまった。
 今日のオミニスは、かなり機嫌が良さそうだった。というか、上の空だ。鍋から出るはずのない煙が出ているし、それに気づく様子もない。僕は慌てて彼の元に駆け寄り、鍋の中身を覗き込んだ。人を殺せるほどのトリカブトが入っている。
 驚く僕に、オミニスは中身を消失させながら「少し考え事をしていたんだよ」と笑った。
 ちなみに、僕の魔法薬が酷い出来だったのは言うまでもない。



 この秘密の部屋の天井からは、月が見える。僕は月を見る度に、不思議とオミニスを思い出す。美しくて、神秘的で、いつも傍にいるのに手が届かない存在。けれど、今は、手が届く。
「ところで」
 オミニスは、浅い呼吸の中で言葉を紡いだ。僕は疲れ果てていて、何も返せない。汗が気持ち悪くてシャワーを浴びたいけれど、動くと下半身が悲鳴をあげる。
「君は俺の顔が好きらしいな」
 こんな状況でなければ「なんで知ってるの!」と、叫んでいるところだ。つまり、直前に喉を枯らすようなことをしていなければ。
「何だったかな。芸術作品だったか?」
 僕は重い身体をひねり、横で眠る恋人の方を向いた。月の光を頼りに彼を見つめると、左の口角だけが上がっている。あぁ、僕をからかう時の顔だ。
「な、なん……」
 オミニスは僕の唇に人差し指を当てた。そして、僕が無条件に黙ってしまう声で囁く。――また声が出なくなるぞ。
「特別な協力者たちがいた、とだけ言っておこう」
 一瞬でセバスチャンの顔を思い出した。ホグズミードでした会話。そして、その日から恐怖体験が始まったことを。
「うそ……」
 オミニスの冷たい手が僕の顔に触れた。本人に言うと嫌がるだろうけど、僕はそれを蛇みたいだと思っている。オミニスは僕の右の頬に触れ、ゆっくりと撫で上げた。
「俺も、君ともっと仲良くなりたい」
「これ……以上?」
「あぁ、もっとだ」
 僕たちの唇の距離は、すぐにゼロになった。身体ももうすぐゼロになる。僕はオミニス・ゴーントが、たまらなく好きだ。
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管理人: ふとん
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