地獄の補講週間は本当に地獄だった。
そもそもみんなと同じ授業を聞いて赤点まっしぐらの私にとっては補講など意味をなすかなさないか微妙なラインである。
それを棚上げしても古典の島津のじっちゃんも英語のザビー教祖も話し方の癖がすごいから補講を補講として成り立たせるのは苦労した。
何せ、他のみんなと違って1年間このクセスゴ授業を経験していない分、まず方言、訛りを標準語に翻訳する所から始まる。難易度が極まっていた。
いや、でも教祖の場合は1年では追いつかない事もあるらしい。長曾我部はじめ英語の補講は仲間が沢山いた。
そんなこんなで苦節15日間。ギリギリ及第点を手に入れて漸く終わった補講と明日から始まる夏休みに心が踊る。そんな浮足立った気持ちで臨んだ学期末最後のホームルーム。宿題や夏期講習日程の配布、休み期間の諸注意、それから2学期頭に予定されている体育祭の役割決めが行われた。
婆娑羅学園の体育祭は何故かクラス対抗で、各組1番目立つ生徒が軍団長をやるらしい。軍団カラーも申告制だとか。
うちのクラスは当然の様に長曾我部がその座に収まり、他幹部も目立つか否かで決められていった為、私も捩じ込まれてしまった。解せぬ。ついでに軍団カラーは紫だ。
競技は原則全員全種目参加(男女別はある)の為、選抜は必要なし。パネルや衣装、応援合戦(あえて設けなくても勝手に成り立つらしい)も無いようで兎に角、競技主体らしい。
また、基本はクラス対抗ではあるものの、生徒会は別枠。そして志願制で好きな軍団に所属できると言う。前期夏期講習の初日に各軍団長が掲示され、前期期間中に志願届を出せば良いらしい。
うちのクラスにはきっと長曾我部の舎弟が連なるんだろうな…。
そんな感想を抱きつつも特殊な制度故、あまり干渉も出来なかったが、体育祭関連は速やかに片付いて壇上に武田先生が立つ。
「週明けより夏期講習は始まるが、これにて1学期は終了じゃ。皆の者!休みだからと羽目を外しすぎず日々精進し鍛錬に勤しめよ!解散‼」
勝ち戦の後みたいな号令と共にクラスの皆は各々立ち上がり、ざわつきながら教室を出始めた。
私も仲の良いクラスメイトの一団と伴にテスト明け出来なかったカラオケに行こう何て盛り上がっていたのだが、
「おい、誠騎」
「んー?」
呼び止められて振り返れば、珍しく教室にいる長曾我部。後ろには同じクラスの舎弟達。嫌な予感がビシバシする。駄目だ。今日こそ皆とカラオケに行くんだから。
「嫌だ。」
「まだ何も言ってねぇわ。」
「体育祭だろ?何も分からんからそっちに任せる。だから引き止めてくれるな。」
「何もわからんじゃ困るから呼んでんじゃねぇか。」
友達に身を寄せて首を横に振る私に軽く舌打ちをした長曾我部はその腕を私の首に絡ませた。
「ふぐッ!?」
そのままぐいっと私を引き寄せた奴の行動にきゃーっ!と色めく友人一同。
色めくな!
どよめけ!
首が!締まってるんだぞ!
「悪ぃな、お前ら。ちょっと借りるぜ。」
そんな私の胸中を他所に、トドメの様なニヒルな笑みで長曾我部がそう言えば、誰も残念がらない所かどうぞどうぞと言わんばかりの表情だ。
その様子から何に色めいて何でガッツポーズで激励かは大体察しがつくが、嗚呼友よ。締まる首を抜かんと必死で抵抗している私のこの表情は見えないのか。
見えないよな。
JKだもんな。
何でもない事でも無理矢理恋愛にこじつけたい生き物だもんな。
そんな訳で哀れ私は置き去りされてしまい、バイバーイ!と楽しげに手を振りなが帰る彼女達を見送るしかできなかった。
「あー……」
小さくなる背中に向かって伸ばした腕は当然空を掴み虚しさは倍増する。その後漸く解放されたものの、がっくりと落とした私の肩に長曾我部が軽く手を置いた。
「今日の所は諦めとけ。」
「誰のせいだと。」
「仕方ねぇ事だろうが。」
大きい溜息を吐いた奴が慰め……いや、子供をあやす様にぽんぽんと肩の手を跳ねさせる。
仕方ない!?仕方ないのか!?絶対違うぞ!!
「嫌だ嫌だ!長曾我部は授業フケるのに私はフケられないなんて不公平だ!」
「おい、授業フケんのとは訳が違うぞ。」
「おかしい。私が間違っているみたいな言い回しだ。」
「戦はもう始まってんのよ。」
「話が通じんのか。」
抵抗する私を長曾我部は舎弟が群れる教室の後ろの方に連行した。
いずれもさっきのホームルームで体育祭軍団幹部に任命された面子。目立つという理由だけて抜擢されているだけあって他のクラスメイトとは一線を画す………むさ苦しさがある。
長曾我部がこれだけド派手だというのに奴の舎弟は坊主や角刈りでチャラ付いた感じはないんだよなぁ…ヤンキーというより不良って感じ。
まあ、目立つ事に変わりはないんだが、こんな中に居たら私も不良だって思われてしまうじゃないか。
「それじゃあ、お前等は分担して団員集めと毛利の動向を探ってくれ。推薦狙いの女生徒は確実に取り込めよ。」
そんなむさ苦しい連中に長曾我部が支持を出せば奴らは「任せて下せぇアニキ!」と口々に返事をし、気合を漲らせると教室を去っていった。
後に残ったのは私と長曾我部だけ。
「………なにゆえ?」
「アンタ体育祭初めてだろ?うちのは他所と違ぇからよ。先に知っとかなきゃならねぇ事があんのよ。」
「えぇ〜………」
ぽつんと取り残された私をそのまま席に付かせた長曾我部はそう言って何やら自身の机を漁りはじめた。
不服ながらも律儀に待っていると取り出したのは昨年度の体育祭プログラム。
競技の関係だろうか。って言っても体育祭の種目なんて何処の学校も同じだろ…と余裕こいていた私の耳に驚きが飛び込んでくるとは。
「誠騎には女子白兵戦で頭張ってもらうつもりだからな。」
「………何て?」
「女子白兵戦。」
「大凡体育祭の単語じゃないのでは?」
「言ったろ?うちのは他所と違ぇ、って。」
「成る程。違うの方向性が斜め上だ。」
体育祭だよな?白兵戦って?戦をするの?長曾我部の言ってた「戦」って比喩じゃないの?
疑問は尽きないが想像を容易く超えられてしまったので、私は勢い良く自分の机を滑らせ隣のそれにくっつける。
これは圧倒的に聞いておかないとならないやつだ。
「よし、詳しく聞こう。」
「そうこねぇとな。」
イヤに満足気な長曾我部の笑みには死ぬ程腹が立ったが、置いておく。今はな。
少しの我慢を胸に奴が開いた昨年のプログラムを覗いて連なる文字列に目を疑った。
男子騎馬戦、女子白兵戦、水上戦、陣取り合戦、障害物敗走戦、擬似攻城戦及び防衛戦、人質奪還戦、大将一騎打ち……と、まず縦書きの筆文字な上に並ぶ競技名の物々しさよ。
「私の知ってる体育祭と違う。」
「だから言ったろ?“戦”ってな。」
「比喩じゃないのか……」
まあ、見れば分かるんだけど、一応はガッカリする訳で。そりゃ全ての競技に戦が付いてたら誰だって驚くし、純粋な体育の祭を期待していたらガッカリもするもんじゃない?私おかしくないよね?大丈夫だよね?
しかし騎馬戦以外本当に何をするのか見当も付かないのが殆どだ。1から全部聞いてみないといけない気がしてならないがとりあえずは先に長曾我部の口から出た女子白兵戦だろう。
「それで、女子白兵戦って何?」
「要するに騎馬なしの騎馬戦よ。鉢巻の取り合いだ。」
「え…そうなのか。」
何だ、存外体育祭っぽいじゃないか。
私はてっきり血で血を洗う様な物騒なものだと思っていたんだけど、まあ、腐っても体育祭か。よかったよかった。
そんな胸を撫で下ろす感覚の私に奴は説明を続ける。
「トーナメントで敵軍の鉢巻を奪い合い、取られた奴から退場。最後に残った兵が多い方、もしくは大将を退場させたら勝ちって寸法よ。」
「へぇ、本当に騎馬なしの騎馬戦だな。」
「去年、俺の軍は女子が少なくてな。悔しいが他所に歯が立たなかった。」
「あー。納得。」
成る程、長曾我部の下じゃ舎弟連中が殆どだろう。個の能力に依る所も大きいが、母数が少なければ圧倒的に不利な種目だ。
個の能力で言うならば、自慢じゃないが私もそこそこ自身は有る。女の子に手を上げるのは憚られるが、勝負である以上負けたくないのが本心だ。
「その大将を私にやれと?」
「そういうこった。去年は3年の前田まつ率いる女共の独壇場だったが、アンタいりゃあ百人力よ。」
頼りにしてるぜ、と背中を叩く長曾我部。
喧嘩した誼の奴にそう言われるのは認めてもらえている様で嬉しかったけど、この種目はワンマンプレーでどうにかなるものじゃなさそうなのがネックだ。
「でも母数が少なかったら勝てないぞ?私は初めてな訳だし。」
「心配すんな。アンタがお頭なら如何しても勝ちたい3年あたりも抱き込める。」
「如何しても勝ちたい…って、何で?」
「勝敗が内申に影響すんのよ。各種目毎の成績でな。」
「良いのかそれ。」
「下るべきを見定めるのもまた学問、なんだそうだ。」
「戦国時代か。」
校長の受け売りらしいその格言に肩を竦める。
果たして私が招集要素に成り得るのかは甚だ疑問だが、勝てば内申アップと言うのは成績不振気味の私にも美味しい話だ。
何としてでも勝たねばなるまい。
集まった人数次第で戦略は練るとしても練習はしないみたいだから解りやすく行き渡りやすい号令とかきめようかな。練習できないなら尚更実際の映像を見たいけど誰か撮ってないだろうか……なんて考えが巡る。
……ちょっと楽しくなってきたな。
「どうよ?アンタならやってくれるよな?」
楽しい気持ちが顔に出ていたのか、ふと目を上げると長曾我部がちょっと悪い笑顔をしている。
一応提案だったらしい。まあ、気分も乗ってきたので断る理由もないんだけど。
「いいぜ、任せな。」
「はっは!流石誠騎だ!アンタならそう言ってくれっと思ってたけどな!」
応えれば悪い笑顔は一変、ぱっと晴天みたいに奴は笑った。つくづく思うが長曾我部は実に良い笑顔をつくる。了承しただけなのに、こっちまで嬉しくなってくるじゃないか。でも、ちょっとだけ悔しくもあって私は口角を上げた笑みしか返せなかった。
「他の種目の事も教えといてくれよ、見当も付かないいんだから。」
「おう、勿論よ!任せな。」
悔しい気持ちがちょっと勝ってつい上から目線な態度を取ってしまったが、長曾我部は気前良く頷く。大船に乗った積もりでいろ、と言わんばかりの態度だが、これが奴のカリスマ性か。何て感心しながら再び手元のプログラムに目を落とした時だった。
「っと、そうだ、忘れてたぜ。」
思い出したように呟いた長曾我部に顔を上げる。するとまた、奴は信じられないようなことを宣った。
「白兵戦よぉ、裂傷を作る可能性が無い物を1種類だけ武器として持ち込めるからな。決めておけよ。」
「………は?」
前言撤回。
血で血を洗う戦を半分くらい本気でやるようだ。
戦国時代じゃあるまいし!
9月開催は体育祭で合ってるのか?
「……武器?」
「おう。」
「体育祭だよな…?」
「当然よ。刃物とかは禁止だしな。」
「ツッコミどころはそこじゃない!!!」
【続け】