battle.16
漢字ふりがな期末テストの期末とは名ばかりだ。終わった途端に次のテスト範囲の授業が1ヶ月近く続くんだから。
中学に入ってからずっと理不尽と思ってきたけどなんで終業式の前日とかにやってくれないのかな。
補習とか成績付けの関係があるんだろうけどさぁ…。

なんて平和な不満を抱きながらも1学期の残りをこなす日々を送っていた。

「長曾我部ー、学校行くぞー。」

今日も今日とて、長曾我部を起こしに奴の部屋のドアを叩く。
一昨日、おんぶされて帰ったあの日からギクシャクする、なんて言うのは少女漫画の読みすぎだ。
昨日の朝も同じ様に呼びに来た所、窓から逃走を計った奴と取っ組み合いの末、互いに遅刻してしまったのが記憶に新しい。
浅井先輩にめちゃくちゃ怒鳴られて朝から疲れたんだ、今日は絶対に遅刻しないからな。

「………長曾我部?」

しかし、ノックの後暫く経っても返事がない。嫌な予感がする。
私は疾風の如く寮から飛び出して、長曾我部の部屋の方へと向かった。

「…やられたっ!」

見上げれば、開け放たれた窓から結ばれたカーテンが垂れ下がり、風に靡いているじゃないか。
昨日の失敗を見越して私が来るより早く逃げたか…!
こんなところで学習能力を発揮しないくれよ勿体ない!
大方近場のゲーセンとか電気街とかだろうけど、悲しいかな今日は探している時間はない。
何故って今朝の天気予報で午後から雨が降ると言っていたからだ。今日は徒歩通学。原チャは雨に濡れると傷むから天気の悪いは乗りたくない。

雨さえ降らなければ意地でも探し出してやるのに、運のいい奴め…!
やり場のない悔しさに窓から垂れ下がる連結カーテンを睨みつける。

……取り敢えずこれは片付けておいてやるか。午後から雨降るし、登って引き上げて窓閉めるくらいの余裕はあるし。

*****

テスト明け2日目ともなると、結果の返却と解説が授業の殆どを占めるため、成績不良気味の私には苦痛な時間が続いた。
特に苦手教科の古典と英語は赤点まっしぐらでどちらも無事に補習授業を命じられる始末。
憂鬱だ。とても憂鬱だ。
天気予報通りの重たい雲の如く沈んだ1日を過ごして放課後。古典の補講を終えて玄関に出ると生徒がちらほらとまだ残っていた。
補講連中もいるようだが、殆どは迎えや小雨にはなるのを待っているのだろう。今朝は晴れていたから傘を持ってこなかったに違いない。

今朝。今朝と言えば長曾我部。
あいつ、結局今日は1日教室に現れなかった。
昼過ぎから雨が降り出したから屋上や駐輪場には溜れないだろうし、もう寮に帰って寝ていやがるかもしれない。そう思うと釈然としない気持ちが込み上げてきた。
畜生、悔しい。負けた気分だ。
別に勝負をしている訳じゃないけど。
帰って顔を合わせたら一発殴ってもバチは当たらない筈。何処を何で殴ろうか考えながら傘を開いて帰路に着いた。

馬で3分、自転車5分の道程を徒歩で行けば10分くらいは掛かる。帰路と言うのも合間って、何時もなら流れる風景をまじまじ観察しながら歩くとなかなか新しい発見もある。
もうきっと使われていない古いポストとか、巣立った後のツバメの巣とか。それに雨の日は何時もは畳まれている雨避けが出されて統一感なくカラフルなのも面白い。

「あれ?」

ふと、何の気なしに目を遣った先、ずぶ濡れの銀髪が赤紫の学ランを絞っているではないか。学ランが絞られてんの初めて見たな。絞れんのかあれ。
ともあれ、あの色の学ランなら間違えようがない。濡れた髪が下りていて隠れ気味だから顔までは確認できないけど。

「長曾我部?」

「あ?誠騎じゃねぇか。」

声を掛けるとこちらを向いたその顔は案の定の人物だった。銀の髪を掻き上げて滴る水を払う姿は意外にもなかなかに絵になるじゃないか。
なんて思いながらその傍らへと足を進めた。今朝の逃走のせいか長曾我部は若干構えたが、こんなバケツをひっくり返されたみたいなのを相手にお小言言うほど非情じゃないつもりなんだけどな。

「ずぶ濡れじゃん。」

「丁度雨雲の真下だったみてぇでな、一気にやられてこの様よ。」

「そりゃ大変だったな。」

軽く舌を打って空を睨み上げる長曾我部。相槌を打ちながら改めて見れば学ラン下のランニングシャツまで隈無く濡れているではないか。
傘を畳み雨避けの下、奴の隣に移動して私は鞄を漁ると目当てのものはやはりあった。

「風邪引くぞ。これ使えよ。」

少し大きめのフェイスタオルを差し出せば、長曾我部は心底意外な顔をして私とタオルを交互に見比べる。

「何でこんなモン持ってんだよ。」

「癖だな。」

「癖?」

「そう。一、雨天時は雨の中泣いている女生徒に差し出すタオル等を準備しておくべし。」

「……千石女学院警備委員会か。」

「そういう事。役に立っただろ?」

「そうだな。ありがとよ。」

ニッと笑って見せれば、奴は肩を竦めて呆れたような笑みをうかべつつも差し出したタオルを受け取った。
代わりのように絞られた学ランを此方に寄越して「ちっと頼む」と言われてしまえば断る事は出来ない。素直に預かったものの、立派な刺繍の長ランは絞った後とは言えなかなかの重量感。
こんなの着て……羽織って?るんだなぁ。しかし、わっしわっしと髪を拭き上げる長曾我部を改めて見上げれば成る程な背丈に体格。首、肩、腕に付いた筋肉は私のそれとは質が違いそうだ。この分だと腹筋も割れているに違いない。いいなぁ。
とは言えあんまりマジマジと見るのも癪だ。しかも長曾我部ときたら仮にも隣にいるのは女子だと言うのにランニングシャツをも脱ぎそうじゃないか。
黄色い悲鳴は上げらないが、眺めるのも憚られるので私はスマホを取り出し弄ることにした。
あ、そうだ。ついでに寮にいるであろう慶次に連絡を入れておこう。
メッセージアプリを立ち上げて一文送れば逐一既読が付いて息つく間もなく返事が送られてくる。流石にコミュ力おばけ。抜かりない。
しかしなんて速さだ。返信を打ち終わる前にぽこぽこぽこぽこ送られてくる…!

「何険しい顔してんだ?」

「いや、慶次とやり取りしてんだけど……」

「あ、ならついでに俺の部屋の窓閉め頼んじゃくれねぇか?」

「待っ…いや、それはやってあるから……」

眉間にシワを寄せながらスマホを弄る私を不審に思ったのだろう。だが、声を掛けてきた長曾我部には禄に答えられなかった。集中しないと、話が脱線する…!

「………よし!」

暫くスマホとにらめっこしつつ、何とか用件を伝え終えたところで顔を上げると、粗方拭き終えた長曾我部が貸したタオルを絞っていた。

「終わったか?」

「うん。慶次に風呂頼んどいた。」

「風呂?」

不思議そうに首を傾げる長曾我部を頭から爪先まで分かりやすくまじまじと眺めてみせる。

「拭いたとは言え、そのままじゃ風邪引くだろ?」

「俺か」

「そう。」

「何から何まで悪ぃな。ありがとよ。」

「お互い様だ、こういう時は。」

使い終わったタオルをこちらに寄越して礼を言う長曾我部。それを受け取り、学ランを返しながら応えれば、奴は乾いてなくて撫で付けの状態の頭を掻いて目を逸らした。照れてんのか?と喉まで出かかったがやめておこう。
その目線を追って空を見上げるも、厚い曇天の土砂降りは相変わらずで一向に止む気配はない。

「止まないな。」

「ああ……俺は雨足見て走るからよ、誠騎は先に帰っとけ。」

そんな提案をしてきた長曾我部へと空から目を移せば、曇天を睨み付けてさっきの私宜しく険しい顔をしていた。
さっき慶次とやり取りした中で、慶次による今後の天気によれば、雨足は弱まらず明け方までこの調子らしい。
というか、長曾我部は私からタオルを借りて折角拭き上げたのにまたずぶ濡れになろうと言うのか?人の気遣いを無駄にする奴だな。
そんな私怨半分、少し意地悪をしてやろうと空を睨む顔を覗き込んで言う。

「………なんだ、釣れないじゃん?」

「あ?」

視界には入らないものの空気の動きと私の台詞に長曾我部は訝しそうな顔で此方を見下ろした。
にんまりと口角を上げれば、その色はより怪訝になったのがおかしい。胸中笑いを堪えつつ、ばつん、と傘を開き雨の中へと、奴の目の前へと躍り出て、それを傾けた。

「帰ろうぜ?どうせ同じ所だ。」

そう言えばさも意外と言わんばかりに目を見開いた長曾我部の顔と言ったら。鳩が豆鉄砲とはまさにこれかと我慢できずに遂に噴き出してしまった。

「あっはっは!変な顔!」

「あぁ?!誰が変な顔だと!?」

大声で笑ったのは流石に癪に触ったらしく、ハトマメフェイスを引っ込め凄んだ長曾我部。だからと言って私の笑いは止まる筈もないのだが、話が先に進まないのでここは我慢だ。上がる口角だけは……許せ。

「そんなに驚くことないじゃん。ずぶ濡れよりマシだと思うんだけど。」

「そりゃそうだけどよ…」

「気持ち悪いから遠慮するなよ。」

「いちいち癇に障る奴だな…」

怒りとも呆れとも取れる微妙な表情を浮かべる長曾我部に上がったままの口角がひくつくのを堪える。
今度は多分私の方が、

「ッは、変な顔しやがって」

「あははっ!やっぱり!」

鼻で笑われたのには少しムッとしたが、それでも解けた表情に釣られて私も我慢をやめた。
そうやって暫く笑った私が落ち着いた後、長曾我部は首筋を掻きながら溜め息を吐いて一歩前に出てくる。

「ったく、仕方ねぇな。」

雨避けに当たらないよう頭を下げて、それより低い傘に潜るように屈むと、私の持つ柄を拐う。

「あ、」

「邪魔するぜ。」

歯を見せて笑うその顔に今度は私がハトマメフェイスになったのだった。





傘を挿してもらう側なんて子供の頃以来。

「そう言えばよ、」

「ん?」

「俺の部屋の窓って…?」

「ああ、今朝私が登って閉めておいた。」

「あぁ!?俺の部屋入ったのか!?」

「時間があれば家捜ししたんだけど、朝の時間に救われたな!」

「アンタなぁ……」

「これに懲りたら朝の逃走は諦めてくれよ、ラプンツェル。」

「止めろ気持ち悪ぃ。」



【続け】

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