8月10日(晴れ)
毎日付けてる日記もその日はそこまで書いて手が止まる。
丁度先週の今日、高杉と喧嘩した。
以来毎日、あらゆる手段で何かと突っ掛かってきたのに、今日は特に連絡も奇襲も何も無い。
して欲しい訳じゃ無い!断じて無い!
して来ないならそれに越した事はないじゃない!
そう言い聞かせ、昨日まで何を書いたかと、日記を読み返してみたら、割と、いや、常にあいつの事ばっかりだった。
がっかりした。何コレ。私寂しいの?
まさか、そんな事はない!
事実、18歳のあの日までそんな事なかったじゃないか!こんなの高校3年の時から数えて2年にも満たない間だけの事。
寂しい筈が、無い。
書く事なら他にあるって、例えば……。
ほら、………。
……えっと……。
「……はあ、御風呂入ってこよう。」
思いだそうにも何も思い出せなかった。溜息を吐いて私は部屋を後に脱衣所に向かう。
ぼーっとしながら、なんやかんやして湯舟に浸かって今日一日をぼんやり振り返った。
今日やってた事……携帯ちらちら見たりインターホンの回りをそわそわしたり……。
何コレ。私、超うざいじゃん。
「……はぁーあ、」
溜息が矢鱈、響いたのが気に食わ無くて、私は早々に御風呂を上がった。
あー、気に入らない!もう何が気に入らないかも分からないくらい気に入らない!
もういい、今日はもう寝る!
そう決心した私はバスタオルを巻き、部屋に戻った。
*****
「…何だこれ。俺の事ばっかじゃねーか。」
「…………。」
ドアを開けると、信じられない光景。
当然の様に私の机に座って当然の様に私の日記を読んでほくそ笑むのは、隣人高杉。
バスタオル1枚しか身に纏っていない私は脳内の警笛に従って静かにドアを閉じた。
「………何、あれ、」
外開きのドアに背中を押し付ける。
取り合えず、分かる事は此処を動いてはいけないという事。
それだけ分かればいい。
先ずは混乱する頭を落ち着かせなければ。
そうだ。
きっとあれは幻だ。
幻、まぼろし、マボロシ……。
「おい、紫。何やってんださっさと入ってこい。」
おや?空耳が。
「空耳とか思ってんじゃねーだろーな?テメェが全体重掛けたってこのドア開けられねー事ァねーんだぞ?」
空耳、空耳、空耳…。
念じていると急に背中から物凄い圧力が掛かった。
「うわぁあっ!?」
バランスを崩した私は前のめりに倒れて床に激突する。
「いったぁ〜…あああああああああっ!!?」
ぶつけた鼻を摩っていると何者かに足を引っ張られ自室に引き擦り込まれた。
てか、めくれるっ!バスタオルめくれるぅぅぅぅぅっ!!!
バタン!
「ふぎゃっ!?」
閉められたドアに座った状態で押し付けられて変な声を上げる。
見上げれば奴。
物凄く楽しそうに笑っている。
その片手には私の日記。
「かっ、返して!」
「おっと、」
手を伸ばせば、ひょいっと持ち上げられてしまった。
悔しげな目付きで見上げれば、奴はぐいっと口角を上げる。
「ずれるぞ?」
「え…?うぎゃあ?!」
奴の目線の先に目を遣れば、バスタオル1枚の自分の身体。慌てて、胸元を持ち上げて両手で抑え、奴を睨みつけた。
それでも尚、奴は楽しそうに口を歪ませている。
「紫、そんなに俺の事好きか?」
「……」
「おい、何とか言え。」
「……」
口利いてやらないと心に決めた私は奴の言い分に答えずただ睨みつけていれば、奴はピクリと眉を上げた。
「……ほォ、テメェがそのつもりならこっちにだって手はあるんだぞ?」
歪んだ口元を更に歪ませる奴に私の背筋にぞくりと悪寒が走る。厭に艶めかしく細められた隻眼に本日2度目の脳内警笛が鳴り響いた。
「ち、違うもん…!」
「あ?」
私が咄嗟に口走った事に奴は眉根を寄せる。
それはもう、不機嫌を人にした様な顔付きだ。思わず肩が跳ね、口篭りそうになる。
今すぐ逃げてしまいたいが、そんな事をすれば私の今後が危ない。
兎に角まずは落ち着かねば。
奴のペースに呑まれれば最後、今は本当に何されるか分からない。
すぐ後ろがドアな為、後退りは出来ないけれど、抵抗の一環として私は精一杯背中と頭をそれにくっつけて、冷静を装い私は問い掛けた。
「て、てか、何か用?」
「結婚するぞ、紫。」
「…………………あ?」
一瞬空気が止まった気がする。
降ってきた言葉を理解するまで僅かな時間を要したが何の脈絡もないそれに私は眉を顰める。
「…え?何それ?何言ってんの?大丈夫?頭的な意味で。」
眉間に皺を寄せ、可哀相な者を見る様な目で高杉を見上げると、奴はゆっくりと隻眼を細めこう言った。
「っち…。可愛いげがねぇ。」
「何ぃ!!」
呆れ半分な発言に私はカッとなって高杉の胸を押して、その顔を正面で睨みつける。
負けじと高杉もただでさえ鋭い眼差しを寄り鋭利にして睨み返してきた。
正直、勝てる訳が無い。
それでも唇を結んで、必死に眦を吊り上げていれば、暫くして奴は喉を鳴らした。
「クク…ッ、相変わらず面白ェなァ。」
「悪かったわね。」
「いや、悪かねェ。」
憎まれ口を返すと、また喉を鳴らす高杉。
奴は持っていた日記をその辺に投げて、私の髪を撫でる。
「……で、返事は?」
「え?何?」
その手を払い退けて私は首を傾げた。
すると高杉は不機嫌そうに顔を顰める。
「さっきの。まァ紫に拒否権なんざねーけどな。」
「さっきの?ああ、あれ。つか拒否権無いとか何よそれ。」
「…今日は俺の誕生日だ。」
「知ってる。それくらい。」
「二十になったらするって決めてんだよ。」
「そんなアンタルールに私関係なくない?」
「……ごちゃごちゃうるせーなァ、」
揚げ足を取り上げれば奴は益々顔を歪ませる。
全く何とも凶悪な面だ。
こればっかりは幼馴染みでも慣れはしない。
「それより、何なのよいきなり。」
「いきなりじゃねーよ。先週からずっと仕掛けてんのにテメェが音信不通になりやがるからじゃねーか。」
「先週?」
話を振ると思わぬ回答が帰ってきたので、私は首を傾げる。
すると高杉は小さく舌を打って面倒そうに口を開いた。
「丁度1週間前の朝だ。テメェを態々起こしに行ってやったってのに、殴られるたァな。」
「は?起こしにきた?人に跨がってただけじゃない。」
「声掛けても起きねぇから死んでっかと思って心臓マッサージでもしようかと。」
「その発想、普通は無いよ。」
真顔でそう言った高杉に思わず苦笑いが零れる。
声掛けて起きないからって死んでるなんて言ったら、私は今まで何回か死んでいる。
「あとは?」
「メールも電話もした。っても連絡ねーし、風邪引いたって聞いて見舞い送っても反応ねーし。」
「御見舞い?」
苦々しい笑みを隠すべく、奴が1週間してきたという行動を問うと意外な答えが返ってきた。
思わず首を傾げれば今度は呆れた様な表情で溜息を吐かれる。
「メール。しただろ?」
「メール?……あ、もしかして、“さっさと俺に感染せ”ってやつ?」
「それ。」
「あれどう考えたってセクハラじゃない。」
「ククッ…考えすぎじゃねーか?」
「なっ!?」
私の反応に、にやりと妖しげな笑みを浮かべた高杉に、カッと顔に血が集まるのが分かった。
それを面白がって奴がクツクツと喉を鳴らしているもんだから尚更顔は熱を持つ。
「じ、じゃあ、ほ、ホテルに女の子と一緒に行ったとか新幹線とかは……!!」
恥ずかしくなって話を逸らそうと振った話題が私が気になっていた事だったと気付いたのは、完全に裏返った声で質問し終わってからだった。
ハッとして唇を噛んでももう遅い。
「ホテル?ああ、新歓の時のか。あいつァ研究室の奴だ。新幹線は偶然。」
「………高杉、新歓なんか出席するんだ。」
「何だ?妬いてるのか?」
「ち、違う!」
「そーかィそーかィ。」
真っ赤な私を知ってか知らずか、つらつらと言う高杉。
その上、余裕ありますけど何か?みたいな態度な訳だから、自棄になってる分、私がすっごい恥ずかしくなってるじゃない!
「〜〜っ!もう分かった!分かったから早く帰って!帰って下さい!」
「何が分かったんだよ。俺は返事聞くまで帰らねぇ。」
「何ぃ!!?」
居た堪れなくなった私は奴の腕から脱出し、叫ぶ様な声を上げる。
しかし高杉は納得いかないとでも言う様に腕を組んで動く気配すらない。
「て言うか何なのよ、もう!いきなり押しかけてきて!!」
「だから一週間前から、」
「そういう問題じゃないくて何で高杉はいきなりそう言う事言うのか聞いてるの!何がしたいのよ!?」
「……紫が、逃げられねー様にしてーんだよ。」
「は?」
少し溜めて呟く様に言った高杉に私は眉を顰める。
すると奴は自棄に真面目な顔をして私を見据えてこう言った。
「テメェは今回みてーに小せェ事で音信不通になる様な奴だから、いつ何時俺から去ってくか分かんねぇ。そうなる前にさっさと俺に縛り付けときてーんだよ。」
「え……?」
呆気に取られて、私は何度か瞬きを繰り返し高杉を見詰める。
暫くしても反応を見せない私に居た堪れなくなったのか奴はふいっと外方を向いた。
長めの前髪から覗く横顔が心無しか染まっている様に見えて小さく噴き出してしまう。
「っ!何だよ!」
「ふはっ…!な、何でもない。高杉、寂しがり屋さんだね。」
「!?」
そう告げると今度は明らかに真っ赤になった高杉。
御蔭で私の笑い声はまだ止まりそうにない。
寂しがりのマイダーリン
「考えといてあげる。」
「ああ?拒否権はねーって言ってんだろ。」
「だって収入無い人とは結婚出来ないもん。」
「………。」
Aug.10th.Happy birthday!
後書
難産で御座いました…!
その割にがっかりで申し訳ない限りではありますが、最後まで読んで下さいまして誠に有り難う御座います。
今回はヒロイン優勢?な感じになった様な気が致します。
何時の間にやら高杉さんが俺様ツンデレ野郎に(笑)
そう言えば彼女、後半殆どバスタオル1枚と言う危機的な恰好をしておりましたね(笑)
書いていて途中で忘れていました。互いにあんまり気にしてませんしね、幼馴染みですから、ね。←
2週間以上過ぎておりますが、高杉さん御誕生日御目出度御座いました!
おまけ(彼女の日記)→