「そう言えば高杉、大学何処になったの?」
「名前で呼べって言ってんだろーが。」
「良いじゃん。慣れちゃったんだし。で、何処?」
「……オメーは何処に拾われたんだ、紫。」
「私?私はねー、」
「「K大経済学部」」
「………は?何で知ってんの?」
「俺もK大経済学部だから。」
「…………………は?」
「お前んトコの担任脅して聞き出した。」
「………何ぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!?」
卒業式後の帰り道は確かこんな感じだった。
何でも、私と同じ大学行かなきゃ詰まらないからの進路選択らしい。
何それ。私の事何だと思ってんのよアイツ。
卒業式を遡る事、数ヶ月前、うっかり高杉ん家に泊まる事になって、あの時、到頭想いを伝えてしまったら、お前は俺の彼女宣言されたけど、 特に何も無く、卒業を迎え、無事大学生になれた訳だ。
いや、何事もなければそれに越した事無いし、別に期待とか何かそう言うのしてた訳じゃないし、ちゃんと今まで通り幼馴染みしてるから良いんだけどね!
そんな事からもう半年も経って、今日は8月10日。奴の誕生日である。
一応、付き合ってるらしいから、何かすべきかもしんないけど、相変わらず女の子に大人気の高杉だから私が何かしなくても良いだろうし、寧ろ煩わしいとか言われそうだし、この際、幼馴染みとして何かしてあげるべきなのか……。
「…………この場合、私はどうすれば良いのかな…?」
印が付いている訳でも無く、頭が記憶した記念日を投影する部屋のカレンダーとにらめっこしながら私は呟いた。……手っ取り早く本人に聞いた方が良いかもしれない。
幸い、漫画みたいに私と高杉の部屋はベランダ挟んで隣同士。行こうと思えば侵入できる距離だ。………した事無いけど。
洗濯挟みでも投げ付ければ出て来るだろう。
そう思って、ベランダから奴の部屋目掛けて洗濯挟みを投下した。
「高杉ー、高杉晋助ー。」
名前を呼べば暫くして窓が開く。
「あのさー高す……ぎ………、」
「何アンタ。」
しかし、出て来たのは吃驚するくらい綺麗な女の人で訝し気に私を睨んだ。
「……えっと………幼馴染み…です……。」
「………アンタみたいなクソガキのせいで、私は振られたって訳?」
「………はい?」
丸で虫けらでも見る様な目で吐き捨てたその人の言葉に私は首を傾げる。
「言っとくけど、奪った気になって調子に乗ってられんのも今の内よ。私はアンタなんかより晋助の事知ってるんですもの。」
「………え?」
「知りたい?ならそのま窓開けときなさい。アンタなんかじゃ相手にされないって事教えてあげるから。」
妖艶に意地悪く微笑んだ女の人はカーテンだけ閉めてから、猫撫で声で高杉を呼ぶ。
その声には聞き覚えがあった。
受験生の私の睡眠妨害をしたあの声。
毎晩の様に聞かされてた事もあった高杉の嫌がらせとしか思えないあの声。
目の前が真っ白になった事もあったけど、今度は目の前が真っ暗になった。
私は慌てて窓に施錠し、カーテンを引いた。
昼間だと言うのに布団を被ってベッドに踞る。半年前は只、苛々しただけの声だけと、今はもう苛々だけじゃ済まされない様な気がして、心が掻き乱される様な気がして……。
何でこんな気分にならなきゃいけないんだろう。
「………っ…」
視界が霞んで、滲んで、歪んで、心臓を握り潰される様な感覚と喉に何か引っ掛かる様な息苦しさと共に、私は何時の間にか意識を手放していた。
*****
「…………ゔー…あ゙ー…………あ゙づい゙っ!!!!」
何時間経っただろうか。
纏わり付く汗に布団から蹴り飛ばした。
「紫ー、御飯よー。紫ーっ!」
「あ、はーい。」
同時に下から響いたお母さんの声にでっかく返事し、ベッドから這い出る。
時計の短針は7と8の間を刺していた。
「紫ーっ!!食べちゃうわよーっ!!!」
痺れを切らすお母さんの声が再度響く。
実家に帰ってくると、家事しなくて良いけど、こう言うのちょっと面倒だなって思ったりする。
「はぁーいっ!今行くーっ!!」
でもまぁ、取り敢えず、もう一度、声を張ってから、このクソ暑い部屋を何とかせんとカーテンは引いたまま、窓の鍵を開けて窓枠を滑らせ、私は台所へ向かった。
*****
「御馳走様でしたーっ!」
「直ぐ横になるんじゃないよっ!」
「分かってるよーっ!」
晩御飯を済ませ、部屋に戻る階段を駆け上がりながら、お母さんとそんな遣り取りをする。
やっぱ、人が作った御飯は美味しいね。ホントに。満腹感と満足感に自然と笑みを零しつつ、私は部屋のドアを開けた。
「よォ。」
「………」
そして直ぐさま閉めた。
夏故に、薄暗い部屋の中に何か、否、誰かいる。
2階だから泥棒は有り得ないよね。うん。だって泥棒があんなに悠長にしてる訳無いもん。
…野良猫かな?いや、でも喋ったっけ。
……迷子の鸚鵡とか!あ、でも、何か人間っぽいシルエットだった…。
……じゃあ……オバケ…?
……………いやいやいやいや。無い無い無い無い。
オバケなんかいないって。
オバケなんかいる訳無いじゃん!
オバケなんて無いさ!オバケなんて嘘さ!
無いよ!無い無いっ!!
絶対無い!!絶対嫌だっ!!
御願だから止めてっ!!!!!
部屋の前に突っ立って腕組みしながら首を傾げてると、ドアが徐に開いた。
「ぎゃあっ!?」
直後、ドアの隙間から、ぬっ、と手が出て来て、腕を捕まれる。
強制的に仄暗い部屋の中に引き擦り込まれると、背中から抱き竦められて、胡座をかいた犯人の足の上に座らされた。
「ん゙ー!ん゙ん゙ーっ!!!」
助けを呼ぼうにも口を押さえられて声が出せない。
やだやだやだやだやだっ!!!
何これっ!!すっごい嫌だっ!!
「………ちっ、」
じたばたじたばた足だけで暴れてると、耳元で舌打ちされて続い溜め息を吐かれた。
ええええええっ!!?
私何にも悪い事してないのに、何で舌打ちっ!?何で溜め息っ!!?
遣り場の無い憤りに脱力してると、犯人は私の口を押さえたまま、立ち上がり、部屋に明かりを点した。
「窓、開けっ放しは不用心なんだろ?開いてたぜ。」
「!」
耳元で囁く様な声に私の心臓はどきりと脈打つ。
しかも、アレだ。恐怖も歓喜も緊張も安心もする分類不可な脈拍だ。
「御陰で侵入出来たがな。感謝するぜ紫。」
ゆっくりと首を回せば、鋭い隻眼に釣り上がった口角。
してやったり、めっちゃ満足、俺今最高に楽しい、って言う顔した幼馴染みが私を拘束しているではないか。
「……っ!!ぃぎゃひっ!!!??」
叫ぼうとすると、素早く身体を回されて、どんっ、と床に組敷かれた。
「いったぁ……、」
「ちょっと紫ーっ?!アンタ一人で何やってんのーっ!!?」
「だっ…、大丈夫ーっ!!!ちょっと椅子から落ちただけーっ!!」
「ほんっとにもー。気を付けなさいよー。」
「は、はぁーいっ。」
音に気付いたのだろう、下から聞こえるお母さんの声に慌てて返事すれば、呆れた様な声で注意される。
「……おばさんに気付かれたらどーすんだよ。」
「たった今アンタがそれしたんでしょうがっ!!」
「紫が叫ぼうとしなきゃ済んだ話だろーが。」
「普通叫ぶでしょっ!馬鹿なのっ!!?高杉は馬鹿なのっ!!?」
「減らねーのはどの口だ。息出来ねー位がっつり塞いでやろうか?」
「何ぃっ!!?」
小声で反論し続ける私に高杉がにやりと笑った。
ああ、やだっ!!前にも何かこう言うのあったっ!!
冷静よっ!!冷静を保つのよ紫っ!!
慌てる私を面白がってか、にやにやと何のアクションも起こさない高杉に悔しさを感じながら、同時に胸がちくりと痛んだ。
……何だろう。何か忘れてる。
「………って言うか高杉何でいんの?」
「あ?昼間、オメーが呼んだんだろーが。」
昼間?……ああ、そうだ。
今日は8月10日。高杉に誕生日どうするか聞こうと思ったんだ。
何が欲しい?とか何がしたい?とか、それだけ聞きたかったのに、この男は自室に女を連れ込んでたんだっけ。
その後の展開が聞きたくなくて知りたくなくて私、布団被って何時の間にか寝てたんだっけ。
あ、何だろう。
また何か気持ち悪い感覚が蘇ってきた。
「………戻りなよ。」
「あ?」
涙だけは見せまいと、ぐっと堪えて私が言うと、高杉は訝し気に眉間に皺を寄せた。
「あの人、待ってるよ。」
「誰だ、あの人って。」
「昼間、部屋にいたじゃん。」
「?……ああ、アレか…。」
ちょっと思案を巡らせて、高杉はしゃあしゃあと言う。
自覚してんのかこのやろう。
結局、私はいい玩具程度にからかっただけなんだな。畜生、嵌められた。
半年前なら悔しさ余って憎さ千倍で頭突きの1つでも決めてやったのだが、憎さ所か悔しささえ沸き上がらない。
只、傷かった。
「戻ってよ、ばか…。もう来んな……。」
「何拗ねてんだ。」
「拗ねてない…。」
「じゃあ妬いてんのか。」
「高杉相手に…、餅なんか焼かない……。」
「彼氏関連で嫉妬しねーのは可笑しーな。」
何の躊躇いも無く、吃りも無く、さらりと答えた高杉に私はカッと目を見開く。
「からかうのもいい加減にしてッ!!」
「!」
突然声を荒げた私に高杉にしては珍しい表情が浮かんだ。
「心にも無い事、よく言えるねッ!!私の事からかうならもっとマシな内容にしてよ!!私ばっかり馬鹿みたいじゃないっ!!!」
組敷かれたままの体勢ではあるけど、目尻を吊り上げ、高杉をキツく睨む。
瞬きをすれば涙が落ちる程、何時の間にか目に涙は溜まっていた。
「私は…っ!!ホントに好きだったのに……っ」
「紫、」
「もういい。もうやだ。帰ってよ…。」
我慢はもう臨界点を越えている。落涙を堰き止める事は出来ないから、せめて高杉には見えない様に斜めに俯いて、呟く様に告げた。
暫く続いた沈黙。
それは、ふっ、と言う高杉の吐息によって破られた。
「……嫌だ。」
すとん、と一言落とした高杉に私は驚いて顔を上げる。瞼に残る湿度と熱に、まだ、目に涙が残っているのが分かった。
「え…?」
「オメーが良くても、嫌でも俺が気に食わねぇからその要望に応える事は出来ねーな。」
身体をより前に倒し、低い、唸る様な声で高杉は言う。
「大体、オメーは勘違いしてんだよ。アレは俺のストーカーだ。」
「……へ?」
怪訝な顔で溜め息を吐く高杉に私は首を傾げた。
「ストー……カー……?」
「ああ。元々、遊びだって言っといたってーのにあの女、しつけーったらねーよ。」
「でも…部屋……、」
「あんまりしつけーから、紫呼んで色々と見せてやりゃー諦めっかと思ったんだが、お前の事、馬鹿にしやがったから横っ面引っ叩いて追い返した。」
本当は拳でも構わなかったんだかな、と続ける。色々って何だ、遊びとか酷いな、女の人引っ叩いたの、と言う突っ込み所は多々あった様な気がするが、取り敢えず置いといて、
「私の……勘違い…?」
「ああ。紫しか俺にはいねーよ。」
ちょっとだけ優しく微笑んだ高杉に、どきりとした。
反則だ、そんなの。何時もはあんなにいやらしい意地悪い顔で笑うのに。
照れと、勘違いに対する羞恥に顔が真っ赤に染まる。
「どーしたぁ?そんな可愛い顔して。誘ってんのか?」
「ち、違……っ!」
「ククッ…。で、紫は?」
「う?」
「昼間、何で俺の事呼んだ。」
「そっ……それは……」
ん?と首を傾げる高杉に私はまた目を逸らした。
誕生日の事なんて、今更言えないし、もう準備も何も出来ない。
「何でもない…。もういいの。」
「良くねぇ。聞かせろ。」
「ひ…っ!」
耳元で低く、甘く、囁かれて背筋に電気が走る。
こないだもこの手に引っ掛かった。私が耳が弱いのか…?
「や…っ、擽ったい…」
「言えよ。言わなきゃ……どーなんだろーなァ?」
「ひぃっ…!」
にんまりと孤を描いた口元にさっきとは別の電気が背中を走った。
この目の高杉は本気だ。今まさにその目をしている!
高校ん時、沖田君が教えてくれたその目をしている!
醸し出す高杉の尋常じゃない威圧感と危機感に負けて、私は已むなく口を開いた。
「た…っ、誕生日……っ!」
「誕生日?」
やっとの思いで絞り出した名詞に、高杉は疑問符を浮かべる。
「ほ、ほら、今日、高杉、誕生日でしょ?だから……何が……欲しいかな……って…………」
言ってて自分が恥ずかしくなった。徐々に小さくなる声に高杉は高杉で目を屡叩いてる。
何か一人で盛り上がってたみたいじゃないか…!
「…俺の誕生日?」
「…う……うん……、」
何と言うか物凄く気まずい。
小っ恥ずかしい。
顔が熱い。
噴火しそうだ。
穴を掘って地核辺りに隠れたい。
余りにも余りにもで目を逸らしていれば、高杉が徐に口を開いた。
「なぁ。それちゃんと聞てくれねーか?」
「え?でも、もう何も用意出来ないよ…?」
「いいから。」
珍しく、純粋な良い事を思い付いた、と言う顔に私は疑問を抱いたが、プレゼント用意出来なかったんだし、勘違いして怒鳴っちゃったんだし、今日くらい言う事ちゃんと聞いてあげよう。
「な、何が欲しい…?」
「先ず御目出度うじゃねーのか?」
「あ、そっか…。高杉、」
「晋助、」
「無理だってば、今更…」
「………じゃあいい。今はな。」
「な、何ぃっ!!?」
「ほら、続けろ。」
相変わらず諦めてないらしい名前呼びを拒否すると、高杉は何か含んだ怪しい…否、この場合は妖しいと言うべきか、な笑みを浮かべた。
それに私がびくりと肩を竦めると、奴は面白がって喉を鳴らした。
従うのも癪だけと、今日だけ、今日だけ……。
「高杉、誕生日おめでとう。」
「ん。」
「な、何か欲しい物とかある?」
「紫からの名前呼び。」
「げ、」
今はいいってそういう事か…!
何か無償に腹が立つ…!悔しい…!!
してやったり、様ぁ見やがれな良い笑顔を浮かべ、言葉を続けを続けようとする高杉に私は身構えた。
「それから、」
「まだあんの…?」
「あと1こ。」
「何よ…」
相変わらず、組敷かれてるけど、精一杯警戒して、答えを待った。
「紫。」
突撃となりのマイハニー
「……は?え?あ、頭、大丈夫…?」
「駄目だ。まだ晩飯食ってねーから。」
「食べなよ…」
「じゃあ遠慮無く。頂くわ。」
「あれっ!?日本語って難しいっ!!」
Aug.10th.Happy birthday!
後書という名の懺悔なさい!コーナー
気付けばもう8月。メインで連載してる筈の土方さんの御誕生日を華麗にスルーしてからもう3ヶ月も経ちますか、そうで御座いますか。
特別忙しい訳でも無いのにキャラの誕生日を度々スルーする訳にはいかないと、折角連載物があったので(こら)、設定使い回しですが、高杉さん御誕生日記念に書かせて頂きましたが、予想以上に長くなってしまいました。
最近、よりマイナスの方向へ磨きが掛かっております。御堂で御座います(笑)
拙作ですが、楽しんで頂けたのなら幸いに御座います!
此処まで読んで下さって有り難う御座いました。
20090810 篝 拝