「狡い!!狡い!!デンジさん狡いです!!」

波に攫われ目を回したカラ君を抱き上げ、私は言った。
だって、そんな、ランターンなんて狡い!!

「怒らないでって言ったのになあ…。」
「うぅ…。」

ばつが悪そうにランターンを撫でるデンジさんに思わず口を噤む。
負けたのは無論、読みが甘かった私の責任だし、確かに怒らないと約束はした。
私の責任なんだけど!
約束はしたんだけど!
悔しいのに何でか安堵としてるこの遣り場のない、よく分からない気持ちはどうしたらいいの!

「……ごめんなさい。それと、有り難う御座いました。また出直しますね。」

だけど負けは負け。
約束は約束。
駄々を捏ねる世間知らずにはなりたくないので、約束を破った事を謝りその場を去ろうと頭を下げた。
潔く、潔くと心の中で唱えながら。

「あ、待って。」

踵を返したその時、呼び止められ退却を遮られた。
振り向くと、ランターンをボールを戻したデンジさんが小走りに此方に向かってきている。

「どうかしましたか?」
「これ、受け取ってくれ。」

そう言って彼が差し出したのは、不思議な形をした小さな金属のバッジ。

「ジムバッジ…!だ、駄目です!頂けません!私、負けたんですよ!」
「あー…まあ、試合はな。でもリーグ規定は満たしたから持って帰る資格はあるんだ。」
「リーグ規定?」

さも当たり前の様な態度のデンジさんに驚きつつ御断りしたのだが、聞き慣れないかつ信憑性のありそうな言葉に、私は首を傾げる。
すると彼はちょっと面倒臭そうに頭を掻き、口を開いた。

「ジムリーダーはリーグ挑戦資格の認定の他に、挑戦にきたトレーナーの適性を試す役割を担うんだ。この先に進んでも危険がないかを調べなきゃならない。ジムバッジがないとバトル以外で秘伝技が使えないのもそのせいだ。」
「そうなんですか…?」
「ああ。バッジを賭けた試合で俺達ジムリーダーが本気で戦うと挑戦者達を次のステップに進める事が出来ない。だからリーグからいろいろ規制がされているんだ。能力とかレベル、技とか…あと、ポケモンの数と種類も。」
「数と種類も制限されちゃうんですか?!」
「まあ、種類はそんなに厳しくないけど。能力やレベルはジム近隣に生息する野生のポケモンの目安になる必要があるし、数は、旅立ち間もないトレーナーが寄る最初のジムリーダーがいきなり6匹も持ってたら非道ってもんだ。」
「それは…、確かにそうですね…。」
「じゃなきゃヒョウタとかナタネなんかこの辺りのトレーナーなんかより弱いだろ。」
「ああ……ええ…まあ…」

冗談の様に言った彼に曖昧な返事しか出来ず、愛想笑いで誤魔化す。
今でこそ言える事であって、当時は酷く苦労したのだから、何とも言えない。

「そう言う事で新人トレーナーは何処に住んでてもクロガネジムからスタートって決まってる。それは兎も角、俺の場合の手持ち規制は、ランターンを除く4匹だからトモエさんはこれを持つ資格があるんだ。」

そう言うと、再びバッジを差し出したデンジさん。
道理は適ってるし、納得はしたけれど、私はどんなに苦労しても試合に勝ってからバッジを手にしたい。
……と言うか、それより、デンジさんは何で規則もあるのにランターンを加えたのだろう。
浮かんだ疑問に思考を占拠され、聞かずにはいられなくなったので取り敢えず、差し出されたバッジを持つ彼の手をやんわりと押し返した。

「…バッジはやっぱり受け取れません。」
「……そうか、」
「また挑戦しますから……それと、1つ良いですか?」
「何?」
「規制されているのに、デンジさんはどうしてランターンを戦わせたんですか?」
「!?……それは……」

問うと彼はぎくりとした顔をして俯いてしまった。
やはり聞いてはまずい事だったのだろうか、ばつが悪そうに首筋を掻いている。
何だか微笑ましくて、負けた事をさっぱり忘れてしまいそうだ。そんな気分になるのは、前回より悔しく感じない為だろうか。悔しさが少ないのは今回、高を括っていなかったからだけなのかしら……?

まあ、兎に角、これは後で考えるとして、相変わらず目線を合わせてくれないデンジさんはきっとランターンを入れた理由を答えてくれはしないだろう。
此処は空気を読んで立ち去るべきだ。

「デンジさん、有り難う御座いました。」

再び頭を下げて踵を返す。
この時、弾かれた様に彼が頭を上げたのには気付かなかった。

「トモエさん…!!」
「わっ!?」

不意に、強い力に捕まった左手首に足止めされ、そのまま後ろに引かれる。
引力のままくるりと半回転させられた身体は強い力の主に捕まってしまったらしい。

何時ぞやのデジャヴか、視界が真っ黒い布だ。
状況の詳細を理解出来ずにいると、頭上から決心した様な声が降ってくる。


「俺が、ランターンを加えたのは、君に勝つ為。トモエさんは何を言ってもきっと、俺に勝たないとバッジを受け取ってくれないと思ったから。」
「え?……え?何ですか…?どう言う……事ですか?」
「バトルが楽しかったのは演技じゃないし、ランターンがいても勝てるか最後まで不安だった…、だけど、勝ったらって、決めてたんだ…。」
「あ、あの…、えっと…話が、話が、えっと……み、見えないんですけど……」

パニックを起こしそうな頭で漸く、デンジさんに捕まったのだと理解した。しかし、これは抱き締められていると言う事なのだろうか。
動けない中でやっとの思いで言葉を紡ぐ。

何故、やっとの思いなのか。
理由は簡単。
自慢ではないが、私は近距離に免疫がないからだ。長年対人関係をサボってきた弊害の1つである。
だから、この彼の腕の中に納まっている状況を理解した今、何時ぞや宜しくカラ君に助けていただきたいのだが、頼みの彼らは戦闘不能。
加えて、例のきゅうっとした切なさと不安が頂点に上り詰めた為に到頭頭が沸いたのか、離れるのが惜しいとさえ思うのだ。

駄目だ!早くこの状況を打破しないと、私は本当に可笑しくなる!……様な気がする!!

「あ、あ、あ…の…」
「トモエさん、」
「は、は、はい…?」

離してくれと頼もうとしたのに、言葉が出来上がる前に遮られてしまった。

「……俺は……もう君がいないと死ぬと思う。」
「…………え?」

呟く様な声に耳を疑う。
意図が分からなくて思考も感情も停止した。新しい自殺宣言だろうか?
しかし、平静を少し取り戻す事が出来たので、腕の中から彼の顔を見上げて訊ねる。

「あの、デンジさん。それは一体……?」
「……………好き、だ。」

搗ち合った目に真っ直ぐ射抜かれ、頭が真っ白になった。故の幻聴だろうか?
生まれて以来、縁のない言葉が耳に入った気がする。

「………………は?」
「好きだ。」
「それ…私に言ってます?」
「他に誰が?」
「私に見えない誰かとか?」
「君って人は……」

デンジさんが浮かべた困った様な笑顔に私の中で何かが弾けた。
昨晩から困っていたきゅうっとした切なさと不安も、負けた後の安堵も、悔しさの程度も、みんなみんな弾けて飛んでいって1つの答えを顔を出す。
そこで思考も行動も本格的に完全停止を迎えた。

「トモエさん?」

只管、瞬きを繰り返す私を不審に思ったのか、デンジさんが眉を下げて首を傾げる。
あ、何か言わなきゃ…。

「あの、私………元ニートですよ!!」
「………は?」

彼の表情が悲しそうなものに変わる前に、何か言わなきゃならない気がして、とんでもない事を口走った。
今度はデンジさんが瞬きを繰り返す。
しかし私の口は滑ったまま止まらない。

「わたし…私…、ポケモンバトルもした事ないし、家から一歩も出ないし、家事もしないし、好きな事しかしないし、親の臑齧りだし、ぐうたらだし、対人関係は苦手だし、世間と価値観ズレしてるし……それから、それから、」
「トモエさん、落ち着こう。」
「私、元ニートなんですよ!」
「さっき聞いた。薄々気付いてたよ。」
「嘘っ!?」
「だって、俺の私生活に文句言わないし嫌な顔してなかったし無理に更正させようとしなかったから。それって同じ経験があるからだろ?」
「それは…」
「俺もジム運営してなければニートみたいなもんだから。それに、トモエさんは“元”ニートだろう?ポケモンバトルも料理も掃除も洗濯もやるじゃないか。」
「でも…、」
「まあ、それはそれで構わないけどさ。今、俺が聞きたいのは君の過去じゃないな。」
「!」

突然真剣な表情に変わったデンジさんに、一瞬息が止まった。
がっつり交わった視線を反らそうにも、金縛りにあったみたいに動かせず、長い睫毛が縁取るコバルトブルーの瞳に写る自分と目が合う。

「好き。」

背骨に沿って、一直線に雷が落ちた様な錯覚に襲われて頭がくらくらする。
正直、私の中に姿を現した答えと彼の言っている事が同じ意味か分からないけれど、浮かぶ言葉に否定はなかった。

「あ、あの…それ………わ、私で……いいんですか…?」

私が今出来る精一杯の返事に微笑んだ貴方の顔が、瞬きが聞こえそうな距離に近付くまであと3秒。




落ちる所は決まっていた。



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ballad


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