漢字ふりがなその後、只管頭を下げるも、デンジさんはその都度首を傾げていた。

しかし、これが頭を下げずにいられようか。
私の汚れた服を気に掛けて、洗濯機を使わせてくれたり、丁重に御断りしたにも関わらず、風呂まで借してくれたのだ。
どんだけ良い人なんだこの人は。
どうしても気が引けたベッドの使用も風呂に入るギリギリまで「私には寝袋がありますから!」と抗議したのだが、「夜中に起きた時、巨大なキャタピーがいるみたいで嫌だ。」とデンジさんに拒否されてしまい、物凄く申し訳ない気分で御借りする事になった。私の寝袋はそんな奇抜な色じゃないのに…。

ベッドのある寝室とソファーのあるリビングは別の部屋なので、デンジさんが寝てからこっそり寝袋に移動して、彼が起きる前に御暇しようという計画を入浴中に立て、寝室に向かったが、どう言う訳かどうしても私をベッドで寝かせたいらしいデンジさんは、私が布団に入ったら部屋に入ってきて、眠るまで見てるとか言い始めた為、それはあえなく失敗に終わった。
身の危険とか、そんな可愛くて若い女の子でも何でもない私が危惧する訳もなく、ただ御世話になりっぱなしが申し訳無くて、今夜は眠れそうにないと思っていたのだが、日中の土木作業の疲れのせいか、ベッドに押し込まれた後すぐに眠ったらしく、それからの記憶はさっぱり残っていない。

▲▼▲▼▲

翌朝。
窓の外からキャモメやペリッパーの鳴き声が聞こえて目を覚ますと何となく息苦しかった。寝ぼけ眼を擦ろうにも何かが邪魔で手が届かず、重い瞼を開けると視界は真っ暗。

なにこれ、失明?え?いきなりそんなまさか!
私はまだ、我が子達の可愛らしい仕草を見たいのに失明とか神様何考えてるの!?暫く軽いパニックが頭を支配していたが、良く見れば眼前の真っ暗には皺が寄っている。
何だ、黒い布か。

いや待て、黒い布って何だ。
私が貸してもらったデンジさんのベッドはシーツも枕も掛け布団も真っ白だった筈だ。どっかのホテルみたいなやつだった筈だ。
黒い布って何だ。黒い布って。
更に良く見れば、黒い布は規律正しく動いている。
生き物か?黒い布状の生き物か?そんな生き物は果たしているだろうか?
いたとしたら、多分カゲボウズかジュペッタくらいだろう。そうだとしても私の手持ちにはいない。
徐々に覚めてきた頭で幾つか可能性を算出して、分析する。
それらを潰してこの黒い布の正体を見破ろうと私は決意した。
まずは今ある情報を纏めようと、何となく視線を上に向けたら、綺麗な金色が目に入る。

うん?金色?
頭を擡げて更に上を見れば、端正な顔をした金髪の男が気持ちよさげに眠っていた。
左右に首を振って周囲の状況も確認すると彼の片腕が私の肩をしっかり抱いている。
そうか。だから寝返りが打てなくて息苦しかったのか。

完全に状況を理解した上で、私は足下の方で丸まって寝ていたカラ君を呼び起こし“ほねこんぼう”を命じた。カラ君は状況を把握するや否や、肩を奮わし、デンジさんの頭に渾身の一撃を振り下ろす。

鈍い音が部屋に響いた。
何か潰れる様な声と共に力が弱まった片腕から這い出した私は、小さなナイトを抱き抱え、頭を摩る彼から光の速さで離れて壁際に背中を預ける。
ばたついた物音に何事かと目覚めたらしいサンドパンとガバイト、ヌオーも私の腕の中にいるカラ君の様子を見て、足元に集まり毛を逆立てた。

「っつー……いってぇー…。」

ばこばこ言ってる私の心臓と対照的に暢気に頭をさするデンジさんはのそりと起き上がって此方に視線を寄越す。

「御早よう、トモエさん。」
「お…っ!!……御早よう御座います。」

眠そうな顔で、暢気に挨拶を寄越した彼に少し警戒心が解けた。軽く会釈してそれを返す。欠伸を噛み殺したデンジさんは暫く辺りを見渡し、漸く威嚇状態の私のポケモン達に気が付き、ああ、と小さく声を発してこう続けた。

「御免。夜寒くなってつい。何もしてないから、大丈夫。」
「……はぁ…。」

寒くなったら人が寝てる布団に入っても良いのだろうか。修学旅行気分なのだろうかこの人は。
疑問や疑惑は幾らでもあったが、物凄く自然体な寝起き状態のデンジさんが嘘を言っている様には到底思えないし、こんなイケメンが私を相手にする訳がないのでそれ以上は追求しなかった。足元で尚も威嚇状態の我が子等を大丈夫だよ、と抱き締めて落ち着かせる。
すると、じっと此方に向けられた視線が気になり頭を上げる。
それは当然デンジさんのものな訳だが、私が顔を上げても、表情を変えずにじっと此方を見ていた。

「……あの、どうかしましたか…?」
「……」
「デンジさん?」
「ん?ああ、」

1度目の呼び掛けに気付いてもらえず、名前を呼ぶとハッとした様に彼は私と目を合わせる。

「どうかしましたか?」
「いや、あの、」

再び聞くと、デンジさんはバツが悪そうに目を逸らした。

「……そんな格好で寝てたんだ…」
「え?」

呟くような音量でそう言われてからハッと気が付く。
旅の荷物を少しでも減らす為、私は寝間着はパジャマやジャージではなく薄手の大きいパーカー1枚。勿論下着は着けているが、いくら大きいとは言え所詮はパーカー。着丈は膝上30p程度。つまり脚が丸出しである。
つい、ポケモンセンターで寝泊まりする時と同じ格好だったのだが、幾ら予想してなかったし何もなかったとは言えそんな格好で、一緒に眠っていたなんて恥ずかしくて死にそうだ。

同じ様に感じたのか、未だベッドで上半身だけ起こしたデンジさんは相変わらず目を逸らしたまま決まり悪そうに頭を掻いている。
年甲斐もなく顔は真っ赤にした私の視界は、なんかぼやけている。これは涙か。目が潤んでるのか。
そんな私の急激な変化と涙を漸く少し落ち着いた筈の我が子達は敏感に察知したらしく、肩を怒らせているではないか。

「あっ、ダメ…っ!!」
「なっ!?」

そして私の抑止も届かない程の速さで、主思いのあの子たちは一斉にデンジさんに襲いかかったのだった。


つづく>>

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