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独り蹲る白ボスに近付けば、弾かれた様に彼は私の胸に飛び込んできた。和太鼓の音に似た腹に響く様な心音が身体中を駆けて、頭が真っ白になる。

いやいや、落ち着かねば…!

白ボスに私の早鐘が聞こえていない事を願いながら、嗚咽を漏らすその肩に手を添えて、平静を装い何があったか問おうとした。しかし、それより先に彼が小さく何かを紡ぐ。

「ごめ…ごめん……なさい…。真っ暗になる、なんて…。」
「……え?」

それは謝罪だった。これではまるで事態を起こした責任が白ボスにあるみたいじゃないか。私の整備不良かもしれないのに、そんなに罪悪感を抱く必要など彼にはない筈だ。

「白ボス、今回のは私の、」
「違う!」
「っ!」

整備不良が原因です、と続けようとした言葉は、がばっと顔を上げた頼りない白ボスの表情の為に喉に詰まって出て来ない。
吊り上がりっぱなしの口元が何だか少し下がっている。

「違う!バニラ悪くない!違う!」
「御気遣いは有り難いんですが、」
「違う!これぼくのせい!ぼく トレイン停めた!」
「……は?」

思いも寄らぬ申し出に私は目を屡叩いた。トレインが停まったのは白ボスのせい?白ボスがトレインを停めた?一体どういう事だ。目の前に問題が置かれて一気に身体の熱が引き冷静さを取り戻した私とは逆に、はたと気が付いた風な白ボスはばつが悪そうな笑顔を浮かべている。

「どういう、事ですか?」
「お、怒らない?」
「……場合によっては。」
「う…うん、あの、ぼく 緊急時操縦桿でトレイン停めた。」
「あ?」
「えっと……このトレイン、最後に整備したのバニラ。ぼく知ってた。急に停まったら、最後に整備した人、来る。ノボリそうする。だから、停めた。そしたら電気系統落ちて、暗くなって、無線使えなくて……」
「………何スかそれ。」
「ご、ごめん……ね?」

白ボスの言い分に完全に白けた私の顔を覗きながら彼はぎこちない笑みを浮かべていた。
私は確かこの人が好きだと気付き、今朝から乙女モードMAXでもう色々大変だった筈。ああそうさ、私はこの人が好きなのは確かなんだから。
だがしかし、この湧き上がる言い様のない昂ぶりはさっきの胸が締め付けられるような甘い昂ぶりではないのだ。熱く燃えたぎって沸騰したマグマの様なこの昂ぶりは、ああ、間違いない、これは……怒り。此処は怒鳴りつけて良いところだと私は思うだが、如何だろうか、脳内会議場の皆さん。

いや待て。待て私。

確かにこれは怒りだが、此処で怒鳴っては駄目だ。相手は白ボスだ。駄目な大人だ。冷静になれ私。只悪戯で停めたのか否かを問い質してから怒鳴っても遅くないのだから。

無言の儘、脳内会議を繰り広げ議決した私が目の前の白ボスに目線を遣ると、彼は何となく怯えた顔をしていた。無言の私はそんなに怖い顔をしていたのだろうか。傷付くなぁ…。

「………白ボス、正直に答えてください。」
「う、うん?」
「何で緊急時操縦桿なんか握ったんですか?」
「あ……うん、バニラと話したかった。」
「…………………あ?」
「ひっ?!」

返答に思わず顔が歪む。恐らく相当凶悪な面構えなのだろう。目の前の白ボスの肩が跳ねている。流石に傷付くぞ。
だがしかし、もうこれは怒鳴って良いだろう。うん。さて、何て怒鳴ろうか。
顔を歪めたまま考えつつ、眼前の白ボスを眺めていれば、遂には何時も吊り上がりっぱなしの口元まで黒ボスのそれの様に下がってきてしまっている。おお、それじゃあまるで白い黒ボスじゃないか…何だこの違和感。
おっと、今は白ボスをどう叱るかを考えなければ。やっぱり此処はスタンダードに「何考えてるんだアンタ!」かな。
なんて、結論を出した私は説教を始めるべく息を吸ったが、決意した様にきゅっと唇を結んだ白ボスに涙目で睨み付けられる。

「だって、バニラ、今日ずっとぼく避けてる!」
「は?」

珍しいその表情に気圧されている間に彼が先に言葉を紡いだ。
訴える様な語勢と内容に豆鉄砲を食らったマメパト状態で目を瞬いていれば白ボスは尚も抗議を続ける。

「今朝からバニラ、ぼくの目、見ない!顔、合わせない!避けてる!どうして?!」

ギクリ、と身体が強ばるのが解った。図星を突かれて返す言葉が見当たらない。説教してやろうと思ってたのに返答できない尋問をされるとは、形勢逆転とは正にこれか。今の今まで出掛けていた乙女モードが説教モードを抑えつけて何事もなかったかの様にしゃあしゃあと顔を出す。

「あ…いや、それは……」
「ぼく 何かした?嫌な事した?」
「え…………っと………」

故に心臓は壊れた絡繰り時計の様に忙しなく、言葉は詰まって声にならず、かと言って合わせた顔をいきなり背ける事も不自然で、ハの字に眉を下げた白ボスと搗ち合った視線から逃げられなかった。

しかし、これはチャンスじゃなかろうか。この流れで今私が持て余しているこの気持ちを伝えてしまえばいいんじゃないか?
私はこの気持ちを、通常業務に支障が出る程持て余しているのだ。伝えてしまえばスッキリするのは目に見えて解る。この機を逃して仕舞い込んだら日常生活まで儘ならなくなるかもしれない危険な感情だ。乙女チックに温めておくなんて御免蒙る。

よし、告ろう。

返事はどうあれ仕事と私事の区別は出来ているつもりだからどっちに転んでも大丈夫だろう……ダメージは受けるだろうけど背に腹は代えられない。万が一にも白ボスがぎこちなくなったらそれはそれで今回の停車騒動の仕返しにすればいい。丁度良い。

そうと決まればもう怖い物などない私。
普通に伝えるのは癪に障るので精一杯意地悪してやろうと決意して、私を放してくれない白ボスを引き擦りながら機関部を開き、緊急停車の解除作業に取り掛かりながら徐に口を開いた。

「しましたね。」
「え?」

微妙な間のせいか、疑問符を浮かべた白ボス。
色んな意味でにやけそうな口元を戒めて、私は淡々と続ける。

「白ボスは私に酷い事をしました。」
「ひ、ひどい、事?」
「ええ。御陰で私は昨日から全然何も考えられないし、今日の仕事も全く手に着かないんですから。」
「な、何?」
「さて何でしょう?」
「え!?クイズ?!う、うーん………えっと…」
「ぶー、時間切れです。」
「早い!」

解除作業が丁度終わったので、私は振り向き、戸惑う白ボスのネクタイを容赦なく引っ張ってやった。突然そんな事をされたのだから、驚いて目を屡叩く彼に出来るだけ冷たい目線を送って告げる。

「白ボスのせいですよ。」
「ぼ、ぼく…?」
「貴方があんまりにも煩わしくて我が儘でだらしなくて手が掛かるからですよ。」
「ひ、ひどい、バニラ…」
「白ボスがそんなんだから、放っとけなくなったじゃないですか。」
「ご、ごめ………え?」

淡々とした言葉の暴力に俯いていた白ボスがぱっと顔を上げた。
そんな頼りない顔しちゃって、情けないなぁ白ボス。まぁ、そんな所も気に入ってるんだけどさ。ああもう私、末期だわ。

朝からまともに見てやれなかったその顔を、色素の薄いフロスティグレイの瞳をしっかり見据えて、今更になって緊張始めた煩い心臓を抑え込んだ私は言葉を紡ぐ。

「どうしてくれるんですか。白ボスが気になって何にも手に付かないんですが。」
「え…バニラ…?」
「好きです、クダリさん。責任とってください。」
「わあ…!!」

白ボスの表情が何時もの笑顔に戻ったのと車内の電気が復活したのはほぼ同時だった。
言うだけ言ってスッキリしたし、あんまり長い事顔を鉢合わせていたら冷静を装っているのがばれそうなので、私はさっさと彼のネクタイを放し、進路設定と黒ボスへの作業報告の為、操縦席に着く。
表情が戻っただけでリアクションのない白ボスに安心した様な寂しい様な気持ちを抱きながら無線を繋いだ。完全に気を抜いていたと言えよう。

『此方、管制室、ノボリに御座います。』
「あ、バニラです。列車機能回復しました。今から車庫に向かわあぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!?」

車庫に向かいます、と言う筈だった言葉が、脇からぶつかってきた物体に遮られて悲鳴に変わる。物体とは当然白ボスなのだが、私は操縦席から落とされて、彼に押し倒された状態になった。
持ち手を失った無線は、びよんびよんと上下している。

『バニラ?!バニラどうしました?!!』
「ぼくもバニラ好き!!大好き!愛してる!」
「え、本と……ってうわ!?ちょ、白ボ…ぎゃあっ!?やっ、やめ……!!!」
『!!!?く、クダリですか?!神聖な操縦席で何をしているのですか!!』
「ノボリ、後で御説教聞くから黙ってて!ぼく等これからひとつになる!」
「はぁ!!?」
『お止めなさいクダリ!そう言う事は時と場所を考えてくださいまし!』
「そういう問題!?うわ、ちょ、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

抵抗を続けて何とか大事な物を死守した物の、ステーションに戻るや否や2人揃って黒ボスにこってりじっくり説教されたのは言うまでもない。





白ボスとせきむ


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