chap.8

「全く、どうしてこうなってしまうのやら…」

「兄者の変歴のせいじゃないですか。」

「いいえ。これは紅羽の日頃の行いのせいです!」

「何を根拠に?!!」

屯所の前の門に凭れ掛かりながら、兄者に言った。


chap.8
手続きは御済みですか?


「だって紅羽は私の言う事聞かないじゃないですか。」

「それ根拠じゃねーよ!何でそんなに理不尽なの!?」

「性格ですからっ。」

「……そっスね…。」

首を傾げた兄者に盛大な溜め息が漏れる。

何故兄者と一緒にこんな所にいるかと言うと、数分前に遡る。

あたし達兄妹が攘夷派ではないと理解してくれた土方さんだったが、まだちょっと疑っているらしく、中々取調室から出してくれなかった。

「副長!桂一派の一端と思われる集団が屯所に向かって来ています!」

渋る土方さんの元に山崎さんが駆け込んできたのはそのすぐ後。逮捕された桂を救出しつつ真選組を潰すつもりなのか。頭の暖かい連中が居たもんだ。
それに一番驚いていたのは桂であったのは言うまでもない。

苦い表情を浮かべた土方さんだったが、徐に顔を上げあたし達にこう言った。

「お前等2人で奴らを迎撃出来たら解放してやる。」

要は完全に疑われたままだったという事だ。
あたしは大反対だったが、兄者答えは、

「確保ですか?斬り捨てですか?」

だった。

そんな訳で今に至る。
内部の間者に敏感なのは組織上仕方ないと思うけど、勢力も人数も分からない集団に2人で迎撃しろとか有り得なくね?!
多分、土方さんは兄者の言った800人を屠った宣言の真偽を問う意味も込めてるんだろうがあたし関係ないじゃん!

もう、何でまた命を掛けたテストしなきゃいけないんだ!
暴れられるだけなら良いけど、試験が付くのは嫌なんだよ!

「はぁ…」

「溜め息吐くと幸せが逃げますよ?」

「もう殆ど手元にねぇよ。」

迎撃戦を今正に迎えようとしているにも関わらず相変わらず呑気な兄者に溜め息が止まらない。
実際兄者が戦ってる所なんて見た事ないからあんまり安心出来ないし…。

「紅羽、」

「ふぁい?」

「……そろそろですよ。」

「え?」

唐突に真剣な声色がして顔を上げると、目線だけ道に向けた兄者だった。
何の事か分からず能天気な返事をしたが、恐らく例の集団が近づいてきてるのだろう。

集まった足音が近い。

「零れ弾を出すつもりはありませんが、貴女は門前で敵の侵入を防いで下さい。」

「……あ、はい。」

身体を門と平行にし、一歩前へ出た兄者の意図は分からなかったがあたしは頷いた。
長い上着を脱ぎ捨てた兄者の表情は見えなかったが、背中から放たれる何かに悪寒を感じた。


天誅で御座る!!

案の定、間も無くあたし達の前に姿を現した攘夷派集団。

ざっとみても7、80人前後か。
率いるリーダー格が叫び、刀を抜くと、奴らは次々と刀身を陽の下に曝した。

「幕府の犬共め!桂さんを返せッ!!!」

「兄者!来ますよッ!!」

わぁぁッ!!と此方に突撃して来る集団に得物構え、兄者に目を遣る。……が、


いねぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!?

そこに居た筈の背中は忽然と姿を消しているではないか。

野郎!この期に及んで逃げやがったかッ!!?てか、いきなり居なくなるとか計算外なんだけど!!!いくらあたしでも殺気立った80人相手はかなり厳しいんだけど!!!

思いつつも、それ所ではなく、迫る刃を受け止める。その時だった。


ドォォォォンッ!!!


「!?」

敵集団の中心から爆破音に似た音が響く。あたしのみならず、門に迫った浪士達も音源に目を向けた。

土埃の中から露になったのは頭を踏み付けられ、動かない浪士とその足の持ち主である男。

「私が相手になりましょう。」

兄者だった。

「て、敵中に飛び込んで来るとは愚の骨頂!!怯むな!掛かれぇぇぇっ!!」

薄く笑う兄者に一瞬怯んだ連中だが、1人の声にその姿は瞬く間に囲まれ見えなくなっていく。

「…っ!はあ!!!」

「ぐあぁぁっ!!」

先程受け止めた刃を薙ぎ払い、敵の腹部を刔り、蹴倒してそちらに向かおうとするも、別の浪士に道を塞がれた。

「何だ。女じゃねぇか。」

「女嘗めんなッ!」

振り下ろされた刀を受けてあたしは叫ぶ。
振り払い、攻撃を仕掛けるが、今度はこっちが防がれてしまった。

「くッ!」

「二度同じ手が利くと思…ッ!!?」

相手は口角を上げ、意地汚い笑みを浮かべたが、言葉の途中で目をひん剥いた。途端、右側に倒れこむ。

「口を慎みなさい。誰の妹に口を利いてると思っているのですか。」

「貴様…っ!何時の間に……ッ!!」

逆手に構えた得物を深紅に染めた兄者が冷たい目で倒れた相手を見下ろしていた。

「兄者ッ!!」

「貴女は門の侵入者にだけ気を配りなさい!」

全く以って、何時の間にそこにいたのか。その意を込めて呼ぶが、兄者は真剣な顔付きであたしに答える。
倒れた敵の頭を踏み台にし、そのまま敵中へ踵を返した兄者の動きと言えば、凄まじかった。

敵の頭やら肩やらを足場に得物と体術を駆使した的確な攻撃を繰り広げる。地面に足を付けずにまるで飛んでいるかの様だ。

其処彼処で断末魔の叫びと悲鳴が聞こえる。

あたしのいる門に辿り付く間も無くその場に倒れる浪士達。

成る程、零れ弾を出さないって全部自分が始末するって事か。
楽で良いがそれはそれで困る。
要するにアレだ。

あたしの出番が無い。

「蜂鳥だッ!!死の蜂鳥だッ!!」

「駄目だ!部が悪すぎる!」

「て、撤退ィィィっ!!撤退だァァァァッ!!」

そんなあたしの心中など理解される筈も無く、1人の声に続き浪士達はぞろぞろと後退していく。

「逃がしませんよ。」

その様子に兄者は呟き懐に手を伸ばた。そして得物と取り替えて出したのは折り畳み傘だった。


………。

何でだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!

何で傘ッ!?
何で折り畳みッ!!?
チェンジした意味が分からないんだけど!
あの人アレで戦うの!?
勝てる訳無いじゃん!
馬鹿なの!?

しかし兄者は敵を足場にし、軽やかに集団の前に踊り出て折り畳み傘を伸ばした。

……それがまた伸びる伸びる。
1m近く伸びた巨大傘を兄者はマシンガンの様に構えて唇を歪める。

「行きます…!」

そしてどういう仕組みか傘の先端部分から銃弾を連射した。
弧を描く様に発砲された弾はその尽くが浪士の身体を貫きその場に膝を尽かせる。

そんな兄者の姿はとても格好良いとは言えなかった。

ただ滑稽だった。

*****

土方は事の始終を見届けていた。

攘夷志士が現れるなり地を蹴り、堅固な門より高く飛び上がった黒刃が地面に着地した事から始まった迎撃戦。
少ないとは言え、相手は皆、腕に覚えがある攘夷志士。それを彼は子供でも相手にするかの様に倒していった。
常人ならざる動きや目を疑う様な戦術の数々。

驚きまた、恐怖さえ覚えた。

一方で、紅羽が相手にしたのは2人、いや、正確には1人。
彼女とて弱い訳ではないのは何時か沖田と渡った時や敵船上で暴れた事を思い出せば分かるが、今回は殆ど戦っていなかった。否、戦えなかったというべきか。

彼女に向かう刃は全てその途中で事切れていた。黒刃の手によって。
そう、まるで彼が紅羽を守っているかの様に。土方の目には映った。
それでいても此度の紅羽の動きには引っ掛かるものがある。

「……」

一掃されて赤が広がる中に佇む兄妹を眺めて眉間に皺を寄せた。

*****

銃声が止むと、辺りに居た攘夷志士は1人残らず地面に伏せていて、殆どが動く気配を持っていない。

「怪我は無いですか?紅羽。」

その向こうから、返り血に染まった兄者があたしの元へ歩み寄り尋ねた。

「うん。怪我する所か殆ど戦えなかった。」

「そうですか。それは良かった。」

答えると兄者は安堵した様に微笑む。
いやいや、あたしとしては余り良かったとは言えないんだけど。
仮にも武装警察な訳だから攘夷志士相手に殆ど戦えなかったはまずいと思うんだ。

「おォ〜い〜。黒刃〜。」

複雑な気持ちでいれば遠くから兄者を呼ぶ声が耳に入る。

「おや。」

「松平公?」

専用車らしき黒い車体の後部座席から身を乗り出した松平公がこっちに手を振っている。
そっか。兄者が頼んで呼んでもらったんだっけ。

門の近くで車が停まると中から出て来た松平公はその光景に眉毛を上げた。

「おいおい何だこりゃ?何があったんだ?」

「松平様がさっさと来ないせいですよ。」

「おォ。黒刃。帰ってきたら真選組に連れてかれたって聞いておじさん心配したんだぞォ〜。」

兄者が答えると、聞いてきた癖に返答には全く反応しない松平公。
兄者の姿を見てうんうんと頷いた。

「鷹居…。あ?何だとっつぁんじゃねぇか。」

「土方さん、」

ふと後ろから声を掛けられ振り返ると土方さんが立っている。

「何であんたこんなとこにいんだ?」

「テメェ等が呼んだんだろォが。」

不思議そうな土方さんに松平公は気怠げに答えた。
その返答に土方さんは、ああ、と短く声を漏らす。
どうやら忘れていたようだ。
ま、あたしも忘れてたけど。

「ったく、何なんだよ〜。おじさんだって忙しいんだぞ。呼んだこと位覚えときなさいよ。」

「松平様、」

土方さんの反応に、ぶつぶつ文句を垂れる大人気ない松平公。
それに声を掛けたのは兄者だった。

「何故真選組に私の経歴を御伝えしなかったのですか?」

「とっつぁん、黒刃が攘夷志士に寝返らねぇって保証はあんのか?」

不機嫌な兄者の問いに土方さんが続く。

それに何度か瞬きをした松平公は、ぼりぼり首を掻いた。

「……え?アレ?お前等に言ってなかったっけ?」

「聞いてねぇな。」

「松平様……」

「待て待て黒刃。取り敢えず何があったの?」

殺気立つ兄者にのうのうとしている松平公。
このままではまた面倒な事になりそうだと思ったのか、土方さんは深い溜め息を吐いて事の次第を説明した。

「成る程ねぇ。その800人相手したってのは本当だ。俺も立ち会ったし。」

「それで、上は?」

「こんな奴を野に放っといて攘夷志士にでもなられちゃ堪んねぇって事で採用したって訳よ。」

「へぇー。」

確かにさっきの戦闘を見せられればその事には頷ける。
松平公は土方さんの説明を聞いてんのか聞いてねぇのか判別し難い態度で受け止め、ありゃあ凄かったなァ〜とポケットに手を突っ込んだ。

しかしそれを聞いても土方さんは渋い顔を崩さない。


「だかよ、とっつぁん。元から攘夷派でスパイとして来てたらどうすんだ。」

「おいおいトシぃ。テメェは人を疑い過ぎだ。仮にそうだったとしてもよ、黒刃みてェな化け物が幕府に潜入するまで表に出ないでいれる訳ねェでしょうがァ。即戦力であっという間に御尋ね者になってるってェの。」

「まぁな…」

「それにコイツはよォ、絶対裏切れない条件付けられてっから寝返るなんざ考えられねぇよ。」

「条件って何スか、兄者。」

「秘密です。」

漸く納得したらしい土方さんに、松平公が続けた条件という発言が気になり兄者に聞くが、ふふっと笑ってはぐらかされた。

まぁ、どうせ金銭が絡んでるのは間違いないから深くは掘り下げないでおくか。

「そういう訳だからして、あんまり紅羽ちゃん虐めんなよ。」

「虐めちゃいねぇよ。」

「疑ってましたけどね。」

「あ゙ぁ?」

「何でもありませーん。」

相変わらず気怠い感じの松平公に返した土方さんの揚げ足を取ったら酷い目付きで睨まれた。

「所で松平公、」

話が纏まった所で兄者が口を開く。

「私の経歴が真選組まで伝わってなかったのは何故ですか?」

「あ……あ〜、それはぁ……」

松平公は歯切れの悪い返答には加え、サングラスの向こうの目が彼方此度に動かした。

「まさか……忘れておいでで?」

「……まあ、そういう事になるかも…。」

黒いオーラを纏った兄者に公はばつが悪そうに言う。
ぶちっ、と何かが切れる様な音が聞こえた様な気がしたかと思うと、兄者は俯き加減だった顔をふわりと上げて微笑んだ。

「松平様、財産を私に遺す手続きは御済みですか?

「済んでない!済んでないから落ち着け黒刃!」

迎撃戦で喰らった返り血塗れの微笑みを顔に貼付けたまま兄者は抜刀し松平公を追い掛けだす。

「えぇいクソジジイッ!!アンタのせいで此方人等時間外労働になったんですよ!!?臨時給与はあるんでしょうねっ!?」

「落ち着けぇぇぇっ!!!落ち着け黒刃ーーーっ!!!!」

それでも必死に兄者を宥める松平公が少し不憫に思えた。


To be continued……

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