「そうだ、送っていきますよ」
「いえ、結構です、お気遣いなく」
にこやかに提案されたその言葉に間髪入れず返す。
これ以上、誤魔化しきれる自信と気力がない。
「いえ、女性を一人で返すなんてできませんよ、それにまたあんな目に会われては大変でしょうし」
「会ったばかりの方にそこまでして頂くのは少し心苦しいので本当に大丈夫です!」
「おや? 僕はもう勝手に貴方のことを知り合い……以上だと思っているのですが」
眉を下げ、完璧な悲しそうな顔を見せる彼に、心ではあれは演技なのだと分かっていても罪悪感がわいてくる。
「……見知らぬ人、ではないと思います」
結局、私はそういう表情にどうしても弱い。
「! それでは……」
「だからと言って送っていただくのは本当に申し訳ないので! 大丈夫です!」
「うーん、では、一緒に帰りましょう、送るのはやめておきます」
「それなら……はい」
一緒に帰るだけならどこかですぐ別れるだろう。
「少しお待ち頂けますか? 着替えてくるので」
「あ、はい」
エプロンを手に取りながらそう言う安室さんは本当にあざとい。
安室さんが店の奥へと消えていくのを見送れば、無意識のうちにため息が零れる。
今日の出来事が一気に波となって押し寄せる。
もしかしたら、とんでもない超人と思われているかもしれない。
何より、私は今とても、不安だ。
「お待たせしました」
「いえ、大丈夫ですよ……あ、家までの道、今日引っ越してきたばかりでよく分からないのでマップ見ながら行ってもいいですか?」
スマホで某マップを開く。
「今日来たばかりなんですか……もちろんいいですよ」
また、にこやかな顔。私が何も知らなければ、すごく優しい人だと簡単に惚れていたかもしれない。
いっそ、何もかも話してしまう方が楽なのかもしれない。
「安室さんは、普段は探偵をしているんですよね」
「はい、まだまだひよっこですが」
「安室さんはこの世で証明出来ないようなことがあったらどうします?」
「……そうですね、調べます、何がなんでも証明してみせますね、僕なら」
そう言った彼の表情は紛れもなく探偵で、安室透ではなかった。
「私も、証明できたらいいなと思います」
私の、ここでの存在意義を。
「……というか安室さん、やっぱりなんだかんだ言って私のこと送ってくれてます?」
「いいえ?」
「もうそろそろ、着いちゃうんですけど」
「奇遇ですね、僕ももうそろそろ着くんです、案外近かったりして」
目的のマンションに着く。やっぱり安室さんは隣にいる。
「あの、ここです、その、ありがとうございました」
「いえ、送っているつもりではないんです、僕の家もここで」
「え」
どこか嫌な予感がする。
エレベーターのボタンを押すが、安室さんが他の階のボタンを押す気配はない。
もしかして。
「……お隣さん、だったんですね」
「そうみたいですね」
「また何か持ってご挨拶に伺います」
「そんな、大丈夫ですよ……そうだ、日和さんさえ良ければまたポアロにハムサンドを食べに来ていただければ嬉しいですね」
「また、食べに行きます……!」
なんとも言えない気持ちを抱えながら、私は玄関のドアを開け、まだ少し残っていたダンボールを片付け始めた。