今までもそうだった


事の起こりは半年前、病院で目を覚ましたところから始まる。医者が言うには倒れていたところを救急車で運ばれ、二週間程度昏睡状態だったらしい。ベッドの頭上にあるプレートにある名前にすらぴんとこない状態であったが、どうやらその名前は荷物である鞄の中にあった免許証と保険証から確認したとのことだった。
どうしてこうなったのか、自分は誰なのか、今まで何をしていたのか、気になることを上げ始めたらきりがない。どうやら身寄りも既に無く、天涯孤独の身のようだったらしく交友関係も定かではない。それをはっきりと示せるであろう現代機器の携帯端末は何故か見つからず、結局自身のことは名前と住所しかはっきりしなかった。
家族の有る無しも友人の有る無しも分からぬまま退院し自宅らしき場所へと帰った時のことはよく覚えている。免許証に書かれた住所を頼りに地図を見ながらこっちでもないあっちでもないと迷子になりかけながら、かろうじて人に尋ねることなくその場所へと辿りついたのだ。取り出す際に覚えの無いマスコットと鈴のついたキーホルダーが音を立てる鍵は部屋のそれと見事に一致し、解錠することができた。扉を開けるとそこには自分の生活していたはずの場所なのに違和感しか覚えぬ部屋があった。



自宅へと戻ってからは自分の知らない情報を日記から得ることが出来た。
三日間しか書かれていない日記には新生活に対する不安と、もう既にいない家族についてのこと、そして三日以上日記が続いた試しが無いという大変しょうもない言葉が綴られていた。
家族がいない、というのには何故か納得がいった。そんな予感はなんとなくしていたし入院中誰も見舞いにこないところを考えるといたとしてもおそらくは良好な関係ではないのだろうと察せた。だが納得できたのはその点だけだ。三日間だけしか書かれていない日記を自分は書いた覚えが無い。いや記憶喪失だから当たり前なのだろうが、こんな日記帳を所持していたかと首をかしげる始末だ。

壁にかかったコルクボードには買い物メモとレシートがところ狭しと貼られていた。おそらくは節約をしていたことが伺える。家計簿の類は携帯端末で代用していたのか見つからない。レシートの内容は独り暮らしの定番のカレーを纏めて作ったのだろう、三日分程度の材料やらトイレットペーパーや電球などの生活用品で、余計な買い物の類は一つも見当たらない。
レシートをなぞりながら、ある考えに思い至ると次はキッチンへと足早に向かった。旧式のコンロの上にあった鍋の蓋をすぐさま取って中を改めると、焦げ一つないからっぽだ。
一安心して今度は冷蔵庫の中身を確認する。なまものは一つも見当たらず、あったのは冷凍食品と冷凍された白米、そして緑茶の入ったペットボトルのみだった。野菜室は寒々しく、キャベツの葉一枚残ってはいない。
漠然とした違和感が消えない。もしかしたら、という可能性が脳裏をよぎる。だけどそのもしかしたら、を確定させるような決定的な証拠や根拠を自分は持ち合わせていなかった。
なにせ自分は記憶を失っている。だからそういうものだろう、いつか記憶が戻ればこの違和感も消えるのだろう、と。そう自分に言い聞かせる。

戻るのだろうか?消えるのだろうか?ガスの元栓の場所一つも分からないのに?

そう極めてまともな自分が脳内で囁いた気がしたが、きっとどうにかなるだろうという極めて適当な自分の声がそれを打ち消した。

今まで何とかなってきたんだ。きっと大丈夫だ。



今まで?



それでも自分が大物だと思うのは、そう疑問に感じてもこの場所で生活を出来ることだ。

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