思い出せたもの
クリスマス当日、店は混雑していた。原因はカップルではない。
「おい、腹減った。なんか作ってくれ」
机に肘をついて気だるそうに柄の悪い男性、もとい雷蔵が言う。
「雷蔵、そのオーダーはもう受けないってさっき言ったばかりなんだけど」
「そうですよ雷蔵。せめてメニューくらい開いてみたらどうです?美味しそうですよ」
別の席で満足そうにオムライスを食べている小柄な少年、もとい刹那が雷蔵を窘めた。だが何を言われようとも雷蔵はどこ吹く風だ。
「メンドクセェ。それにオレの好みなんざ主は知ってんだろ。なぁ?」
「ウッ……いや、あの」
あれから数日経って改めて皆の名前を聞いて、いくつかのことを思い出した。だがそれは失った膨大な記憶のうちの極僅かでしかない。皆の好みも、感覚でなんとなく『これは好きだった気がするかな?』くらいまでは分かっても完璧に、というのは無理だ。
「子どもじゃないですから、注文くらい自分で出来るでしょう。あ、主。ここからここまでのケーキ、一皿ずつお願いします」
冷静な少年もとい圭は店のデザートを片っ端から頼んでは完食している。一体どこにその量のケーキとパフェが入るというのか。
「しっかしよくそんなに食べられるよね。そのうち胸やけしそう」
「ドリンクだけ頼むより店に貢献できればと思ったまでです」
「……ま、そうだねー」
気だるげな少年もとい誉は突っ込むことを諦めたらしい。適当に返事をして手元のゲーム機に集中することにしたようだ。
「主大丈夫か?手伝った方がいいなら手伝うぜ」
「ん、じゃあお皿洗ってくれると助かるかな。ありがとう、愁」
「気にすんな。そもそも俺は喫茶店でだらだら座ってだべってるのなんて柄じゃあねえしな」
予備のエプロンを渡すと愁は手際よくそれをつけて厨房へと歩き出した。まるで本当に店員みたいだ。
「というか笑えるよね。一番最初に思いだして貰えたのが奢る約束だったなんて」
「堕天使よりはマシだろう年中厨二病が」
「いいだろう、堕天使。僕を象徴するに相応しい」
「貴様と話すと疲れる」
ぎゃいぎゃいと言いあいを始めた黒鐘さん、もとい惣七と赤い目の人、もとい航大は二つは間に席があるにも関わらず一触即発の雰囲気だ。店を破壊するのは本当に止めて欲しい。桜狼亭でも困るがこの店は桜狼亭ではなくカガリさんではない店長がいるのだ。壊したら弁償確定だ。
「オレよりマシだと思うんだけど。何?加茂さんって。すごい距離を感じたんだけど……」
「譲彦、ごめんって」
「酷いよご主人様」
拗ね切ったオレンジの彼、もとい加茂さん、もとい譲彦は改めて紹介の際、非常に荒れた。何がどう荒れたかは省略するが加茂さんという呼ばれ方が心底不服だったらしい。「むしろ呼ばれた時本気で泣こうと思った」とは本人の弁だ。
「というかクリスマスなのにどうしてみんなここにいるんだ……」
「ご主人様に一緒にクリスマスパーティーしようって言ったら店を理由に断るから……」
「いやだって元々開ける予定だったし」
「開けなくても売り上げは保証するって言ったのに。いくら?オレの手持ちで足りる?」
「うちはそういう店じゃないから……」
「弁護士と売れてるファッションデザイナーもいるよ?」
「そういう店じゃないから」
皆で騒ぎながらクリスマスの時間は過ぎて行く。
それは無くても生きることは出来る、用意されたひとりきりの部屋では得ることのできない、貴重で、穏やかで、そしてとても楽しい、私の探していたものだった。