しんたろうのたんじょうび
バッシュが体育館の床にこすれる音。そして、重量が感じられるバスケットボールが床から跳ね返る音。
秀徳高校の男子バスケットボール部は、日曜の本日も練習に勤しんでいた。
しかし、その練習風景はなんだかいつもと違う。
「FOOOOOOO!!!!!良いぞ緑間ー!」
「そこだ緑間!ッナイス!さっすがだなぁおい!」
「ナイッシュー真ちゃん!!いつもより輝いてるう!」
「おおーっ!先輩すげー!いつもすげーけど一段とすげーっス!!」
普段も、もちろん男子高校生なのでというか、人をからかうような野次は飛ぶけれど、それはずっとというわけではなくて真剣に練習をしつつも、という感じなのだが、今日はいつもよりも賑やかである。
野次が定期的に飛んでいるのだ。しかも、その標的はすべて、秀徳高校のエースであるキセキの世代、緑間真太郎に向けてのみ。
それも、二、三年の先輩に同学年の仲間たちや、後輩である一年生からも飛んでくる始末。
その野次を飛ばされている本人である緑間は、大分頭にきていた。もともと寄っている眉間の皺が、より深くなり、そして溢れ出す苛立たしげなオーラは、周りから見てもイライラしていることは一目瞭然である。それでも、練習時間が終わりに近づく今も、野次は止まらない。
理由は、唯一つ。それは緑間にも分かっていた。
「やっぱ誕生日だと気合入るんじゃねー?」
そう、今日は一般的に七夕だが、もうひとつ、緑間の誕生日でもあるのだった。
最初は、もちろん祝ってもらえているのだから、と緑間も周りからの祝いの言葉を噛み締めながら受け止め、そしてきちんと感謝の気持ちを言葉に出していたのだが、どうしてこうなったのだか、部員から部員へと伝わって、こうしてからかう形でやんややんやと騒ぎたてられてしまっていた。その中には、緑間が紛れもない才能者であり、先輩たちを差し置いてエースと呼ばれていることに対して、やっかみ、つまり妬みや羨みから野次を飛ばす者もいたが、時間が経つにつれ、段々と騒ぐことが楽しくてからうようになっていく人が多くみられた。
そのようなこともあって、緑間は徐々に徐々に呆れ、しまいには呆れから苛つきへと抱く思いを変えていってしまった。
周りから相棒と、二人でセットのように扱われている高尾でさえも、そのからかいに率先して混じっていたので、そのたびに相手に当たりはするものの、祝ってもらっている手前、本気で怒る気にはなれず、口から出るのはため息ばかりだ。
その騒ぎは、監督に注意されてもなお続き、結局練習の最後に部員と別れる時まで続いた。
「いやー、今日の真ちゃんはいつもより更に!輝いてたなぁっ」
帰り道、自転車の後ろに括りつけられたリヤカーに緑間を乗せて、それを前の自転車で必死に漕いで進む高尾は、息を荒くしながらも未だ緑間をからかい続けていた。
それに対して緑間は、もう返事もしたくないらしく、また眉間にしわが寄るだけだった。視線は雨が降った時用に端に置いてあるレジャーシートに向く。それでもまだからかい続ける高尾に耐えきれない一日分の鬱憤を声に詰め込み叫んだ。
「いい加減にするのだよ!!」
鬱憤をぶつけられた高尾は、声から感じ取れる怒りを気にもせずに、ただ、思わず不意打ちだというように唇を震わせ息が吐き出る。続くのは先ほどよりも高い笑い声だ。
「やーっと喋った!いつまで耐えられっかなーって思ってたんだけど、ふ、結構、真ちゃんにしては耐えてたね…っ」
聞こえる声は笑いが治まらないのか、震え気味である。
それすらも腹立たしいと、緑間は息を荒くした。
しばらくして、笑いが治まったらしい高尾は、さっきとは違い静かに自転車を漕いでいく。
その内に、緑間の家はゆっくりと、でも止まりはせずに通り過ぎていった。
緑間は高尾に文句も言わず、そして焦らずに、目を伏せた。目的地は、分かっていた。
「っはあ、着いた、ぜ…」
長い道のり、段々と喧騒もなくなり、高尾が必死に漕いで到着した場所は、都会のような灯りがほとんどない、周りに木もあまりない小さな丘だった。
「今年は雨でも曇りでもないから、結構綺麗に見えると思うんだよなー」
緑間がリヤカーから下りたことを確認した高尾は、自分も自転車から降りて緑間の立つ場所より離れた場所まで運んでいく。緑間は高尾の言葉に何も言わず、降りる時に手に持ったレジャーシートを広げていた。
作業が終わると、高尾が戻ってくるのも待たずに一人、そのレジャーシートの端に座り込む。
そうして、月明かりすらあまりないすっかり暗くなった夜空を、何も考えずに見ていた。
「おー、シートさんきゅーな」
「いや、」
高尾が戻ってきて、緑間の横に座っても、緑間の視線は動かない。
昼よりも涼しくなった空気を吸い込み、そして吐きだす。たまに鳴き始める、虫の音。
それ以外は、ほとんど聞こえない。
静かで、綺麗な空間のように思えた。
体勢を変えようと、身動ぎをした緑間の手が、高尾の手に触れた。
緑間は息を詰めたけれど、そっと深呼吸をしてもう体勢は変えなかった。
緑間が触れている高尾の手が離れていく。
少し残念に思いながらも、緑間は視線を動かさない。
そうしていると、またあの温もりが手に触れた。
優しくぎゅっと握ったあとに、何か紙のようなものを持たされる。
「なんなのだよ、これは」
「家に帰った時にでも見てみてよ。あ、今はダメだからな。」
じっ、と見つめる瞳の中で約束だよ、と語っている気がして、素直に手に持ったものを胸ポケットに入れる。
それから二人は仰向けに寝転がって、めずらしくこの日に綺麗に見える星空を見ていた。
「…そろそろ、帰ろっか。」
「…ああ。」
二人一緒に起き上がり、緑間はレジャーシートを畳み、高尾は自転車をとりに歩いて行った。
星空観賞の名残なのか、無言の帰り道に、ゆったりと進む自転車とリヤカー。
そんな時、高尾が後ろにいる緑間に話しかけた。
「七夕ってさー、一年に一度だけ織姫と彦星が会える日だったよな」
「ああ、詳しくは俺も知らないが、一年に一度しか会えないらしいな。ベガとアルタイル、だったか?」
唐突であるような気もしたが、そういえば今日は七夕だった、と思い出して自分の中にあるわずかな知識で、緑間は応え、そして問うた。
「そこまではわかんねぇけど!…でも、そっか、一年に一度、なぁ。」
答えに関しては期待していなかったから予想通りといえば予想通りだった。しかしその後に、高尾が感傷深げに呟くものだから、何かあったのだろうか、と思いはしたものの緑間は何も言わなかった。きっと、高尾にも考えるところがあるのだと。
緑間の家に着くまでの間、その高尾の呟きを後に何故だか二人は会話をせず、自転車で緑間の乗ったリヤカーを漕ぐ音だけが暗い道に響いた。
静かで、だけど安心感のある二人の沈黙は、とうとう緑間の家に着くまで破れることはなかった。
「そんじゃ、ちっと遅くなっちゃったけど…じゃあな。」
「ああ、また明日。」
そう言って二人は別れ、高尾はまたその自転車を漕いで自宅へと帰って行く。
「星、綺麗だったな。」
緑間は、玄関の手前にある門を開きながら、高尾の方に気持ちを向けて呟いた。
自宅へ帰ってきた緑間は、とりあえず制服を着替えようと自室に向かう。部屋に入ると荷物を置いてから、今日の練習の反省点をまとめながらシャツのボタンに手をかけた。
そこでふと、あの、夜空の下で触れ合った温かな温度を思い出した。それと共に、高尾に渡された紙のようなものも。
視線を虚ろに、手を胸ポケットへ近づける。目的のものに触れたその手を、緑間自身の視線と合わせた。
オレンジ色の短冊。そこには、あまり整っているとは言い難い字体で、"真ちゃんとずっと一緒にいれますよーに!"と書いてあった。
「馬鹿か」
つい口に出てしまった悪態とは逆に、眉間のしわがなくなった緑間の目はとても優しい。
短冊についてを高尾に伝えようと、机の上に置いた携帯を手に取る。その携帯には新着メールが一件、入っている。
件名、おやすみ。
そして本文にはこう書いてあった。
"真ちゃんの家に、もし笹があったら、俺の分の短冊、飾っといてくれない?"
まだ、ENDの表示はない。
普段は使わないほどの改行があったので、緑間は親指を少し下へとずらし、カチカチと携帯特有のボタンの音を立てながら、下へと読み進める。
"誕生日おめでとう"
最後に一言、そう添えてあった。
「…ふん」
今日は散々馬鹿にしてくれたくせによくも、と思いながらも、それでも口元は緩む。
メール受信時間は、23時59分。
日時は、7月7日。
Happy Birthday! 真ちゃん!
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