*時代背景ごちゃごちゃです。
*ここの天草は、歴史上の人物の天草氏とは関係ありません。
こちらを読んで頂けるとよくわかりやすいかと。


天草四郎が坂本探偵事務所の扉を叩いた。
蝕むような暑さが続く七月。
探偵のエドモン・ダンテスが日本から旅立ち、半月が経とうとする頃の出来事であった。



大きな荷物だ。
坂本はふう、と額に滲む汗を拭う。
この探偵事務所には涼むための手段は存在しておらず、窓を全開にするくらいしか部屋の中の熱気を逃す方法がないのだ。
対する天草はこの暑さにも関わらず、春秋と変わらない涼しげな表情で坂本とその相棒のお龍を静かに見据えている。
坂本と天草との接点は薄い。
互いを繋ぐ人物であるエドモン・ダンテスは不在で、天草がこの事務所を訪れた理由はエドモン・ダンテスしか思いつかなかった。
なにせ天草はエドモン・ダンテスの助手を務めていたのだ。
はて、なにか渡し忘れたものや、貸していたものなどあっただろうか。と坂本はやってきた天草を見て、そう心中で首を傾げた。
故に、天草の口から許嫁を探す手伝いをしてほしいと請われるとは、全く予想出来なかったのである。



天草には許嫁がいる。
十四の時、見合いをして出来た許嫁だと言う。
名を名字名前。
その名字名前が失踪した、らしい。
二日前、天草の元に二通の手紙が届いた。
母親から速達で送られてきた手紙に名字名前が失踪したので、至急早く帰ってきてくださいますように、と書かれていたのだ。
そしてもう一通、宛先不明の手紙。
こちらには名字名前は失踪していない、名字名前は選ばれたと綴られていた。
天草は母親の手紙、宛先不明の手紙のどちらを信じても自身の許嫁の名字名前は行方不明だということだと結論付け、自身の故郷へ帰ることを決めたのだった。
まず、最初に頼ろうとしたのはエドモン・ダンテスであったが、その探偵のエドモン・ダンテスはもういない。

「それで、僕に?」
「はい。坂本さんを頼りにさせて頂こうと思いまして……あちらでは私は自由に動けないでしょうし……十分に動けて頭の切れる方が必要ですから。勿論なにからなにまで私が費用を出します。ですので、どうか依頼を受けて下さいませんか」

学生服を身に纏う天草に深々と頭を下げられる。坂本が頭をあげるよう言うが、決してあげたりはしない。
坂本は失踪した、少女について考える。
かつてエドモン・ダンテスは長年未解決であった穂群原のKトンネル少女失踪事件を解決した。
その事実を踏まえ、天草はエドモン・ダンテスにこの依頼をしたかったはずだ。
こんな大きな荷物と共にここ、坂本探偵事務所にどんな心境でやってきたのだろう。

「……うん、いいよ。でも費用は出さなくていい、子どもの君に払わすわけにはいかないからね」

坂本は頷く。
許嫁を探す手伝い――それが天草の依頼だ。
天草が体勢を元に戻し、安堵したのか強張っていた表情を僅かに緩めた。
背後にいたお竜が坂本の隣にやってきて、いいのか?というように首を傾げ、真っ直ぐに坂本を見つめてきた。
しっかりとお龍を見つめ返してから、天草に坂本は向き直る。

「よかった。その、急で申し訳ないですが、明日出発でもいいでしょうか」
「ああ、準備することが多いからそうしてくれるとありがたいかな」
「お龍さんもついていってもいいか」
「私は構いませんが……、判断は坂本さんにお任せします。それでは明日の早朝、また私からこちらの方へ出向かせて頂きますので、私はこれで失礼します」
「……ところで、その荷物は一体?」
「ええ、これから行くところに必要なものなんですよ。では」

外套を翻し、天草が足早に事務所を去る。
焦っているなあと坂本が事務所の扉を見ていれば、隣のお龍が口を開いた。

「あいつが持っていたあれ、珍しいものだぞ」
「え」
「あの人間が持っていた荷物の中身だ。よくあんなものを持っているなあ」

あのお龍が言う珍しいものとは一体なんなんだろうか。
詳しく聞こうとしたが、もうすでにお龍は準備に取り掛かっており、坂本はまあまた機会があるときに聞けばいいかとお龍を手伝うために立ち上げった。