海堂大雅


「これより、生徒会役員の解任式を行う」


勇ましい声だった。
男らしく、まことしなやかな肢体で壇上に立つ明日宮瀬名は酷く美しかった。

そして、それは如月綾人も然り。

多くの目が壇上に堂々と立つ彼らを見つめていた。
いや、見つめていた、というよりも惹きつけられていたという方が正しいのかもしれない。


二重の綺麗な目元と、すらりと伸びた鼻梁。顔立ちのはっきりした彼は控えめに言っても美しい。
なぜこの人が今まで公にこの学校の代表として存在していなかったのか、多くのものがおそらく疑問に思っているだろう。
誰もが、自分とは違うのだと、この人は生まれた時からトクベツなのだと、畏敬してしまうような美しさがそこに立っていた。


この学園に在籍する生徒の目には新しい希望に対する期待や、憎しみ、苦痛が入り混じっていた。
尾の先に不安という感情をくくりつけた者達が一様にこの先の行く末をその美しい男に委ねつつあったのだ。

先ほどまでうるさく騒いでいた後ろの方も、緊張しているのか、それとも瀬名の「黙れ」という言葉に畏怖しているのか、誰一人として一言も言葉を口にしなかった。

そう、体育館はいつの間にか水を打ったように静まりかえっていたのだ。
あえて言うならば、体育館の屋根を穿つ雨音と、人の微かな息遣いだけが音としてそこに存在していた。
皆の視線が瀬名の一挙一動に釘付けになっている。


「まず、生徒会書記 海堂大雅」

「……」


瀬名の視線は後ろの黒髪で長身の人物に向けられた。


「返事くらいしろ」


瀬名の鋭い眼光が、話しかけられた海堂大雅だけでなく、体育館にいる生徒全員を縮み上がらせる。


「……っ、は、は、い」


海堂大雅のぎこちない返事。
恐怖感と緊張感、それから少しの反抗心が入り混じった表情。
何も、全て自分が悪い訳ではないのだと、海堂大雅はそう思っていた。

海堂大雅は普段はあまり喋らない人間だった。
喋らないのではなく、喋れない少年だった。
昔から軽い吃音を抱えていた彼は話すことが苦手だった。
変だとからかわれたり、相手をイライラさせたりするせいで、自分の吃音を嫌ってさえいた。

その上、彼は酷く他者の感情に敏感だった。

相手がイライラしていないか。気持ちが悪いと思われていないか。ビクビク機嫌を伺いながら話したり、相手が嫌な表情で自分を急かすのがとても苦痛だった。

自分のせいじゃないはずだった。

少なくとも自分の両親は吃音を抱える彼を責めたり、治しなさいと叱咤することもなかった。
社交界では決まって壁の花を決め込み、主だった会話をするのはまだ中学3年生の弟と、2つ上の兄だった。

彼は真面目に勉学や運動に取り組んだ。
他者とのコミニュケーションを避ける自分に変わって兄弟が犠牲になるのなら、自分は必死に裏方に周り彼らを支えよう。
そういう想いが強かったのも嘘ではなかった。

それから2年生になって、顔がいいからと生徒会役員入りした。
鈴宮学園の生徒会は目立つ。
こんな目立つことをしたら他者との接触をいやでも強いられると不安もあった。
しかし、予想とは打って変わって周囲が自分を敬遠して誰も話しかけなくなったことに彼はどこかホッとしていた。
自分の心配がただの杞憂に終わってしまった。
ただそれだけのはずだった。

ところが、生徒会に入ってしばらく経った頃、海堂大雅はあの転校生に会った。
樋口花蓮は大きな声で相手に物事を、よく言えばはっきりと、悪く言えばズバズバと言う生徒だった。

そんな樋口花蓮に感心している海堂大雅に、樋口花蓮は明るく、そして甘やかすかのようにこう言ったのだ。

「無理して話さなくて良いんだぞ」と。

海堂大雅は安心した。

いつの日からだろうか、自分の意見を言わなくなったのは。

そんな疑問など頭の隅に押し避けて。


樋口花蓮の側は心地よかった。

彼は自分の意見など聞かずにどんどん引っ張って導いてくれる。
自分の意見をわざわざ聞いて相手をイライラさせなくて済む。
そう思ったら彼は楽になったのだ。

ただ周りに流されるこの状況に。


「職務の放棄、並びに不正な特権利用。異論はあるか?」


何がいけなかったのだろう、どこが間違っていたと言うのだろう、と海堂大雅は思った。

無理をするなと自分を気遣い、友達だと言ってくれた花蓮を信じて、ただ楽だと思うことをした。
それの何がいけなかったのだろうと、大雅は壇上の瀬名を見つめ返した。


そして、後悔した。


全然違う。

あの人は自分とは全然違うのだと、大雅は実感した。

あの人に聞いても恐らく、自分に答えは教えてくれないだろうとは思ったが、はっきりとはわからないその差異を彼は明日宮瀬名という人物に問い質したかった。

しかし、自分で勝手に見つけろと、彼の目は雄弁に語っている。

当たり前だ、彼は自分のことなど知らないのだから。

大雅がどんなことに悩んでて、どんな経緯でこんな場所に立っているのかなど、瀬名にとっては関係のないことなのだ。

その事実が大雅の胸に鋭い刃となり突き刺さった。


「いっ、い、いいっ、異論はっありませんっ」


瀬名の視線が、大雅からすっと外された。

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