御上遥
「では、異論のない人は拍手をしてください」
体育館一体に元気のない、もの寂しい拍手が響き渡った。
泣いている子がいる。恐らく海堂大雅を密かに支え応援し続けていた者だろう。
現実を静かに受け入れている人がいる。
こうなることを薄々感づいていたのかもしれない。
顔を上げられない人も、空を睨みつけている人もいた。
この最悪の状況をもっと早く打破できていればと彼らの目が語っていた。
しかし、何も言えない。何もできない。
事実だから。
彼らのやったことも、自分たちがやったことも今の現状に深く関わっているのだから。
海堂大雅の親衛隊は元は穏健派だった。
彼の吃音を隊員の多くは理解していたし、少しでも改善できればと尽くしてもいた。
顔だけで入った訳ではない者も少なくはなかった。彼の他者の感情に対する敏感さ故の優しさや、 堅実さ、そして真面目な姿に心惹かれていた者も多くいたのだ。
それを裏切ったのは海堂大雅自身であり、その崩壊を止められなかったのは自分たち親衛隊だった。
あの時こうしていたら、ああしていれば、とたらればを並べたところで過去を変えることはできないことをみんな知っている。
海堂大雅のためだと理由をつけて、何人の人間を傷つけたことだろう。
穏健派と呼ばれたあの心地よい日々はどこに行ってしまったのだろう。
海堂大雅の親衛隊に属していた者の多くが複雑な、吐き出したくても吐き出せない感情に苛まれ続けていた。
瀬名は顔を数秒動かして体育館内を見渡すと、淡々と次の言葉を口にした。
「引き続き生徒会会計 御上遥の承認に移る」
御上遥はそっと目を瞑った。
まぶたの裏に映るのは少しの諦めと、自分に対する嘲笑。
ほら、結局こうなるんだ。と右手で茶髪に染められた髪を掻き上げた。
仕事を一緒にボイコットした生徒会役員には言えないけど、すこしだけ、本当にすこしだけこうなるんじゃないかって思っていた。
御上遥は今までずっとテキトーに生きてきた。
恵まれた家に生まれ、
恵まれた容姿を持ち、
恵まれた才能を与えられた。
これ以上ないくらいこの国の全ての人が持ち得ないものを生まれた時から持っていた。
そう自負できる。
だって、みんなが自分を凄いと、素敵だと褒め称えるのだ。
優しく扱ってあげれば、相手は手放しで喜んでくれる。
お優しいんですね。と、そう言葉を並べて。
勉強を頑張っていい結果を残せば、親は誇らしげに自分を褒めてくれる。
大きな手で自分の頭を撫でながら。
その顔を見て、遥は思ったのである。
ああ、みんな優しい自分を求めているのだと。
勉強ができる優秀な自分を求めているのだと。
少しだけ服装のイメージを変えたくて、雑誌のモデルの真似をした。
そしたらもっとみんなが自分のことをかっこいいと褒め称えた。
みんなこんな自分が好きなんだと、古かった服はすべて捨てた。
髪も、服も、インテリアも、性格も、全部全部みんなが望む通りに変えた。
みんながそんな自分が好きだと、かっこいいと言うから、分け隔てなく接したし、もっと深い仲になりたいと言われれば、何のためらいもなくその子を抱いた。
それがいいことなのだと思った。
生憎、自分は長男じゃない。
昔から何でもできる自分と違って、兄は努力家だし、何の努力もしない兄は自分を見下していた。
『どうせお前は将来俺の下で働くんだろ。せいぜい馬鹿やってれば?』
そう鼻で笑う兄の言う通りに、遥は過ごした。
成績を下げたら親が心配するから。
学校をサボったら先生に叱られるから。
授業態度だけは真面目にしていたけど。
それから、遥は生徒会役員に選ばれた。
ここの生徒会役員になれれば、家にも、自分の将来にも箔がつく。
やりたいとは思わなかったけど、周りはやって欲しそうだったから、自分はそうした。
生徒会は入って見たら意外と楽しくて、好きだった。
でも、樋口花蓮の側はもっと好きだった。
今の自分を作ってくれたみんなは、遥が樋口花蓮の側にいることを否定した。
似合ってないとか、釣り合ってないとか、いっぱい言われた。
でも、花蓮は素直だ。
「ダメなことはダメなんだぞ!!」
そう言って、たまに自分のダメなところも言ってくれる。
だから言う通りにした。
樋口花蓮は彼にとって周りと違う人間だったから。
樋口花蓮についていけば、こんなツマラナイ人形を辞められると思っていた。
樋口花蓮のどこか歪な考え方にふと違和感を感じることはあったけれど、人形であることを止めてくれそうな人間を手放すのは惜しい。
くだらない茶番だと心の中で謗りながらも、表面では花蓮の言う通りに動く自分がいて、結局何も変わっていない事を今更気付かされるのだ。
ふっと、誰かに見られている気がして瞼を開けた。
明日宮瀬名だ。
奴がジッと御上遥を見つめている。
いや、自分じゃない。
花蓮に言われた通りに着飾った、人形の俺だ。
「異論は、ありません」
震える声でそう言うと、明日宮瀬名の視線はすぐさま手元の資料へと外れる。
それにどこかホッとしながら、遥は周りの拍手を静かに受け入れたのだった。
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