02

 エミリオ=ジルクリストの一日は多忙極まるものである。
 朝起きたらまずレンブラントからヒューゴの指示を聞き、使用人たちに指示を出す。それから家庭教師との座学を行い、昼食後は庭で剣の鍛錬。三時のおやつで糖分を補給したらまた座学。夕食後に使用人から各種の報告を受け、それをヒューゴへ伝えるための書類を作成する。余った時間があればその日の復習に励む。
 そのような日々を送っていたために、彼がカリナと関わる時間は少なかった。避けているわけではないが、お互い努めて会おうともしないし、やることもその時間帯も別々だったのだ。
 そんな二人の夕食時間が、ある日偶然重なった。


『坊っちゃん、また!にんじんが残ってますよ』
「…にんじんは色が嫌いだ」
『食べず嫌いなんてしていると、大きくなれませんよ!』
「にんじんだけでそんなこと決まるものか!」
「…にんじん、」


 いつものように、肉に添えてあるキャロットグラッセを食べるか食べないかでシャルティエと揉めていると、机を挟んだ向かいからぽつりと声が聞こえてきた。
 少しびっくりしつつ、そちらを窺う。


「にんじんだけお皿に残っているけれど、食べないの」
「う、うん…」
『坊っちゃ〜ん』
「シャル、そんな声で抗議しないでくれ!」
「エミリオ」
「!…はい、」


 咄嗟に、先日の鋭い声が思い出される。ヒューゴと似た雰囲気の、あの声音がまた飛んでくるのではと身体を縮こまらせる。
 だが、返ってきたのは違うものだった。


「ソーディアン・シャルティエは天地戦争時代の記憶を持つもの…彼の生きた時代では、戦争のために食糧も満足になかったのでは?」
「え、」
「彼の言葉をうるさいと片付けてしまうのは簡単だけど。あなたのための言葉でしょう」
「…はい」
「努力はしてみるべき…そう思う」


 淡々とした諌めの言葉に、エミリオはただただ唖然とするばかりだった。
 以前の様子から、彼女も父と同じく他人のそういったところに興味を示さないものと思っていた。それに、屋敷の者でシャルティエを慮るような者は今までいなかったのだ。
 言うことは言い終えたと、カリナは自分の食事を黙々と片付けるのに意識を戻していた。
 エミリオも、目の前の皿を改めて見つめる。まだまだ半分の肉と、キャロットグラッセが手付かずで残っていた。
 少し考えてグラッセを半分に切り、肉と一緒にソースに絡めて口に運んでみる。噛んだ瞬間、にんじんの香りとともに独特の甘さが広がり、そのドロッとした食感と相まって気持ち悪くなってしまった。
 顔を青ざめさせて少しずつ飲み込むのに必死になっていると、今度は向いから銀色のフォークが伸びてきた。


「頑張ってだめなら、仕方ないですね」


 ひょいひょいと彼女の皿に運ばれていくキャロットグラッセ。
 思わず口の中のものを全部飲み込んで、むせてしまう。


「え、あの…それ」
「作ってもらったものを残すのは失礼だから」
「ごめんなさい…」
「顔色を悪くしてまで食べろとは言わない。また今度、試してみては?」
「そう、します」


 戸惑ったままたどたどしい返事をしていると、彼女は食事を終えて席を立って行ってしまった。
 緊張が一気に解け、身体の力が抜ける。出て行った扉から目が離せない。


『坊っちゃん。彼女、そんなに怖い人ではないのかもしれませんね』
「うん…」
『仲良くなれるといいですね』
「そう、だね」


 皿に未だ残った肉も、実はそんなに得意ではなかった。
 それでも、いつもよりは少しだけ食べやすくなった気がした。







2016.05.27投稿
2017.11.27改稿


 
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