03
その話が聞こえてきたのは、食堂の側を通りかかった時だった。
用事があって、たまたまいつもは通らない時間にその場所を歩いていたのだ。
「エミリオ様っておひとりで話している時があるわよね」
「ああ、あれ。エミリオ様がお持ちの剣とお話してるらしいわよ」
「え?剣と?」
「そうそう。何でも古代のものだとかで、喋るらしいのよ」
「うそ!」
「私たちには聞こえないし、本当かどうかなんてわからないけど」
「なんだか気味が悪いわね」
つい、足を止めてしまう。
そう思われているのは気付いていたが、改めて耳にしてしまうとそのショックは大きい。
腰に下げていたシャルティエの柄をするりと撫でる。けれど、今ばかりはお喋りな彼も何も言おうとはしない。
シャルティエが、自分が剣だということを気にしているのも知っていた。けれど、それをどうやって晴らしてあげればいいのか、エミリオにはまだわからなかった。
二人で、無言のままメイドたちの話を聞いていた。
「――こんなところで何をしているの」
「!…姉さん、」
食堂の扉を見つめていたため気付かなかったが、声に振り向くとカリナが見下ろしていた。
彼女はエミリオの反応がぎこちないのを見て何かを察したのか、静かに食堂に耳をすます。そして小さくため息を吐くと、エミリオの背を押した。
「聞いていてもどうしようもないでしょう」
「……」
『坊っちゃん、行きましょう?』
「シャル…」
『僕は…気にしていませんよ。仕方のないことです』
「でもっ」
いつもより覇気のないシャルティエの声に、喉がつまる。何かを言って安心させてあげたいのに。彼が今までそうしてくれたみたいに。
「顔を上げなさい」
「姉さん…?」
俯いて拳を握りしめていると、カリナが少しかたい声で言った。
「顔を上げなさい、エミリオ。あのような言葉を気にする必要はない」
「でもシャルが!」
「あなたにしか声が聞こえないなら、…あなたが、彼の存在を信じてあげなくてどうする!」
「…!?」
いつも平坦な声音のカリナが、わずかに声を荒げたことに、そしてその言葉にびっくりしてしまう。
そして呆気にとられて目をまるくしていると、彼女は顔を背けた。
「…あなたと話せる。なら、それが彼が存在しているということなのでしょう」
『カリナ、さん』
「誰が信じずとも、あなたが信じればいい…誰よりも」
「なんで、」
喉を震わせながら、それでも訊かずにはいられなかった。
「なんで、そんなことを言ってくれるんですか」
尋ねられた彼女は唇を軽く噛む。何か話しそうだが、何も言わない。
訊いてはならないことを訊いてしまったのだろうか?沈黙に気まずくなって質問を取り消そうとすると、ようやく彼女が口を開いた。
「独りは、さみしいと思うから」
今までで一番感情がこもったような、そんな声。口元しか見えないから表情はうかがえないけれど、とても寂しそうな雰囲気をまとっていた。
彼女もまた、エミリオと同じく孤独を感じている人なのだろうか。
「――ここには以前、アトワイトが保管されていたようですね。今もあれば、ソーディアン・シャルティエも安心できたでしょうに」
『え?アトワイトが?うーん…彼女も起きていればそうかもしれませんけど。前に近くにいた時は眠っていたみたいだからなあ』
「どうだろう、って」
「…あれば良いというものでもないのか」
ふうん、と納得したように頷く。
そこで、エミリオは少しの違和感を覚えた。
「姉さんは…シャルの声が聞こえているのですか」
「…さあ?」
『さあ、って…』
いつか聞いたような会話が繰り返される。
なおも問いかけようとすると、彼女はエミリオも早く用事に戻るようにと言い置いて、食堂へ入って行ってしまった。
『よくわからない人ですねえ』
「…うん」
『でも、なんだかヒューゴ様よりは家族って感じがしますよ』
「そうなのかな」
『頑張って仲良くなりましょう、坊っちゃん』
「シャルとも、仲良くなってくれるといいな」
そう言うと、シャルティエは何故か黙ってしまった。
はっきりとはわからなかったが、エミリオにはそれが不機嫌な沈黙ではないとわかっていた。だから、少し微笑みかけて、その場を後にしたのだった。
2016.06.08投稿
← →
back top