行方不明になった部品を探すとかで、ハロルドの部屋を捜索する手伝いに駆り出されたことがあった。
 乱雑にありとあらゆるものが置かれた混沌とした空間。そういえば他の開発室もそうだった。どこに何があるかわからないほどに至るところにものが置かれていた。


「はじめから決まったところに決まったものを置いておけば何かがなくなってしまうことなんてないはずです」


 マナは不機嫌を隠しもせずにそう言った。雑用に引っ張り出されることはままあるが、その中でも今回は特に大変でくだらないものだったのだ。
 そんなマナの言葉に、元凶たる人物は耳を塞いでみせる。


「うるさいわねぇ!兄貴が二人に増えたみたいだわ」
「誰だってこんなことをさせられれば同じことを言います」
「これはこれで分類されているのよ。意味があってこういう風になってるの!」


 そう目の前の天才科学者は胸を張る。しかしマナのムスッとした表情は治らなかった。そんなことを言うなら、失くしものなどしないでほしい。
 ため息を吐いて、改めて部屋を見渡した。
 部品を探すために引き出しや箱をひっくり返したために最初よりも散らかっている気がする。


「新しいものを作るか、取り寄せるかした方が早いのでは…」
「そんな余裕はないわ!」


 ものも人も限られているんだから、と厳しい声が飛んでくる。
 マナは未だにこの環境に慣れなかった。何を望もうと不自由にならない、そういうところで育ってきたのだ。何かが手に入らないから必死で探したり、他のもので代用したり。そんなのは考えも及ばなかったことだ。それが返って、地上軍の発想力に繋がったのかもしれないけれど。
 ――代用する。ふ、と部屋の隅に佇むものが目に入った。


「足りない部品は使っていないものから取り出して使用すればいいのではないですか?この機械とか…」
「あーっ!そいつはダメよ!」


 筒状のマシンにかけられていた布を剥ぐ。何かのエンジンだろうか?
 眺めていたら、ハロルドがその機械をかばうように抱きしめた。責めるような瞳で見られるとこちらが悪いことをしてしまった気分だ。


「これはそのうち使うんだから!」
「でも、そんなエンジンが必要な飛行艇は造られていません」
「最初は造っていたのよ。でもスピード面を強化していってたら兵士の大量輸送には向かなくなっちゃって」


 作戦にはもっと鈍くて大きいのを使うことになったの、少し残念そうに口を尖らせて開発者はこぼした。
 スピード重視の機体では、軽量化のために乗員スペースを削る必要があったのだと。
 けれどそれなら、何故後生大事にエンジンだけを取っておいているのか。


「無駄が発明を生むのよ」


 天才はそう言った。


 地上軍は物資が不足している。
 天地戦争以前に造られた飛行竜や海竜などの移動艇は、自己回復機能や簡単な人工知能を搭載する優れたものではある。が、大量のレンズだけでなく生体金属ベルセリウムをも使うため大量生産できるわけではない。
 それ故に、たくさんの兵士を乗せるための移動手段としてはもっと単純で簡単に造れるものの方が効率が良いのだ。
 そう説明した後、ハロルドは得意げに人差し指で足元のエンジンを示した。


「でも、こいつを使う機体は高純度レンズ一枚で何より速く飛ぶの。飛行竜よりもね。機動力のある飛行艇が一機あるだけで、できることは大幅に増えるわ」


 ぺしぺし、叩かれたエンジンからは思ったよりも軽い音がした。中身は別に取り出して調整中らしい。
 速いだけで装甲の薄い機体を造ったところで、天上軍に損失を与えるだけのことはできないだろう。マナはそう指摘した。天上にだって守備用の飛行艇くらいある。


「ちっがうわよ!まったく、想像力が貧困で嫌になっちゃう」
「むっ」
「誰も天上軍を相手にするための飛行艇だなんて言ってないでしょ。これは戦争のあとに使うの」
「戦争の…あと?」


 意味の飲み込めないマナに構わず、そうよ、とハロルドは大仰に頷く。


「青い空の下を駆け抜ける機体!そこから見渡せば地上には広がる緑と、海と…自由に生きる人間がいて、」


 いつもよりも遠くを見るようなハロルドの目に、ぱちりと瞬きをした。手を後ろにして肩をすくめる彼女はなんだかちょっと恥ずかしそうだ。
 そんなにまで興奮気味に語られた言葉の内容をマナはどうしても想像できない。
 戦争が終わったからといって、地上が外殻の影に覆われるのは変わらないことだろうし、ハロルドが言うような環境が地上に見られるだろうか。
 それに、ダイクロフトからたまに眺める天上の緑はいつも変わらずとても退屈だった。あの環境にはモンスターくらいしかいない。それを恋うような感情は湧かなかった。


「いまいち理解できてないって顔ね」


 うんうんと唸るマナに、彼女はため息を吐く。


「そうね、私だって海も青空もぼんやりとしか見たことしかないもの。この目で見て確かめないと確実なデータは得られないわ」
「はあ」
「だから、あんたには私の助手として飛行艇に乗ってもらうことにしましょ☆そしたら嫌ってほど地上の景色を見せてあげるわ!」


 異論は聞かない、と堂々と宣言したハロルドは踏ん反り返らんばかりだ。
 まったく、いつまでこの天才科学者はマナのことを振り回すつもりなのだろう。先ほどと違って、ハロルドにいつまでもこき使われるというのは想像に易かった。


「飛行艇が完成すれば、の話でしょう」
「失礼ね、ちゃんと完成させるわよ」


 頬を膨らませながら、当然のように言われた言葉。それが叶うかどうかは、まだマナには信じきれなかったけれど。
 さっきよりは少しだけ明瞭に想像できた風景に軽く笑みがこぼれた。


「楽しみ、ですね」


 ハロルドが仕方ないとでも言うように苦笑していたのが見えた。






2017.03.07投稿


 
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