二、
政府の職員が突然訪ねてきた。
事前に何の連絡もなかったため、慌てて客間を整えて中へ通す。
責任者である審神者は対応せねばならぬので、お茶などの準備は刀剣男士たちに任せて先に部屋へ向かう。
――今度はどのような理由をつけて責めてくるのだろうか。
希少な刀剣が出ない?戦力が少ない?資源を無駄遣いしている?
このような文句はもう耳にタコだ。
できることはやっているのだから、もう何を言われようとどうしようもないのに。
「…主さま」
政府によく思われていないことは刀剣男士たちも知ったところで、故に彼らが職員に良い印象を抱いていないのも当然のことだった。
隣で不安げな声を上げた五虎退の頭を軽く撫でるとくすぐったそうにはにかんだ。
その様子すらも不満気に睨みつけてくる職員に、すぐに目に涙を溜めたのだけれど。
「それで、本日は何のご用でしょうか」
早く話を聞いて早く帰ってもらおう。
そんな思いで口を開けば、職員は鼻をふんと鳴らした。
「良い成績も出せていないのに偉そうなことだ。そのように刀剣男士たちとじゃれあってばかりいて業務をおろそかにしているのではないか?」
「あ、主さまは…」
「申し訳ありません。少しでも貢献できるよう努めます」
「またそれか」
反論しようとしてくれた五虎退の気持ちは嬉しかったが、話を拗らせまいと殊勝な態度を表明しておく。
しかしまたそれかとはこちらの言でもあるのだ。
同じようなことばかり文句を言われるのは、さすがにうんざりする。
「貢献しようという気持ちがあるのならば。せめて鶴丸国永や鶯丸あたりの刀剣を顕現させてみてはどうかね」
「励みます」
淡々と返せば、面白味がなかったのか職員はつまらなそうな顔をして腰を上げた。
それだけを言うために来たのだろうか。まったくご苦労なことだ。
五虎退と共に門まで彼を見送り、出て行くのを見届ける。
「主さま、ごめんなさい…」
「何を謝ることがあるのですか」
「僕たちが弱いから、あんなこと言われてるんですよね」
「いいえ…いいえ」
「もっと、主さまが持っていても恥ずかしくないくらい強くなります。だから、えっと…そ、その」
「ありがとう、五虎退。私はあなたたちといられて幸せです」
いじらしい、この小さな神さまにこんなことを言わせてしまった自分の不甲斐なさと。それでもこうして慕ってくれる彼らに心があたたかくなり、ほんのり涙が滲む。
――ああ、強くなりたい。
彼らの主にふさわしく、強くなりたい。
ぎゅっと五虎退の身体を抱きしめ、名前は胸が千々に裂けるほどに心で叫んだ。
その夕方のことだった。
1日の業務をまとめた日報をパソコンで打ち込んでいると、鍛刀所を見に行った近侍の五虎退がおろおろしながら戻ってきた。
どうしたのか問うと、昼過ぎに行ったはずの鍛刀がまだ終わっていなかったのだと言う。
いつものごとく打刀ができると思っていた名前は首を傾げた。
「太刀か大太刀だったのかしら。珍しいですね」
この本丸には希少な刀剣がいない。
とはいえ、短刀や脇差ばかりというわけでもなく打刀や太刀、大太刀、槍、薙刀はあらかた揃っているのだ。
しかしいつも多めに鍛刀のための資材を使っても打刀くらいしかこないため、もうとっくに終わっているのかと思っていた。
「新しい方は、ご飯の時間に間に合いますか?」
「そうねえ。初めてのご飯が一人で冷たいのは嫌ですものね」
新しい刀剣である保証もないのだけれど。
それでも万が一ということもあるし、一緒に鍛刀所へ行ってみることにした。
「あっ主さま!終わってました」
「良かったわ。さあ何の刀剣かしら」
刀掛けに置いてある刀剣を五虎退が手渡してくれる。
大きさからして太刀か。本丸にはいない刀剣のようである。
「これは誰かしら?いずれにせよ新しい方をお迎えするなんて久しぶりですね」
「みんな、喜びます!」
「ふふ。そうね、早く顕現して差し上げなくては」
見るからに嬉しそうな五虎退を焦らさないようにと、その太刀を刀掛けに戻し顕現の祝詞を上げる。
空気が澄み、そこに波紋が広がるように刀剣男士の存在がかたまり、カタチをなす。
まばゆい光の中から現れたのは、紺色の着物。
「…まさか、」
「三日月宗近。打ち除けが多い故、三日月と呼ばれる。よろしく頼む」
「主さま、やりましたね!すごい!」
「本当に、三日月宗近さまなのですか」
信じられない気持ちでいっぱいで、思わず問うてしまう。
すると三日月宗近はおかしそうに笑った。
「はっはっは、主は妙なことを言う。他の誰に見えるのか」
「も、申し訳ありません。あなたのような方を迎えられるとは…露も思わず」
「良い良い。さ、じじいにお茶でも淹れてくれ」
何ともマイペースな言葉にあっけにとられたが、ハッとして五虎退に三日月宗近を居間へ連れて行くように指示をした。
主は来ないのかと訊く彼に、日報だけ書いてから行くと言えば素直に五虎退へ向き直った。
まさかの希少刀剣の顕現に、少しばかり心を逸らせながら執務室へ向かおうとした名前の袖がついと引かれる。
「三日月宗近さま?如何いたしました」
「言い忘れたことがあった」
「何でしょう?」
何か要望でもあるのかと軽い気持ちで訊く。
彼はこう言った。
「星の欠片はついぞ見つからなんだ」
2016.05.10投稿
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