「あいた、」


 ちょっとした不注意だった。
 寒い日々の中、暖かい台所にぼんやりとしていたのが悪かったのだ。炊き込み御飯に入れるために、人参を短冊切りにしていたところが、誤って指先をさっくりと切ってしまったのである。
 それでも浅い傷でしかない。洗って、絆創膏を貼っておけば直ぐにくっつくようなものだ。騒ぐほどではなかった。


「主、どうしたの?」


 それでも声をあげてしまったのだから、同じ厨にいた刀剣男士には気付かれてしまった。ついでに、伸ばした指と血の滲む傷口を見られてしまう。


「それ、その包丁が?」
「ええ。けれど直ぐにふさがりますよ。切れ味の良い包丁ですから、綺麗に切れてくれたでしょう。治りも早いはずです」
「そんな…」
「心配なさらないでください。大丈夫ですから」


 そう言って傷口を軽く咥えてみせる。彼はそれで納得したのか、そう?と困ったような顔をしたものの、また自分の持ち場へと戻った。
 ――そして夜。
 夕飯の後片付けも、風呂場の鍵閉めも他の身の回りのことを全て終え、布団の中で心地良い微睡みに溺れていた時。
 ふっと意識が浮き上がった。寝室に何かが入ってきた気がするのだ。
 瞬時に覚醒してゆく意識と共に起き上がろうとすると、途端に腕に鋭い痛みがはしった。


「…っ、いた」
「ああ。ごめんね、苦しませたい訳じゃないんだ」
「あなた――」


 降りてきた声はとても聞き慣れたもので、それ故に認識が上手くできなかった。
 信じられない、彼が何故ここに。


「何を、して」
「何を?」


 くす、と彼は笑う。


「君があまりにも他の刃のつけた傷を大切そうにしているものだから。僕も羨ましくなっちゃって」
「なん、ですって」
「僕も君に傷をつければ、その傷を大切にしてもらえる?」
「光忠、」


 唖然としながら彼の名を呼ぶと、よりうっそりとした笑みを深めながらこちらを見つめてきた。


「綺麗に切るよ、傷が早く治るように。そしてまた何度でも。君が愛おしんでくれる限り」


 きらりと光る鋒が鋭く滑るのを感じながら、ああ、彼は刀なのだとひどく実感した。







2016.02.01投稿