熱気が喉をひりつかせ肌を舐める。上からも下からも熱が身体を苛み、汗がじっとりとまとわりつく。
過酷な環境に体力は奪われていた。
だが、それらを全て合わせても目の前の人物の鬱陶しさにはかないっこなかったのだ。
「ゲイボルグ…」
スパーダは目の前の青年をひたと睨みすえた。
今まで初めて会った気がしないとは思っていたが、まさか前世での因縁故だったとは。
それにしても、前世でも現世でもこうして戦うことになろうとは。
「君もバルカンの地に惹かれて来たんだろ、ん〜〜〜〜?」
さすがご同輩、と続けるハスタに虫唾がはしり、思いきり否定する。
「黙れ!耳が腐るぜ!俺を同族なんて呼ぶなっ」
「その通り!貴様がバルカンを語るな!」
「はっ!?」
「誰!?」
どこからか急に聞こえてきた同意に、それを向けられたスパーダだけではなく皆があたりを見まわす。
と、それを見逃さなかったハスタが動いた。
「油断大敵だぷー」
「何っ」
ぐっ、と近付く槍の先端を跳ね除けようと双剣を構えるが、少し遅くバランスを崩す。
それを捉えたハスタはニヤリと笑って追撃を仕掛けてきた。
だが。
「どこまでも卑劣なヤツ!前世から変わらないな、ゲイボルグ」
「おんやぁ、オレっちの攻撃を弾くとは小生意気なお嬢さんだァ。以前にお会いしたことがございますピョロか?」
「お前などにそう何度も会えるか!現世ではこれが初めてだ」
「現世…ってことは、あんたも転生者なの!?」
すらりと長い両刃の剣を構えたまま、目の前に現れた女性は頷いた。
「バルカンの地が騒がしいと思い、来てみればゲイボルグとデュランダルがいるなんて。どんな巡り合わせかは知らないけれど、ゲイボルグを倒すというのなら助太刀する!」
「ちっ。こいつ倒したら話聞かせろよ!」
ハスタを倒すことしか眼中にない女性はどうやら今話す気はなさそうだ。
スパーダは観念して双剣を構え直す。
「さあ、来いよ!殺人鬼!オレたちを生み出したバルカンに、この戦いを捧げようぜ」
「お前の死に様をな。行くんだぷー」
槍を構えたものの、ゆったりと歩いて迫るハスタは余裕の表情で振りかぶる。
広い間合いに捉えられないよう、一旦距離を置く。
その横を素早く女性が過ぎった。
「おい、あんまり突っ込むな!」
「良い的みっけー!」
無防備に飛び込んでいった女性を見逃すはずもなく、ハスタは素早く攻撃を繰り出した。
「甘い!」
その瞬間、女性は地を蹴りハスタの頭上に跳ぶ。
剣の切っ先を下に向け、渾身の力で攻撃を叩き込んだ。
「頭上注意とはまさにこのこと」
「逃げるな!」
「そいつぁ聞けないでごじゃるよ」
素早い身のこなしと躊躇ない攻撃に、スパーダたちは皆唖然としていた。
そこからいち早く我に返ったリカルドが援護射撃を行う。
その攻撃を防ごうと槍を構えたハスタに、離れた場所で詠唱をしていたアンジュの天術が襲いかかった。
「ルカくん!今よ!」
「うんっ、行くよ!真空破斬!」
「やられたァー!なんちゃって」
「逃がさないわよ!アクロバレット!」
皆が連携し、次々とたたみかける。
その勢いに防戦一方のはずのハスタはまだ余裕気だ。
「これは楽しめそうでありますなっ!」
「へっ、調子こいてると痛い目みるぜ!風迅剣!」
スパーダの一突きがハスタに入り、そこから生まれた風圧によって吹き飛ばされる。
大げさなくらいカエルのつぶれたような声を上げてハスタは地に打ち付けられた。
「やりますね、デュランダル」
「おうよ!だが俺はスパーダってんだ、そっちで呼んでくれよ」
「スパーダ、今度は私の技を見ていてください!」
皆の勇姿に刺激されたのか、ますます気合を入れて攻撃を仕掛けに行く女性。
こちらに背を向けて隙だらけに見えるハスタに一太刀を浴びせようと、大振りに振りかぶっている。
その刃が届く寸前。
「まる見えじゃ〜ん」
「っ!」
ぐいっと胸元を掴まれ、女性は軽々と放り投げられてしまった。
その拍子に剣も手から離れて丸腰だ。
「くっ、ゲイボルグめ」
「オレのこともハスタきゅんって呼んでくれなきゃいやん」
「うげっ」
「イリア姉ちゃん大丈夫?」
思わぬ余波に怯んだイリアたちには構わず、ハスタは女性に向き直る。
「オレの皆殺しリストに書いてあるヤツはたくさんいても、オレは誰かに恨まれる覚えはないんだ…みんな殺してあげたから。人違いじゃないかな!お嬢さん」
「お前がゲイボルグだということ、それだけで十分!」
「バルカン…てことはあんたも武器だったのかにゃ?命のやり取りを楽しめない重病人が二人もいらっしゃるとは」
「まさか、デュランダル以外にもバルカンの意思を託された剣があったのか?」
スパーダが思わず問うが、彼女は首を振った。
「託されてはいない。けれど前世の私――カーテナはずっとバルカンの手元に置かれていた」
「あー、あのできそこないな」
「黙れ!私はできそこないじゃない!」
「戦場に一度も出なかったんじゃろ?武器としてはご立派におかしいデスヨー」
あからさまな挑発だったのだが、彼女にとってはそれどころではない言葉だったらしい。
激昂したまま隙だらけの姿勢でハスタに突っ込んでいく。
「おい!ちっ、皆援護するぞ!」
「わかった!」
すかさずルカやスパーダ、エルマーナが彼女に襲いかかる槍をいなし、リカルドとイリアが隙をつくろうとハスタの足元を狙う。既にいくつかつけられていた傷はアンジュが治した。
さすがに一斉に攻撃され、体力も削られたのか、間も無くハスタが膝をついた。
「さあ、これでコイツとの縁もお仕舞いだ。リカルド、とどめを頼む」
「仰せつかった。では、動くなよ?」
動きを止めたハスタに、リカルドの銃が向けられる。
命乞いをしているのか、未だ喚いているが誰もそれに耳を貸そうとはしない。
「おい、あんた大丈夫か」
「スパーダ…ごめんなさい。助太刀と言いながらあなたたちに迷惑をかけてしまいましたね」
「気にすんなって、あいつがムカつくのは当たり前のことだからな」
息も絶え絶えといった様子で膝に手をつく彼女に声をかければ、申し訳なさそうに謝られた。
「それよりお前、バルカンにつくられたって言ってたが――」
「もう、待てない!引き金ならあたしが引くっ」
話しかけた言葉はいいわよねスパーダ!とイリアが叫ぶ声に遮られる。
倒してしまえばそれまでと、好きにしろと言うが、ハスタは尚も話しかけてきた。
しかし最初からスパーダたちにハスタを助けるという選択肢などあるわけがない。
「おいイリア、リカルド。弾丸は入ってるか?」
「万全だ」
「モチよっ」
「待った待った!言うから、言うからさあ!」
ルカに耳を貸せと言うハスタ。
どうせろくでもない提案だろうが、ルカは律儀に聞くらしい。
「ほら、聞いてくれ」
しゃがみこんだルカにハスタが手を寄せる。
「――肉に刃が食い込む音を」
「ルカ!?」
「しまった!!」
「あの野郎…っ」
人形のように倒れこむルカ。
その腹には大きな裂傷と血染み。
「オレの…オレのせいだ…。とっとととどめを刺しておけば、ルカはこんな目に…」
ハスタから目を離して話し込んでいたことに、スパーダは自己嫌悪する。
隣にいた女性も目を見開いて唖然としていた。
「ベルフォルマ!後悔など後でしろ!担架を組む、手伝え!」
「わ、わかった!ルカは…絶対助ける」
「当然だ、ほら木を探せ!」
「あ、あの!」
「ああ、お前も手伝え」
「私の家に運んでください。ガラムギルドの隣なんです」
「そうか、助かる」
「私は一足先に山を降りて、医者を呼んで待っています!」
そう言うと彼女は走って山道を下っていった。
「頼んだぞ!…」
その背に呼びかけようとして、スパーダは未だ現世の名前すら知らなかったことにようやく気付いたのだった。
火山から出ると、ギルドの建物付近であの女性が待っているのが見えた。
あちらもスパーダたちに気付いたようで、駆け寄ってきて家に案内すると言った。
「もうお医者さまはいらしています。そのままルカくんを運んであげてください」
「おう!ルカ、もうちょっとの辛抱だ。踏ん張れよ!」
「ルカ兄ちゃん、しっかり!」
皆が口々に声をかける中、ルカはベッドに寝かされそのまま医者に委ねられた。
リカルドやアンジュはさすがに落ち着いているが、他の面々はひどい怪我人を間近に見るのは初めての者も多く涙目で取り乱している。
看病をしても、声をかけても返ってくるのは苦しそうな荒い呼吸で、さすがに皆の気も滅入ってしまっていた。
「まだ、眠れませんか」
スパーダはぬるい夜風を港の埠頭で感じていた。心の不安と同じくもやもやするような風は、吹かれていても何もスッキリさせてはくれない。
固まらない思考にうんざりしていると、不意に声をかけられた。
「ナマエか」
彼女の名前を聞いたのは、ルカが彼女の家に運び込まれてからすぐだった。
礼を言おうとして、呼ぶ名前に戸惑ったところでようやく教えてもらえたのだ。
「ルカくんの容態がようやく落ち着いたので、知らせた方が良いと思って」
「ほんとか!ルカは大丈夫なんだな!?」
「はい。――こういう時は、転生者で良かったと思います。圧倒的に丈夫で治りが早い」
「そっか…そういう効果もあるんだな」
ただ常人よりも力があって天術を使えるだけかと思っていたが、そもそものつくりから強化されているとは思いもよらなかった。
転生者として邪険にされることも多いが、こうして仲間と出会う縁になり、またその仲間を守ってくれるのならば、悪いことばかりではない。
「そういえば、ナマエの前世もバルカンと関係あるんだよな」
ふと、これも詳しくは聞いていなかったことに気付いて口に出す。
「俺と同じく武器だったんだよな、何てったっけ」
「カーテナ。その美しさと細さから戦場には出すまいとバルカンが手放さなかった剣です」
「へえ…俺は記憶にないけど、そんな剣なら見てみたかったなぁ」
「ふふ。私はデュランダルのこと、少し覚えてますよ」
そう言って彼女は空を仰いだ。
「あのバルカンが自分の想いを託し、そしてあの猛将アスラの愛剣として使われることになった。カーテナも、誰かに使われたいと思っていましたから…羨ましかったのね」
「使われたかった?もしかして…現世では戦闘狂、とか言わねえよな?」
「まさか!」
ちょっとからかうと、すぐさま慌てたように手を振って否定した。
真面目なようだし、少しルカのようなからかいやすさを感じて思わずにやっとする。
「へえ〜?」
「なんですか、その顔は。ゲイボルグみたいな殺しのための強さと一緒にしないでください。私は純粋に、武芸としての剣術を極めたいんです。ギルドの仕事や試合以外では剣を振りませんよ」
「人の役に立つため、ってとこか?」
「まあ…それは複利といいますか。役に立てたなら嬉しいけれど、それよりはただ強くなりたい」
どうやら彼女の根本は自分のためだけに戦っているらしい。
ハスタに比べたら害はないが、それでもスパーダには十分武器としての前世を拗らせているように思えた。
「『心に剣を持ち、誰かの楯となれ』」
「え?」
「俺の世話になった人が教えてくれた言葉だ」
「心に剣を持ち…。どうやらスパーダは、私の生き方には納得できないようですね」
意外に聡かった彼女は、困ったような顔でこちらを見つめてきた。
「いや、生き方なんて人それぞれだしな。ナマエの人生に口出そうとは思ってねえよ」
「では、何故」
「ただなぁ、俺は思うんだ」
堤防の縁に両手を休ませ、空を見上げた。
夜空には星が瞬き、ケルム火山からの噴煙の向こうでも透けて見えた。
「自分のためだけに腕を磨いて、それでどこまで行けるんだ?ってな」
「……」
「アスラは強かったさ。でもその剣は私利私欲のために振るわれたものじゃねえ」
ぎゅっと拳を握り、手の感触を確かめる。
ここのところの連戦で握りっぱなしだった双剣のおかげで、レグヌムを離れる前よりも両の掌は分厚くなっていた。
「俺も、ルカたちと旅をして守りたいものを見つけてから、前よりずっと強くなった」
「…あなたは。守りたいものが、守るべきものがあったでしょうね」
私にはなかった、とかつてのカーテナは言う。
「使われなかった剣にとって、自分で戦えるようになったことがどんなに嬉しかったか!デュランダルやゲイボルグのように名を馳せたいと、武器なら思って当然だっ」
「ナマエ!お前はカーテナじゃねえ、ナマエだろ!」
「同じことだろう!」
「俺はデュランダルじゃねえ、スパーダ・ベルフォルマだ」
言い切ったスパーダに、今度こそナマエは目を見開いて唖然とする。
それにハッとして、ついつい熱く語ってしまったことに恥ずかしくなり、ヘッと鼻を鳴らした。
「まあ…なんだ。いつまでも前世にこだわってちゃ、前世のための今みたいで癪だろうがよ」
「…アスラやイナンナの転生者といるのに、前世とは関係ないと言うのですか?」
「前世が引き寄せたダチなら、その縁に感謝はするけどよ。気に入らねえ奴だったらここまで関わろうとしてねえな」
「そう…でも、そんなのわからないわ」
「はァ!?」
あれだけ柄にもなく力説したのに、にべもなく否定されては釈然としない。
当然喧嘩腰になってしまうが、振り向きざまに認めたナマエは笑みをたたえていた。
「そんなに言うのなら、あなたと私のどちらが強くなるのか確かめてみましょう」
「どうやってだよ…?」
「私、あなたたちについて行くことにしました」
「え、マジで言ってるのか?」
「マジです」
にまにまと打って変わって人の悪い笑みを浮かべ、なおも言う。
「あれだけご大層に言ったのだから、もちろん撤回なんてしないでしょう?」
「あったりまえだ!舐めんなよ、受けてたつぜ!」
「負けませんよ。"スパーダ・ベルフォルマ"」
わかりやすい挑発だとは思ったが、自分の心にある士道訓のためにも乗らざるを得なかった。そうして闘志を燃やし、絶対に勝つのだといつもより秘密の特訓を増やすことに決めた。
案外、張り合い甲斐のある相手ができて良かったのかもしれない。
と、宿屋に戻り、先に帰っていたナマエの姿を見つけて近寄り、後悔することになる。
「あ〜ら、スパーダお坊っちゃまのお帰りですわよ〜!ナマエと二人で何のお話をしていらっしゃいましたの?」
「しかもウチらに相談せんと、姉ちゃんを一緒に連れてく約束までしたんやって?スパーダ兄ちゃんも隅に置けないなぁ」
「ねえ、お話ししたことこっそりおしえてくれない?ナマエ」
パーティの女性陣が集まって、獲物を見つけたとばかりにスパーダに詰め寄ってくる。その状況にどういうことだとナマエを見やれば、あの人の悪い笑みを向け、人差し指を立てて言った。
「あることを教えてもらうために…ね?スパーダ」
秘密めかして言うナマエに、ますます盛り上がる女性陣。前言撤回だ、からかいやすそう?むしろスパーダの方が、ルカが目覚めるまでの興味のターゲットにされてしまったのは明らかだった。
確信犯であるナマエは未だににまにましている。
ずっと使われなかった剣は面倒くさいようにひねくれてしまったのか。それとも彼女の元来のものなのか。
どちらにせよ、これからを思うと気が重くなるのは確かだった。
「お前、性格悪りぃな…」
「ふふ。ご自慢の性能で切り抜けてみてくださいよ」
「くっっっそ!」
地団駄を踏みつつ、ただただスパーダはルカに早く目覚めてくれと祈るしかなかったのだった。
2016.05.03投稿
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