彼らを見送って、ふう、と息を吐いた。それで、やっと抱え込んだ様々なものを手放して、身軽になれた気がした。
あの子は、きっとまだ…また、気に病むだろうけれど。
この場を後にする、最後の最後まで、眉根を寄せて名残惜しげな表情をしていた。
あの子を悲しませてしまっただろうか。でも、あの海底洞窟で同じようなことをされた時には、マナもとても悲しかったのだから、許容してほしい。マナがカリナだと中々確信してくれなかったのも、少し憤っていたし。
あの子の胸の中に少しだけ影を落として、ふとした時に思い出して悲しんでほしい。それくらいの価値がマナにはあったのだと、思っていたい。
『坊っちゃんはカリナさんのこと、大切に思っていましたよ』
思考に水を刺すように手元から声が聞こえた。
ソーディアン・シャルティエだ。
「いつの間に、そんなにお節介になったんでしょうね」
そう返すと、ちょっと驚いたような間をあけて、彼は笑った。
『あはは。だって、長い間坊っちゃんの側にいたんですよ。わかるでしょう、放って置けないんですよ』
それは、まあ。そうかもしれない。
不安定で、意地っ張りで、でもいじらしくて。
そんな彼が自分を多少なりとも慕ってくれたのだから、可愛くないわけない。
「私も、あの子のことを大切に思っていました」
『伝わっていますよ』
「そうだと…いいけれど」
『僕が言うんだから間違いないですよ!なんせ、マナさんよりも僕の方が、ずっと坊っちゃんと一緒にいたんですからね』
「剣と一緒にされても…」
軽く笑って流したけれど、内心はといえば、自分だって時間を共にしたかったのだ。
彼の幼い頃の、あのわずかに重ねた思い出。あれがもっとあれば、こんな風に別れずにいられたのだろうか。
そう考えてはみても、やはりマナが天上人で、あの人の娘である以上、経た道程に大きな変わりはなかっただろう。
きっと、どこにいても、なくなった外殻大地に苛まれるのだ。
「やっと、終わる」
ポツリとこぼした声に返ってくる言葉はなかった。
ソーディアンたちは皆黙り込んでいる。
そんな彼らの様子に、何故だか笑ってしまった。
この世界では自分は悪で、彼らは正義だと言うのに。彼らが罪悪感を抱くことなど、ないはずなのに。
そして気付く。シャルティエ以外のソーディアンはこの時代のマナと戦ったばかりだ。だからきっと負い目を感じているのだろう。
「あの時も…ようやく終わるのだと。やっと終われるのだと安心していたのに、甦らされたのは…あの子に未練を残してしまったからなのかもしれない」
『──ねえ、マナさん』
追想の独白に、今度は声がかけられた。
『千年前、約束をしましたよね』
「覚えていたんですね」
『そう。あまり甘くないビスケットを食べながら』
「やっぱり、あれは美味しくなかった」
『でしょうね』
クスクス。他愛無い話をしながら、フワフワした気分になった。
敵同士でなければもっとこんな風に話せたのかな。
『答えはわかってるでしょうけど、話させてください。僕の大切な坊っちゃんのこと』
「ええ、聞かせて。私の知らない間の、あの子のこと、たくさん」
『何から話そうかな。ああ、そういえば…』
おしゃべりな彼の声に耳を傾けて、気付けばあたりは崩壊し亀裂が走り、立っていられるのが不思議なほどだった。
少しでも長く、彼の声を聞いていたい。
球体に突き刺さったソーディアン・シャルティエの柄に静かに手を添えて、コアクリスタルに顔を寄せた。
内緒話するみたいに。
「そんなことまで話して、あの子に怒られますよ」
『困ったな。坊っちゃんに言わないでくださいよ、また"お喋りがすぎるぞ!"って言われちゃうな』
「だって現に、お喋りだもの…」
『坊っちゃんと、マナさんが…無口なだけですよ』
「そう、なのかな」
『そうですよ…だって、坊っちゃんなんて…セインガルドの…兵舎で…』
次第に途切れ途切れになってゆく声に、虚になる意識の中、静かに相槌を打つ。
ずっと、こうしたかった。
ただのなんでもないような話を、ずっと。
本当は、あの基地で出会った人たちのこと、大好きだった。
だからこそ、失ったものの大きさにどうしても許せなかった。
でも、もう何も憎まなくて良い。苦しまなくて良い。
最期の最期にこうしていられて、よかった。
ねえ、エミリオ…リオン…ジューダス。私にあたたかな想い出をくれた、あの子。
「ありがとう──」
穏やかで、愛しい気持ちの中で。
少女はようやく、眠りについた。
2023.11.26 投稿
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