ノイシュタットはリーネの村にたどり着いた一行は、カイルの叔母にあたるリリスの家を訪ねていた。
 船の上で倒れてしまったリアラをベッドへ寝かせてもらうと、やっと一息つけた。そこで村を周りがてら、スタンの話を聞きに行ってはどうかとカイルへ提案したのはロニだった。


「ガッカリするかもしれないがスタンには、特別なところなどなにもなかったよ」
「スタンくんが世界を救う英雄になるなんてだれも想像してなかったわ」


 そんな村人たちの声を聞いて、カイルは拍子抜けしたような顔をしていた。
 どんな素晴らしい逸話が伝えられているのか、と胸を躍らせていた分、なんでもないような話ばかりで呆気にとられたのかもしれない。
 それで幻滅でもしてしまったかと思いきや、夜中に寝付けないと話をした時には、ちょっと喜色を滲ませた声で自分も父さんのようになれるかもしれない、と言ってのけたのだから、カイルはつくづく大物だ。
 「自分と相手を信じ続ける」と、スタンの言葉を大切に胸に抱いてきっとその通りにするのだろう。
 だがそれをカイルに伝えたロニはと言えば、情けないことに目の前の二人――ジューダスとマナを疑わしい目で見ざるを得ないのだ。
 いやカイルがなんにも考えずに全部を全部信じてしまうのならば、自分がその分警戒をすべきなのだと心の中で言い訳をする。
 そうやって得体の知れない二人を何かと目で追っていて、ふと気が付いたことがあった。


「リリスおばさん、おかわりちょうだい!」
「あらあら、カイルってばずいぶんたくさん食べるのね」
「だって、すっごい美味しいんだもん!」
「まあ嬉しい。他のみなさんもどうかしら?」
「じゃあ俺もいただきます!」
「…僕も、あと一杯だけもらおうか」


 ロニが元気よくおかわりの返事をした後に、一拍おいて隣から声が聞こえた。
 青白い顔で細身のジューダスがまさか自分から進んで更に一皿を求めるなど、意外に感じて右を見る。しかしすぐに、まあこいつも男だしな、と顔を戻そうとして斜向かいのマナに目を止めた。
 相変わらず何を考えているかわからない無表情だったが、ほんの少しだけ、ジューダスを見る眼差しがいつもと違うように感じた。
 それがどんなものなのかと考えて…まさかジューダスの野郎に惚れているわけではあるまいな、と疑い勝手に不快な気分になったところで思考を止めた。
 せっかく、美人の料理を心ゆくまで堪能できたのだ。リーネの村はいい思い出だけにしておきたい。
 …いや、すでにナンパに失敗してたいへん落ち込んではいるのだが。


「見てろよ〜〜、ノイシュタットで敗者復活戦だぁッ!待ってろよっ、ノイシュタットぉ!」


 やはり沈んだ気分は隠しきれず、それをジューダスにからかわれていると、今度は年下の少年少女に変に気を使われてしまった。いたたまれずに思わず叫んでリーネの村から出る。
 足音も荒く前へ前へと進めば視界はあっという間に霧に包まれた。


「どこを見ても、霧、霧、霧! ノイシュタットはどこなんだー!」


 なんだー、と微かにカイルの声がやまびこした。
 道中は山の中を通る洞窟もあったが、霧の中で濡れた身体が冷えるだけでとても体力を回復できるようなものではなかった。
 カイルがうんざりして叫び出すのも仕方がない。
 景色もずっと変わらないかのように思える。
 それでも諦めずにキョロキョロしていたカイルは何かを見つけたようだ。


「あっ、見てよ!あそこに山小屋がある!」
「ちょうどいい。今日はこれぐらいにして、あの小屋で、休むとするか。」


 ロニの提案にカイルとリアラはほっとした表情を見せる。
 二人とも疲れきっていたのだろう。特にリアラは病み上がりだ、ここまで歩いて来られただけで大したものだ。


「オレ、山小屋って入るのはじめてだよ! へぇ〜、こうなってるんだぁ…」


 さっきまでとは打って変わって物珍しそうに小屋を見まわすカイル。
 しかしロニはもう疲れた。リアラもそのようだった。
 仮眠を取れと言ったジューダスに見張りを任せて、荷物を降ろすとすぐにうとうと微睡む。
 ノイシュタットではどんな美人が待っているだろう。そんな妄想に笑みを漏らしながら夢の世界へ旅立とうとして、


――僕は、……あいつを…カイルを…


 パチ、と反射的に目が覚めた。
 夢うつつに聞こえた名前はカイルのものだ。


「どうした、ジューダス?」


 寝ぼけまなこをこすりながら声の方を見れば、そこにはジューダスが一人で座っているだけだった。
 てっきりマナか誰かと話をしているのかと思いきや、独り言だったのか?


「誰もいない…よな?なんか、カイルをどうこうって聞こえたんだけどよ…」
「なんでもないと言っている!」


 軽い気持ちで問いかければ、予想以上に鋭い声が返ってきた。
 こちらを向きなおったジューダスは、後ろ手に何かをしまうような仕草をしていた。剣か、シャッと刃物がこすれる音がした。
 何かよからぬことでも考えていたというのだろうか。だが、カイルが信じた相手をそう疑いたくもない気がする。


「ジューダス」


 ロニは迷いつつもそう語りかけた。


「ひとつだけ、言っておくぜ。おまえがどんな目的で俺たちといっしょにいるかは聞くつもりはねえ」


 ジューダスの輝きを秘めた瞳が真っ直ぐにロニを見つめている。
 煽られたかのように感じて思わず強く睨む。


「だがな…もしカイルに害がおよぶようなことをしてみろ、そのときは…!」


 強くなってしまった語調に返されたのは、フッと、ため息とも嘲笑ともとれるような吐息だった。


「…熱心なことだ。そうして保護者きどりをいつまで続けるつもりだ」
「…なに!?」
「いつまで保護者きどりを続けるつもりかと言ったんだ。おまえはそれで満足だろうが、そうやってカイルを甘やかしている限り、あいつは成長しない」
「てめぇ…何様のつもりだ!俺はな、おまえなんかよりもずっとカイルのことを…!」


 図星を突かれたのか、はたまたまったくの見当違いだったのか。ロニにもよくわからなかったが、保護者気どりだなんて言われて黙っていられるわけはなかった。
 カッと頭に血がのぼって、手がジューダスの襟元を掴もうと伸びる。
 だがその腕は横からの何かの力に阻まれた。


「は!?マナ?」
「…なぜ」


 ジューダスよりもさらに小柄な少女が、片手で勢いのついた拳を止めた。それだけではなく彼女の手はロニの腕をギシギシと音が鳴りそうなほどに強く握り締めてくるのだ。
 あり得ないほどの力。痛みよりも驚きが優って、マナの顔をまじまじと見つめた。
 彼女は無表情で、しかし明らかにその瞳を怒りに燃え滾らせてロニを凝視してくる。
 静かな激情に微動たりともできず圧倒されていると、異様な空気が伝わったのかリアラが起き出してきた。


「…ロニ?なにか、あったの?」
「あ、あぁ、リアラ。起こしちまったか?悪ぃな、なんでもねえんだ」
「なんでもないって――マナまで!なにがあったの?」
「気にするなって…ホントに、なんでもねえんだ」
「なんでもないわけ、ないじゃない!」


 押し問答を繰り返していると、またジューダスと言い争った時のことが思い返されて、憤りが胸に募る。
 そしてそれはリアラの一言で、再び表に出てしまった。


「…カイルのことね?ロニが、そこまで怒るのってカイルのことだけだもの」
「っ、なんでもねえよ!」


 またカイルを甘やかしているとでも言われたかのような気になって、声が大きくなった。
 こんな歳下の女の子に怒鳴ったりするつもりなんてなかったのに。やはりカイルのことが関わると冷静ではいられないらしい。
 あわててリアラに謝り、そんなつもりではなかったのだと弁明する。
 しかし空気の悪さは払拭できず、皆が皆黙り込んでしまった。
 ――このまま朝までこうしているのだろうか、自分のせいでもあるとはいえ、居心地の悪さに身をよじった時だった。


「リアラ〜」
「…!カイル?」


 部屋の奥、背を向けて横たわっているカイルの声が聞こえた。
 起こしてしまったのだろうか?ドキリとして見やるとぐっすりと眠っていたようで、寝返りをしてこちらを向いたのが見えた。

「…むにゃ…ずっと、いっしょに…」
「なんだ、ネゴトかよ…人騒がせなヤツだな。ったく!」
「いっしょ…ロニも…ジューダス…も…マナもいっしょ…だ…へへっ…」


 寝ているくせににこにことしあわせそうな笑みをもらしている。顔もゆるんでいれば、発言もなんとも平和なものだ。
 さっきまで腹を立てていたのがバカらしくなって、ロニはジューダスへと向き直った。


「おい、ジューダス。…寝ろや。見張り、交代してやるよ」
「おまえ…」
「あいつのネゴト聞いてたらど〜でもよくなっちまったよ…ったく、カイルのヤツめ!」


 苦笑いをしながら言うと、ジューダスも呆れたように息を吐いた。
 そして次は彼がマナへ顔を向けた。


「…手を放してやってくれ」
「……」
「もうこいつも何もしない」


 オイ、とそのやり取りに口を出しそうになってしまって、しかしその時のマナの口元に黙り込んだ。
 わずかに、ごくわずかに唇を噛み締めて…ややあって彼女の手はロニの腕から離れていった。
 そして何事もなかったかのように部屋の隅へ向かい、うずくまって毛布をかぶる。
 まるで、そう――孤児院のチビたちが、拗ねた時のような態度で。あんな馬鹿力を見せられた後だというのに、その様子ひとつでマナがひどく弱いもののように感じた。
 ジューダスを守るようにしてロニの腕を掴んできた彼女は、いったい何の思惑があったのだろう。
 全くわかりはしないが、なんとなく、そう悪い奴ではないのではないかとそう思ってしまった。
 女好きの勘などではない。
 だってマナの表情は、よくよく考えてみれば――ルーティやおそらく自分がカイルへ向けるものとひどく似ていたような気がしたのだ。






2019.04.29投稿


 
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