06

 果たして廃坑の奥でリアラたちが見つけたのは、古びた革張りの頑丈な箱に納められた石ころだった。
 石ころと言ってしまっては違うのかもしれない。それはかのベルクラントにも使われていたという、レンズの力を増幅させる鉱石だとジューダスは言っていた。
 けれどレンズ技術の第一人者であったオベロン社もなくなった今、もう価値などありはしない。


「うへ、お宝ってこんなぶっそうなもんかよ。まったく、オベロン社ってやつもロクなことしやがらねぇなぁ」


 ロニがそう言って石を投げ戻した。
 ガチャガチャと音が辺りに響く。
 ――廃坑の奥は、天然の洞窟に繋がっていた。湿った岩壁に囲われたそこはひんやりと淋しげな空気をしている。


「ちぇ、結局お宝ってこれのことだったのか」
「そうだろうな。しかしあの商人ではこの鉱石も満足に扱えはしない」


 チラ、とジューダスがマナを窺った。
 彼はたまに…というより、よくマナのことを見ている。ちょうどロニがジューダスを探る時のような、そういう視線で。
 そんな彼女はといえば、なにも気にしないような無表情で鉱石を繁々と眺めているだけだった。
 思えばマナの話した声だって、船の上での一言二言くらいしか聞いていない。まったく何もわからないような透明なガラスでも見つめているみたいだった。
 そんな彼女を眺めていたからだろうか、その向こうに、ふと光芒がちらついた気がした。


「…ねぇ。あっち、明るくない?」


 見間違いかと思ったけれど、近寄って確かめてみるとまだ洞窟に奥があるのがわかった。
 せっかくだからとそちらへ言ってみる。
 するとそこには岩々の切れ目から幾筋もの光が射し込み、下草の繁茂した息を呑むほど美しい景気が広がっていた。


「キレイ…!」


 思わず声を漏らしたリアラの少し先で、壁際にあった碑のようなものを見ていたジューダスが声を上げた。
 どこか引きつったような、乾いたような声で笑い出しまでしたものだから、不審に思ったロニがその碑を覗き込む。
 そうして読み上げられた碑文の内容は、とても予想なんてしていないものだった。
 この場所は偶然にできたものであること、そこにある鉱石はレンズの力を増幅するものであること、それを使えばきっとノイシュタットの発展と貧富格差の解消に繋がるだろう、だからここを大切に守っていってほしい…そんな優しい女性の想い。


「なるほどねぇ…確かに鉱石は、兵器だけじゃない。工場や船にも使えるもんな。俺たちは、そのことに頭がまわらなかった、これじゃ、兵器を作ったやつと同じだな」
「オベロン社も同じさ。そして…イレーヌもな」


 感嘆の声を漏らしたロニに、皮肉げにジューダスが返した。
 彼は皆の問うような目を受けてなお語る。


「…彼女たちは道をあやまった。理想の実現を急ぐあまり即効性を求めて、劇薬を選んだんだ」
「"神の眼の騒乱"の話か?そうだな…こんな風に考えられる人がいったい、なんで…」


 重い吐息とともに沈黙が落ちる。
 それでもリアラは胸にこみ上げるような、切なくてあたたかい想いを否定したくはなかった。


「けれど…イレーヌさんの想いはウソじゃなかったと思う。ノイシュタットに住む人たちのことを考えて鉱石を掘っていた…そして、この場所が荒らされ鉱石が採れなくならないよう、メッセージを残してくれていた…」


 改めて辺りを見渡して、陽光を反射する岩壁や植物の光を眺めた。


「だから、ここはこんなにキレイなのよ。まるで…宝物みたいに」


 きっとイレーヌという人も、この景色に暗雲のたちこめる状況を打ち砕く希望を見たのだろう。
 そう考えるともっとずっとこの場所が美しく見えた。


「宝物…か。案外、こっちが本当の宝かもしれないな」
「そうだね! きっと、そうだよ!」


 ロニとカイルと目でうなずき合う。
 ジューダスには少し茶化されたけれど、安っぽいのもたまにはいい、と言っていたから、案外同じことを考えていたのかもしれない。
 はじめに鉱石を見つけた時とは打って変わって、なんだか清々しい気持ちさえする。


「さて、本当の宝も見られたことだし 街に戻るとしますか」
「うん!」


 そんな雰囲気のまま、今まで暗鬱な印象を抱いていた廃坑を引き返す。
 少し外へ出てしまうのが名残惜しい気すらして、出口でふと坑道を振り返った。


「――――」
「えっ?」


 驚いてしまったのは、リアラの横を通り過ぎようとしたマナの口から微かに声が聞こえたからだった。
 冷たい、薄い笑い声。
 信じられない思いで彼女の顔を見ようとしたけれど、もう先へ行ってしまってわからなかった。
 今までのあたたかい気持ちも吹き飛んで、冷水を浴びせられたような寒気すら感じる。


「どうして…?」


 疑問と怖れのせいで立ち尽くす。
 マナの背が霧に隠れて消えた頃になって、ようやく自分を呼ぶカイルの声に我に返った。
 あわてて走って皆に追いつく。


「リアラが消えちゃったかと思ったよ!」
「ごめんなさい、ちょっと考えごとしてて…」
「この霧の中だ、はぐれるなよ」
「…うん」


 ちら、とうかがったマナは相変わらずの無表情だった。
 それでも彼女のあの声は、とても耳から消えてはくれそうもなかった。





2019.06.30投稿


 
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