07
穏やかな海面が延々と続くばかりの視界に目を細めて、
ジューダスは周囲をうかがった。波は高くないとはいえ、出航直後よりもいささか風が強くなってきたかもしれない。スノーフリアは吹雪いていないといいが。
少し気温の下がった船の上は、人もまばらだった。けれど今は都合がいい。彼は背に隠したシャルティエに意識を向けた。
――船の修理がやっと終わり、あとはファンダリアまで揺られていくだけ、と皆がそれぞれ自由行動となったのだ。
当初はマナをつかまえて話をしようと思っていたのだが、彼女の姿は出港とともにどこかへ消えてしまった。だから仕方なくシャルティエと二人作戦会議をすることにしたのだった。
「それで、彼女はシャルの知っている人物に間違いはないのか?」
おもむろに切り出した話題に、しかし考える間もなく答えが返ってくる。
『ええ…十中八九、僕の知っているマナさんで間違いないと思いますよ。彼女もかなりの"力持ち"だったんです』
「あとは姉さんと同一人物かがわかれば…」
考え込むジューダスに戸惑いがちな声がかかる。
『…でも、仮にカリナさんだったとして坊っちゃんはどうするんです?彼女はなにも言ってこないのに…』
漠然としたような問いが顔をしかめさせた。おそらくシャルティエは彼女がカリナでないといいと思っているのだ。
けれどやはり、あの時置いて行ってしまった姉さんに……――今さらなんと言えばいいかなんて、わからないけれど。
こんなことだから彼女も知らないふりをしているのだろうか。それとも、かつての別れに絶望して、エミリオのことなど嫌いになってしまったのだろうか。暗い考えばかりが過ぎる。
「…姉さん、」
喉が潰れたような声で、けれど自然にこぼれた。
呟いただけなのか、彼女を呼びたかったのかどうかは自分にもわからない。いずれにせよその言葉は誰に拾われるでもなかった。
だというのに、ジューダスをわずかばかり癒してくれるはずの波の音さえも遮って、やかましい足音が段々と近付いてくる。
思いきり眉根を寄せて姿を現した人物を睨め付けたのは仕方のないことなのだ。
「なんだよ、その顔は」
「言わないとわからないか」
「ったく可愛げのないやつ。カイルを見習え!」
フン、と鼻で笑ってそのまま顔をそらす。
カイルなど見習ってみろ、旅があっという間に行き詰まるに決まっている。
そうロニに告げれば、まあ…そうかもね、などと歯切れ悪く答えた。
「それで?ナンパには失敗したのか?」
「俺がいつもいつもそんなことばっかりしているわけねぇだろ!」
「ああ…どうせ船に乗っているのは同じ客だからな、既に声をかけ尽くしたのか」
「ぐっ……、お、俺のことはどうだっていいだろ!それよりジューダス、お前は何してたんだよ?」
「僕は…考えごとだ」
半分本当で、半分ごまかしのようなことを言って質問を躱す。
顎をさすってロニはへえ、と言った。
「お前でも考え込むようなことあるんだな」
「いつも何も考えていないバカじゃないからな」
「ほおぉ…じゃあその高尚な考えとやらを聞かせてみろよ」
「言ったって理解できない」
「ふん、偉そーに。でもまあ確かにお前、驚くほど色んなことを知っているしな。18年前のこととか…」
彼はふいに首を傾げて、訝しげな目でジューダスを眺めた。
「そういやジューダス、お前何歳なんだ?」
「……」
ギロリ、反射的に睨んだ。その眼差しに一瞬ひるんだように、彼はなんだよ、と眉を寄せる。
そんな顔を見なくても、この男がカイルを心配して、自分のことを疑っているのは重々承知の上だった。
疑心は不安を呼ぶ。以前リアラもその力について言及したことでもの言いたげな顔をしていた。
このまま彼らと共にいれば、きっとジューダスへの不信は募るだろう。そうすればいざという時の戦闘の連携も崩れるし、危険極まりない。
自分の隠し事について話せない以上、現状は変わらないだろう。ならば、ずっと一緒にいることもない。影ながらカイルを護ることもできるだろう。
「どうやら、お前は僕のことが信用ならないらしいな」
ロニのへの字だった口が余計にきつく結ばれた。
「そんなこと言ってないだろ」
「言わなくてもわかる。正体がわからない奴をカイルの側に置いておきたくないんだろう」
「〜〜〜〜だからぁ、そういうつもりで聞いてるんじゃねえんだってば!スタンさんが冒険に出ていたのも、イレーヌがオベロン社幹部だったのも、もう、十年以上前の話だ。けど、おまえは両方を、知っていたみたいだったから…」
「…だから、疑わしいと?まわりくどいな。そんなに僕が信用できないのなら、ハッキリそう言えばいい」
「あのなぁ、しまいにゃ怒るぞ。単に年の話をしていただけで、どうして、疑うとか、そういう話になるんだよ!?」
「――ス、スト〜ップ!落ち着いてよ、ふたりとも!ケンカは、よくないって!」
激昂したロニが拳を握り、ジューダスに詰め寄ろうとしたところに割って入った影があった。カイルだ。
気付けば遠まきに乗船客たちがこちらをうかがっている。ちょっとした騒ぎになっていたようだ。
そしてそんな喧騒に隠れるように、壁の向こうから影が伸びている。
「ロニは興味があったから、年を聞いただけなんでしょ?ジューダスは、答えたくないんだよね?じゃあ、この話はおしまい!」
「…そうも、いかないようだ。僕の正体を知りたい人間が、もうひとりいるらしい。」
そちらの方へ声をかければ、おずおずとリアラが姿を現した。
「わたしも、ずっと不思議に思ってたの。どうして…」
「『どうして、わたしのことを知っているのか?』…だろう?その答えが知りたければ、先に、自分が何者かを言ってみろ。そうしたら、僕も答える」
彼女はぐっと唇をきつく結んで、大きな瞳でジューダスを見透かそうとでもするかのようにうかがっていた。
けれど、そのような表情に心動かされることはない。ただ自分の意志だけを告げた。
「正体がわからないとダメだと言うなら、おまえたちとの旅も、ここで終わりだ。…船が着いたら、僕は消える。じゃあな。」
「あ、待ってよ、ジューダス!」
マントが翻って背後から追いかけてくる声を遮った。
いつもより足音が重く響く。
けれど気にしないように、まとわりつく潮風の中を真っ直ぐに立ち去った。
2019.08.01投稿
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