01
物心ついた頃には、すでに機械とマナの顔色を伺う大人たちに囲まれていた。
他の子どもたちと戯れたり、無邪気に笑っていた記憶はない。
「さすがあの方の御令嬢だ」
「父上によろしく」
そんな言葉ばかりを聞いて、早々に彼らから意識を逸らしてしまったのは至極当然のことだった。
いや、ちやほやされて奢っていたのかもしれない。周囲の人間はマナを褒め称えることしかしなかったから。
「ああ、不幸な事故だった」
そう言ったのは誰だっただろう。
あの日は大人たちに混ざって、研究所にいたはずだ。実質的な責任者として開発を進めていた兵器の試験日だった。
「今回の搭乗型兵器の試運転はまずまずの結果でしたな」
「しかし実戦にはまだ不安定だ」
「エネルギー効率ももっと上げられるだろう」
「マナ様はどうお考えですか?」
難しい顔をした研究者たちの目がマナに視線を浴びせていた。
その頃マナは設計図を作っては技術者に放り投げて、他の研究者の意見なんて聞いていなかった。だってそんなもの聞かなくてもマナの方がずっと優秀だし、時間の無駄だと思っていたから。
「私はもうしばらくエネルギー機関に手を加える。ひとりにして」
そう言って作業に戻ったマナに彼らがどんな目を向けていたのかも、知ろうとしなかったのだ。
――気付いた時には、仰向けで天井を見上げていた。
「おお、目を覚まされたか。しかしお気の毒に…」
マナを見下ろして眉をひそめる医師に、何があったのかと尋ねようとして、違和感を感じた。
首が動かない。手も足も。動かないし、感覚すらない。
おかしい、と血の気を引かせるマナに告げられたのは残酷な言葉だった。
「酷い爆発でした。近くにいて死ななかっただけでも奇跡。もう歩くことはおろか、起き上がることも難しいかと…」
何で、何故、私が、どうして。
受け入れられない現実に頭が真っ白になった。現実を受け入れられず、ただただ天井を眺めてぼんやりと呼吸だけをしていた気がする。
そんなマナの元をミクトラン様――あの方が訪れたのは数日後。
あの方は言った。
「無様だな、マナ。己の力を過信して反感を買い、みすみす陥れられるとは」
「……おとしいれ、られる?」
「お前を妬む者たちの思惑にも気付いていなかったのか」
父が呼んだ自分の名前に、己の存在を覚えていたのか、とかそんなことをぼんやり考えていた。すると彼はマナを冷たい目で見下ろして思いもつかなかったことを言った。
曰く。あの研究者たちは、幼い少女が、天上の兵器開発に関わるエリートの自分たちの上に立っていることが我慢ならなかったらしい。だからマナを亡き者にしようと事故を装って爆発を起こしたのだ。証拠はとうに消され、責任を問うこともできない。
唖然とするマナに彼は問いかけた。
「悔しくはないのか?自分をそのような目にあわせた者たちに闊歩させておいて」
「……わかりません」
ハッ、とミクトランは嗤った。
けれどそのようなことを問われたところで動かない身体で何ができるというのだろう。そう言えばにやり、と目の前の口が弧を描いた。
「そうか。もしもの話だが…お前の身体がまた動かせるとすればどうする?」
「えっ?」
「私ならばその身体を治せないこともない」
その言葉はマナのもう感覚のない身体を熱さとともに切り裂いた。強い喜びのような、激しい叫びのような、焼き切れそうな衝動のようなものだった。けれどそれも一瞬でかき消された。
「だが、そうだな…私は役立たずにそこまでしてやる気はない」
ヒュッと喉が鳴った。
今の自分では価値がない、と。何の成果も為せていない、それどころかこんなところで手足も動かせず無気力に寝ている自分では、と最終通告でも突きつけられたかのようだ。
自分を見つめる父の瞳がどんな感情を映しているのか、何もわからない。怖い。
「あ…わ、わたし…」
「お前には兵器開発を任せたはずだが、私は全く芳しい結果を耳にしていない。一体お前には何ができるのだ?」
「時間を頂ければ…きっと、」
「悠長なことを言う。これは戦争だというのに、相手が親切に待つとでも思っているのか?」
ハ、ハと呼吸が荒くなる。
ああ、きっと自分はここまでなのだ。無能を突きつけられて、何もできないまま無意味に打ち捨てられて死んでいく。
諦めにまた思考がぼやけて沈んで、目の前が暗くなる。感情が薄くなって、消えそうだ。
「だがそうだな。塵芥だとしても、少しでも用途のあるものを使わないというのは愚かなことだ」
声と共に、視界が大きく揺らいだ。
何が起きたか分からずに目を動かすと、景色が動いていることから自分が運ばれているのがわかった。
どういうことだろう。自分は見捨てられてのではなかったのか。
「お前の考えることに意味はない。結果が出せなかったのだからな。しかし言われたことをするぐらいはできるだろう」
言われたことをする――新しい指示でも与えられるのだろうか。けれど自分にできることなど、研究以外にあるのだろうか。物心ついてからそれしかしてこなかったというのに。
それでもまだ何かできることがあるのならば。少しでも自分の存在に価値が残っているというのならば、きっと私はそれをしなければいけないのだろう。
薄ぼんやりとした思考で、はい、とただ返事をした。
「あの実験に適応する被験体が必要だったのだ。運がよかったな」
「はい」
「まあ成功するかどうかはお前次第だが…適応しなければ身体が耐えられず崩壊するだけだ。何もせず死ぬよりはよっぽど有意義だろう」
「はい」
ひたすら肯首するマナを、あの方は満足げに見下ろしていた。
だからそれでいいのだろう、と身を任せることにしたのだった。
2024.01.10 投稿
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