02
父に運ばれて行ったのは、今まで自分がいたのとは違う研究室だった。
普通の研究室のように工具や機械が置かれているのとは別に、いくつもケージがあって、そこには様々な動物がいた。そこで生態兵器の研究をしているチームがある、と話に聞いたのを思い出した。
案の定すぐに麻酔を打たれ、次に意識が戻ったときには手足が動くようになっていた。
「ここまでレンズエネルギーと相性が良いとは…流石はミクトラン様の御息女といったところか」
「生体金属との適合率も驚くほど高い。あとは戦闘データの計測か」
研究者たちの話を聞くところによると、身体の機能しなくなった部分を生体金属で補ったらしい。そのかわりに身体の大半はレンズエネルギーがないと動かないらしい。
だから心臓の隣りには、精巧に磨かれた大きなレンズが据えられている。
――つまり、兵器開発が出来ないのならば、お前が兵器になれと、そういうことだったのだ。
「この高純度レンズを使えば強力な晶術が使えるはずです」
「ソーディアンを作るには至らなかったが、この方法ならば上手くいくかもしれない」
それからマナは毎日を実験場で過ごすことになった。ひたすら晶術を発動したり、身体能力を測定したり、およそ人間的とは言えないようなものだったと思う。
けれどこの状況から逃げようとは思わなかった。他に何もできなかったし、何かをしたいわけでもなかったからだ。だって自分の考えることは全てが無駄だと、あの方が言っていた。
言われていたことをすればよかったのだ。そのはずだった。
「どうもエネルギーに対する効率が悪い」
何ヶ月かの実験ののち、測定結果を見比べていた研究者が頭をかきむしりながらそう言った。
「確かに晶術は強力だ、詠唱もほぼ0タイムに短縮できる。身体能力も各段に生身より増強されている」
「だが――レンズエネルギーの消費が激しすぎる。これでは実戦投入など夢のまた夢だ」
「量産化できないのも困りものだな。被験者の能力に左右されすぎる」
難しい顔で額を突き合わせる研究者たちの様子に、ああ失敗したのか、と悟った。
どうやら自分はどうしたって役立たずだったらしい。
今度こそ見捨てられ、処分でもされるのだろうか。そう気付いた時、久しぶりに恐怖が蘇ってきた。
「この研究は一旦打ち切りだな」
そう言った研究員は、こちらをすまなそうに見て、別の研究室へマナを連れて行った。
もしかしたら同情されたのかもしれない。
とにかく兵器としての自分は役目を終えたらしかった。
それから、自分の処遇がどうなったのは聞く術もなかった。
連れて行かれた研究室で言われるままに研究員たちを手伝っていた。
彼らはたまにマナに声をかけてきたが、およそ研究とは関係のないようなことだったので曖昧な受け答えしかできなかった。その度に残念そうな反応を向けられるので、そのうち会話も少なくなっていった。
ただ、根気強い何人かがたまに声をかけ続けていた。
「ここの装置の接続をどうするか議論しているんだ、君も参加してくれないか」
「…はい」
「どちらの案がよいだろう?私はこちらの方が出力は優っていると思うんだが」
「…そうですね」
「いや、補給のことを考えると多少威力を抑えても持続力を考えた方がいいはずだ。君もそう思うだろう」
「…ええ」
価値のない自分の意見など、よくも聞くものだと疑問には思ったが、ただ求められるように返事をした。
呆れているような者もいれば、それでもなお意見を求め続ける者もいた。
「先ほどの試験結果についてどう思う?前回よりも芳しくなかったな」
「…そうですね」
「どうすれば良くなるだろうか」
「……、」
意見を求められて、反射的に喉が詰まったようになって何も言えなくなった。
言って、また妬まれたら?
今度はもう何が起きても見捨てられるかもしれない。
──こわい。
「…何か思いついたら、教えてほしい」
「……」
困ったように笑って、その研究員は離れていった。
教えて欲しいと言われたのなら、何か言うべきだろうか。言わない方が疎まれるだろうか。それなら…言ってみてもいいのかもしれない、少しだけなら。
けれど、その機会は突然なくなってしまった。
「ベルクラント開発チームは亡命を図った罪で拘束されました。貴女は別の研究室へお移りください」
亡命。
地上軍へということか。
彼らは真面目に、研究に励んでいたと思っていたのに。
何が不満だったのだろう。
成果が出せなかったこと?もうすでに偉大な発明をしていたから、それを超えるものが作り出せなくて焦っていたのかも。
確かに、愚かな地上人たちだけのところへ行けば功を立てるのも容易いかもしれない。
そこでなら、私も──
「……私の考えに、意味などない」
本当だ。あの方の言った通りだ。
愚かな思い付きしかできない。
無駄なことは考えず、ただ言われた通り、目の前の課題をこなそう。
それがきっと最善だ、役に立てない、私の。
胸に芽生えた暗い気持ちは仕舞い込んで、広げられた設計書に向き合おう。
いつか、何かしらの成果が出せるように。
いつか──。
2024.01.10 投稿
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