でもその人、大食堂で林檎の細工切り教わってましたよ
エイダは己が悪役であることを知っていた。
メタ的に――というのもあるが客観的に見ても、どう考えても悪役だった。
逆ハー夢主でもなければ傍観主でもない、ついでに最強とは程遠く、一番近いのは悪役令嬢かな……というのがエイダの自己分析である。
(まあ、単語の意味だけで取るならだけど)
王族の婚約者な令嬢だし、悪役だし。
何故悪役かといえば、エイダの所属するサバナクロー寮を見ればよく分かる。
サバナクローの寮長にしてエイダの婚約者、そして母国の第二王子たるレオナ・キングスカラーが筆頭で悪役だ。後輩をパシリにするわ授業をサボるわ、ここだけなら不良たちのリーダーか? 雨の日に捨て犬に傘さしちゃうやつ? と思うのだけれど、彼は自分たちの勝利のために妨害工作することも厭わない。
っていうか実際二章の敵だったし、ボスだし、闇落ちバーサーカー化して結構な迷惑をかけた上で反省ゼロだし。
と、いうことはそんなサバナクロー寮に属するエイダも悪役なわけである。どちらかといえばそんなことやりたくない側だが、でもほら、長いものには巻かれるタチだし、元日本人だし、赤信号もみんなで渡れば怖くないし……実行犯はラギーだし、寮長の命令だし……。
開き直った反省ゼロの実行犯どもよりもタチの悪い思考である。
そしてこの夜中に食べるチョコレート、背徳の味。
急にめちゃくちゃ規模の小さな悪になったのはさておき。こっそりもそもそ食べていたら、ラギーが夜食を作りにやってきたので「お疲れさまぁ」と労わり分けてやる。
男子高校生ばかりが集まっているので、彼らは夜更かしをする。そういうわけで明かりの灯り続ける談話室は賑やか過ぎるとエイダは寮を抜け出し大食堂でお湯を沸かし、チョコを食べ、気分的な釣り合いを取るために白湯を飲む。
そして基本的に静まり返っている大食堂には、たまにレオナに夜食を命じられたラギーがやってきたり。
「どもッス……こんな時間にいいんスか?」
「ちょっとだけだから大丈夫よ〜」
カップ麺は食べてないし、ほんの一粒二粒だし。
一日の授業で疲れた脳には糖分だ、と言いながらエイダは三時のおやつにも夕食後のデザートにも甘いものを食べておきながら、更にチョコレートをつまむ。
「今日は飛行術あったし明日もあるしセーフセーフ」
「……いやまあ、当人がいいってんならいいと思いますけども」
中々この人も堕落しているよなぁ、とラギーはジト目でエイダを見つめた。しかし貰ったチョコレートに罪はない。
てきぱきと軽めの夜食を作り上げたラギーはほんの少し別皿に分けてエイダの前に置いた。エイダは気まぐれに、レオナに振り回されるラギーへ助け船を出してくれるので。
またよろしくの意を込めた賄賂にエイダは目を細め、「ありがとね」と一緒に置かれたスプーンをつまむように拾い上げた。
その奥底に見える愉悦を汲み取ったラギーはにやりと笑って、レオナへ作ったそれを手に寮へ戻って行った。
――ラギーはエイダが苦手でもあれば、好ましいとも思う。
恩は売っておくべきだ、という彼女のスタンスは分かりやすいようで分かりにくい。時に気まぐれに差し伸べられる手は素直に取って良いものかどうかと考えなければいけないから。
今のところはラギーに利があるように感じられる。しかし後々何を求められるか分からず警戒しているのだ。オクタヴィネルを思い出すようで嫌な予感もあれば、はっきりとした物同士の取引というよりは「面白いから」で片付けて放置のそれにどうにも落ち着かない、というか。
それも持てる者の余裕なのか、何なのか。
エイダはただのお人好しではない。だからこそ、ラギーは彼女に対して気を許しきれない。
冒頭の話題に戻るが、区分としては己は悪役令嬢だろうとエイダ当人は思っている。
しかしジャンルとしてとは言い切れないのは婚約破棄イベントとか原作回避だとか、そういった必要がないからだ。
生まれも育ちも令嬢、所業は悪役令嬢。憑依や成り代わりものじゃないから己の末路なんて知らないし、婚約者に不満もないし。
記憶している限りの原作知識によれば放置してたって大丈夫なので、改変系に進むつもりもない。
(…………ということは傍観系?)
なぜ人はカテゴライズしたがるのか。
陽キャ陰キャ――性別――国境、人種――最終的になぜ宇宙が存在するのかというところまで行きついて、エイダは寝ることにした。
暇がありすぎるというのも考えものである。勉強しよ。
エイダにはそういったインターネットに慣れ親しんだ部分が深く根付いていた。
なので婚約者の立場云々による思惑なんてなく、ただ単に「あ〜そういえばラギーも困ってるし私より学年が下になったレオナさん見たくないなァ」くらいの気持ちで促していたし、チョコだって「疲れた時には甘いものだよネ!」という労わりの気持ちしかないし、ラギーの使いっぱしりを放置するのは「その報酬で美味しいものをお食べ」とバイト感覚で見守っているからである。
要は何も考えていない――いや、考えていないわけではないのだが。しかしそう深読みするほどの意図もない。
エイダは流されすぎている。マジフトの件も(ラギーのユニーク魔法を知っているので口止めがてらに)話を聞いて「バレないように気を付けて」としか言わなかった。
怪我をして貴重な機会を逃すことになる選手には申し訳ないなあ、と僅かばかり抱いた罪悪感はでも言い出しっぺは王子だもーん、と責任を押し付けることで忘れ去った。
実行犯ではない。知っているだけだ。読者は物語に介入出来ない。既に出来上がったものを読むことしか許されない。
「残念だったわね、レオナさん」
読んだ感想を告げれば、医務室のベッドで寝ていたレオナは盛大に顔を顰めた。
「次は上手くやる」
「そお? 頑張って――ラギーは体調、どうかしら」
「んー、何日か痛みそうっスけど。まあ大丈夫っスよ」
「なら良かったわ。お見舞いに林檎を持ってきたの、むいてあげる」
レオナは丸かじりするからいらねぇと突っぱねたがエイダは無理やりむいた。林檎の子が教えてくれたんだけどねえ、と言いながらの飾り切りである。
むしろこれをやりたいがために見舞いに来た、とも言える。出来上がった作品に食べにくいなとラギーは思ったが、レオナが容赦なくかじったのでそれに倣ってしゃくりといった。
一見(怪我とか試合で負けたこととか)残念だったわね、に聞こえるが正しくは(バレた上に阻止されちゃって)残念だったわね、だ。
そして医務室にいるのはエイダたちだけではない。
「あ、監督生さんもお食べになる? 綺麗にスコンと当たっていたけれどお加減はいかがかしら」
「えっ、だ、大丈夫、です……」
林檎もいらないです。彼は食べるのが勿体ないなと思うタイプだった。
そう? と言いながらもエイダは(周囲の視線も)気にした様子もなく、マイペースにああしてこうして、とさくさく果物ナイフを入れていく。
それを唯一キラキラした顔で見ていたのは、レオナの腹の上から回収されたチェカだった。
エイダが見舞いに来た頃には既に(レオナにとっては)襲来していたチェカは、大好きな��おじたん�≠ニ会えてとても嬉しそうにしていた。流石に怪我に障るので後からやってきたエイダがお守りをしている形になる。
「エイダ、すごーい!」
おばさん呼びは年頃の女性としてめちゃくちゃ抵抗した末の教育の賜物だ。
覚えたての技を披露したいエイダは尊敬のまなざしを一身に浴びて、鼻高々に持ってきた林檎にすべて細工を施しきった。
チェカが大絶賛してくれて満足したので、速攻でかみ砕かれて食べられようがなんでもいい。
「ではチェカ様、そろそろ置いて来てしまったお付きの皆さんを探しに行きますよ」
「えー! おじたんと遊びたーい!」
「怪我が治ったら遊んでもらいましょうね」
丁寧な物言いのわりに有無を言わさずエイダはチェカを抱き上げ、医務室を去って行った。
後に残るは嵐が去って一息つくレオナと、ゆかいななかまたち。
チェカに続いてやってきた二度目の衝撃から我に返ったエースたちがようやく口を開く。
「…………あの、どちらさま?」
「エイダ・エインズワース。俺の婚約者だ」
婚約者ぁ!? と素っ頓狂な声が響き渡った。
王位継承権こそないものの、これまで代々キングスカラー家と共に国を支えてきたエインズワース家の娘だ。
レオナにとってエイダは小賢しい娘だ。
己の立場を理解した上で受け入れ、弁えているのかレオナに従い彼の方針に不満を言うこともない。
かといって全面的に賛成しているのかといえば、それも違う。
他寮の妨害に手荒な手段を取る――と、決めたとき、ラギーのユニーク魔法のことをエイダが知っているのが問題だった。
その口止めに呼び出したエイダはその手段にさして興味を持った様子はなかった。ふうん、と頷いて、ラギーへ注意を払うよう告げただけ。
しかし幼少期からの交流を重ねてそれなりに気心知れた仲であるレオナへは遠慮のえの字もなかったので。
「言い出しっぺはレオナさんだもの、何かあっても私知らないわよ?」
「あぁ、黙ってりゃそれでいい」
元より口止めだけのつもりで呼び出したのだからそれでいい。
こいつは本当に我関せずだな、とぼやけど、どのみちエイダがこの件に関して出来ることはない。暗躍向きのユニーク魔法ではないので。
それはそれとして目論見が潰えた上にオーバーブロットまで起こした婚約者に対する言葉が「残念だったわね」だけなのはどうかと思うが。
エイダは周囲への関心が薄い。付き合いの長さからレオナも分かってはいるが、流されているだけと見せかけてこの女は強かに己の不利益を回避しているのだ。
だからレオナはエイダを小賢しい娘だと表現する。男女比率の偏ったナイトレイブンカレッジで、さほど不便した様子もなく生活しているのだから、ただの貴族の娘であるわけがない。
自由が行き過ぎてたまに(こいつ本当に自分の立場を理解しているのか?)と勘繰ることもあるが。
「チェカ様にきちんと手紙だして差し上げるのよ、おじさん」
「お前もな、オバサン」
即座に飛んできた火の玉をレオナは杖の一振りでかき消した。 prev|next [
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