さてはそれ目当てで首突っ込んだんスね?
マジフト大会が終わり、主犯レオナによる被害者への慰謝料云々(大会で容赦なくボコボコに報復されていたからかさしたる大事にはならなかった)を済ませ、さてやってきました期末テスト。
名門校といえどもそれに悩まされる生徒は多く、学年・寮問わずマジカルペンだったり参考書だったり単語カードだったりを手に血走ったような眼の生徒があちこちで散見される時期だ。
この時期は余裕のある者とない者との差が浮き彫りになる。
エイダは立場のある娘として・第二王子の伴侶として相応しくあるべきだ、と詰め込まれた教育のお陰でさほど苦労せずに毎度乗り越えているものだが、去年にちらほら居た問題児が今年は急増していたので(視界の暴力だなぁ……)と思いながら足早にサバナクロー寮に戻った。
向かうはレオナのもと。結構な騒ぎになっていたので日当たりの良い場所へ行くのも面倒だったのだろう、自室でくつろぐ彼のもとへノックも無しに入り込み、エイダはラギーの代わりにレオナが脱ぎ散らかしていた制服を拾ってハンガーにかけた。
ラギーはあまりテストに余裕がない側なので、こういう時期は代わってエイダがレオナの世話を焼くことが多い。
「無理やりサムの店に連れてって夜食の買い込みをさせることを世話を焼くっつーならそうだろうよ」
「それよりレオナさん、なにか生えたのが今年はすごくいるのだけれど」
「…………タコ野郎のとこだろ、放っとけ」
「うちの生徒も混ざっていたわね」
「知らねぇ」
確かにレオナはあまりアズールと、というよりそもそも誰かと取引をしたがらない。エイダは詳しくは聞いていないがやむを得ず契約した時も渋々だったようだし。
レオナの部屋に勝手に保存していたおやつを食べながら紅茶を淹れるエイダはすこぶる行儀が悪い。寮長の部屋は他の寮生よりも広く作られているので好き勝手した結果である。
「そう。あ、それよりも明日は二限だけはサボったらダメよ? 必修なんだから」
「うるせぇ……」
「進級出来なかったら一生私のことを先輩って呼んでね」
「誰が呼ぶかよ」
同学年になった時点でレオナに対して敬語がタメ口に変わったのだけれど、その時点で恐らくあちらは拘っていない。当人に呼ぶ気があるのかどうかは知らないが。
実際問題、レオナは実力はあるのだ。実技筆記共に成績優秀、にも関わらず素行の悪さで留年×二。
環境の都合で卒業したくないというのなら分かるが。元々口さがないことばかり言われてきたレオナなので、今更留年の一年や二年で増える悪評など気に留めるようなことでもないのだろう。
それはそれとしてエイダは死んでもレオナから先輩と呼ばれたくないので、レオナには無事進級していただきたい。発破にもならなかったようだったけれど。
ともあれ婚約者が特に関わる気がないのであれば、エイダも首は突っ込まない。面倒臭いし。エイダよりもアズールの方が頭が回るし、計画犯と愉快犯の相手もしたくない。
まあ監督生がなんとかするし、レオナもそれに巻き込まれるわけだが。
(イキイキいじめっ子やってるレオナさんは見たいかも)
身の安全を優先するか野次馬をするか、迷いどころである。
まあモストロ・ラウンジへは普通に行くのだが。
まだまだ活きの良いイソギンチャクたちがヒイヒイ言いながらスタッフをしている様子を見ると、エイダとしてはせっかくの雰囲気の良さが台無しになっているのでは……と思わなくもない。
雇用者側としては丁度良い労働者が手に入ったぞレベルなのだろう。ホール以外でも働かせているようだったし。
「おや、エイダさん。いつもご来店ありがとうございます」
「あら。暇そうになったわね」
「隙を見ては脱走しようとするイソギンチャクの捕獲……という大切な仕事がありますので、そうでもありませんよ」
たまたま通りがかったようにも見えるジェイドの胡散臭い笑みに(ウワァ絡まれちゃった)とエイダはげんなりしたがそんな心情はおくびにも出さず、普通に注文をしたしジェイドも普通にそれを受けた。
普段はヤバいやつだとか言われるウツボ兄弟も、接客指導しているのを見ると普通の人間に見えて面白い。
モストロ・ラウンジは経営者が凝り性のアズールなので、営業一年目だとは思えないレベルのサービスを誇る。提供される食事のクオリティは勿論、治安という意味でも学校内であるとは中々信じがたい。
紳士淑女の社交場――と彼らは謳っているので、喧嘩はご法度。普段の言動から丸分かりのやべえ奴らに、契約を盾に法外な対価を求めてくる支配人。海のギャングかマフィアか取り立て屋か、正直ヤの付く方々が営業としているテキ屋くらいの印象なのである。
それはそれとしてエイダはべつにアズールと契約なんかしていないし、気分次第ではヤバいほうも婚約者という盾があるのでアズールが引かせるほかない。向こうの落ち度ならそれを理由にレオナは何かしらを要求するだろうから。
そういうわけで変に首を突っ込みさえしなければエイダは安全圏にいる。
「お待たせしましたぁ〜……あ、あれっ、あんたレオナ先輩の!」
イソギンチャクが来たなぁと思ったらハーツラビュルの一年生だった。
エイダは勿論彼を知っていたので、ごく普通に対応をする。
「あら、君もイソギンチャクになっていたのね」
「そーッス……ねえ、エイダ先輩ならなんとかならない?」
「ならないわよぉ、契約したのは君でしょう?」
「ですよねー」
肩を落とした辺り、あまり期待して言ったわけではないのだろう。
たとえばひとりふたりであればエイダも可哀想にと思ったのだけれど、数が数なので哀れむ気にもならない。エロサイト見てたらブラクラにあっただとか架空請求に引っかかったよりかは社会的に生きているし、マシじゃないかなあとも思う。
痛みで身体の自由を奪った強制労働なので、嫌でも疲れていても従うほかないらしい。生えたイソギンチャクに引っ張られる、というのも中々妙な絵面だ。
特に感慨もなくエイダは頑張れーと適当にイソギンチャクを見送った。
そういう野次馬なんかもやりつつ、そろそろイソギンチャクを眺めるのにも飽きた頃。
早朝、マジフト部の朝練から戻って来た面々にオンボロ寮の監督生とグリムが混ざっていたことにエイダは驚いた。
「え、監督生さんがどうしてサバナクロー寮に?」
「昨晩ジャックくんが連れてきたんッスよー、アズールくんと契約したとかなんとかで、オンボロ寮が使えないって」
「あら……正直オンボロ寮よりこちらのほうが過ごしやすそうよね」
オンボロ寮の現物を見ての率直な感想である。
(それはそうだけれども)という顔をしたラギーは、監督生とグリムという居候が転がり込んできたことによる己の負担の軽減に喜んでいたので、彼としてはべつにこのまま居てくれようと構わないのだが。
居候を置いたことで不満気な婚約者を見たばかりとは思えない態度である。
「レオナさんはきちんと持て成したのかしら」
見事なまでに他人事。いっそ清々しい。
「いや……さっきの不機嫌さ、見ましたよね……?」
「どうせすぐ直るわよ」
(ここの関係冷え切ってない?)
ラギーは何も言えなかったが、実際レオナは朝食の席で騒動の発端を聞いて面白がり始めたものだから、レオナとエイダの関係性について考えるのをやめた。
そういうわけでエイダはようやく事態が動くことを悟ったのだけれど、それに伴う己への被害は予知していなかった。
――地獄を見た。
明日最終日だっけ? どうしようかな、とエイダが悩んでいたら、とんでもない爆音が耳に入って来て飛び上がるほど驚いた。
ガンガンうるさいそれは獣人であるからこそ聞こえすぎる。ライオンの耳にこれはひどい。
現場はレオナの部屋で、犯人は監督生とグリムである、と思い至ったエイダは防音の魔法を使った上で耳を両手で塞ぎ、抗議に行った。
隣室の壁を殴るほうの壁ドンは他の音にかき消されたので。
「安眠妨害!」
大騒ぎを強制終了させて、かくかくしかじか。うるさい理由を聞いて一言。
この時点でレオナはエイダが何と言うか察してため息をついていた。
「なぁんだ。いいじゃない、手伝ってあげたら」
「他人事だと思いやがって……」
「私、寝たいの」
それはレオナだってそうである。
配置的に隣室にいたエイダへも及んだ騒音被害は甚大で、監督生とグリムはレオナが手伝うことを了承しなければ毎日このどんちゃん騒ぎだと脅しているわけだ。
獣人相手に騒音で脅すとは、中々頭の回る一年生である。
ていうか、と監督生はエイダを見上げた。
「エイダさんにも手伝って欲しいんですが」
「そうねえ、どうしようかしら」
レオナが耐えると言うのなら、エイダは見切りをつけて騒音の届かない静かな場所を自室にするのだけれど。
「どうなさるの?」
「あー、わかった、わかった。手伝えばいいんだろ……」
エイダ個人としてはこれで監督生の目論見がアズールを上回るのであれば構わないのだが、それには寮長たるレオナの手がなければ成し遂げられない。
なのでエイダはレオナが了承すればついていくし、しなければ離れるし。
「ですって。良かったわね」
「はい!」
よし、これで寝れる。じゃあおやすみなさいとエイダは騒音問題が解決するなり自室に引き上げていった。
と、いうわけで翌朝。
特に作戦会議なども聞いていなかったエイダは当然レオナと行動を共にすると決めていたので、「じゃあ俺たちはエースたちと行くので、レオナさんたちのほうもよろしくお願いします!」「頼んだんだゾ!」と去って行く監督生とグリムを見送った後に普通にどうするのか聞いた。
「それで? どうするの?」
「…………契約書を奪いに行く。おいラギー、サバナクローの暇な連中集めてこい」
「了解ッス!」
レオナの沈黙はこいつに話しても無駄だろという呆れだとか抗議だとかいう感情だったが、そんな程度でエイダは忖度を覚えない。エイダは海の中に潜りたくなかったので。
ともあれかき集められたサバナクロー寮生がまずぞろぞろとモストロ・ラウンジへ向かい、レオナの指示――というよりかは「好きにしろ」という言葉通り、好きにした。
荒くれ者どもは争うように飲み食いし、肉を取り合う。
品の良い店内に似つかわくない光景にエイダは声も出なかった。普段の談話室だって流石にここまでうるさくない。
さながら不良たちの集会のような有様のなか、騒ぎを収めるためにやってきたアズールから金庫の鍵を掠め取ったラギーとVIPルームの前で合流し、荒くれ者たちがアズールたちの気を引いている間にと金庫から大切に仕舞われていた契約書の束を抱えて足早に撤退。
普通に鍵は置いていくなりまた騒ぎに乗じてこっそり戻すなりすれば良いものをレオナはわざわざアズールに��返す�≠スめに残ったが。エイダは「趣味が悪いわ」と思ったし、言った。黙殺されたが。
「これ、簡単に破けそうね」
なので仕方なしにレオナが戻るのを待っていた。
「でも破くには多いし、やっぱレオナさんに砂にしてもらったほうが早いッスよ」
「燃やすにしたってここは室内だものねえ……」
手に取ったって特に雷の魔法が飛んでくるでもない。監督生の推測通りハッタリだったのだろう、とエイダは簡単に裂け目が入った契約書を元の束に戻した。
あの騒ぎの中でのんびり食事を取る趣味もないので、エイダは契約書の持ち出し側についてきたわけだ。特にやることもなかったけれど。
アズールのいないVIPルームで問題なく契約書に触れることが出来たので、その場で砂にしても良かったのだけれど。しかし契約書が無敵である条件付けが確定ではなかったのでわざわざ外に持ち出してきたのである。
五百はゆうに超えるであろう契約書の束は、アズールがこれまでにコツコツ繰り返して来た悪徳商法の証拠でもある。きっと昔から口の回る男だったのだろう。
手慰みにパラパラと契約書をめくりながら、エイダは(絶対アズールくんと契約しないようにしよ)と心に誓った。
「これで契約書はVIPルームの外に持ち出せた。後は……」
思ったよりも早く戻って来たレオナが早々にユニーク魔法を発動させようとして、間一髪のところでアズールが追いついてきた。
「��俺こそが飢え、俺こそが乾き。お前から明日を奪うもの――�=v
「待ちなさい!! !」
「……おっと、もうおでましか」
走って来たのか焦りからか、額には汗が浮かび、髪も乱れていつものすまし顔はどこにも見当たらない。
アズールはどこか縋るような表情で、レオナの手にある契約書を取り戻そうとする。
「か、返してください……それを返してください!」
「おいおい、少しは取り繕えよ。おすましごっこはもうやめたのか?」
その慌てぶりを見れば、彼にもうなす術もないのは火を見るより明らかだ。
だから余裕たっぷりなレオナによる監督生の推測にアズールは声を荒げた。行動理念が己の利益であるアズールにとって、監督生のやり方は理解出来ないのだ。
「なぜだ、なぜ僕の邪魔ばかりしてくる!? イソギンチャクから解放したってアイツには何の得もないだろう!?」
「それについては、俺も同意だな」
少なからず学友の解放は遊び相手の確保につながる……とエイダは思ったが口に出さなかった。お前は余計なことしか言わないからくれぐれも黙っているように、と言われていたので。でもそんなこと言われなくてもエイダはちゃんと空気は読めるほうだ。
「そこでだ。なあアズール、俺と取引しようぜ」
「……は?」
エイダからは見えなかったが、レオナが悪そうな顔をしているだろうことは想像に難くない。返す気なんて無い癖に、レオナはアズールに「この契約書を返したらお前は何を差し出すのか」なんて。
けれど手口としてはアズールと同じことだ。有利な立場で、弱者から望むものを巻き上げる。
すでにレオナは監督生の側についていた。毎日安眠妨害をしてやると言われて、けれど、レオナにだってレオナの目論見がある。いつぞや己がサインした契約書を破棄するつもりなのだから。
垂らされた糸は罠だ。底意地の悪い婚約者にエイダは呆れていたし、その後起こる事柄に身構えてもいた。
「――『王者の咆哮』!」
「やめろおおおおおおお!! !」
契約はすべて無かったことに。伴って、イソギンチャクたちも解放される。その場にイソギンチャクの生えた生徒はいなかったが、アズールの様子から契約書の破棄に成功したことは伺えた。
「あーあ、砂になる前にどんな契約内容だったか、見とけばよかったッスねー」
レオナとラギーが軽口をたたき合っている間もエイダはアズールから目を離さなかった。タコ足範囲によってはとにかく後ろに下がるつもりだったし、あと、オーバーブロット化がどんなものか気になってもいた。
好奇心は猫をも殺す。エイダはネコ科のライオンなので。
自棄になったアズールのキャラ崩壊と共にあふれる黒いオーラはオーバーブロットの予兆だ。それを見るのは二度目のラギーが慌てて宥めようとしたけれど、そうなる原因のひとりにアズールが耳を貸すはずもなく。
「くれよ……なあ、お前らの自慢の能力、僕にくれよ……!」
無差別に己のユニーク魔法で通りがかった寮生の能力を奪うアズールは、そこかしこに倒れた生徒のことなんて気にも留めていないようだった。
実際失った分の能力を補うことで頭が一杯なのだろう。エイダはその標的にならないように(無遠慮に)レオナとラギーを盾にして、どうしたものかと周囲を見渡す。今はまだその兆候がある、という程度だが、この調子で奪っていてはあっという間にオーバーブロットを引き起こすだろう。
「おいエイダ、お前は寮に戻ってろ」
「いやよ、だってあの子ったら鏡のあたりにいるんだもの」
「チッ……なら別んとこに隠れてろ、邪魔だ」
「オーバーブロットしたらちゃんと戦うわよ、邪魔だなんて失礼ね」
「オーバーブロットするのは確定なんスか……?」
ラギーは(またレオナのような異形を見るのかぁ……)とげんなりしたが、どうにも回避は難しいらしい。
イソギンチャクが取れたことで異変を察知したのか、アトランティカ記念博物館のほうに居たはずのジェイドやフロイド、監督生たちが戻って来て、アズールとその周囲に倒れた生徒たちに驚愕する。
「さてはレオナがいじめたんだゾ!?」
「俺のせいかよ。お前らが契約書を砂にしろっつったんだろ」
グリムくん大正解。エイダは深く頷いたが誰もそれを見ていなかった。
確かに砂にしろとは言われた――らしいが(エイダは作戦会議の時に不在だった)、何も期待させて落とすような真似をしろとは誰も言っていない。
いじめっ子体質のレオナと、グズでノロマなタコ呼ばわりされてきたらしいアズールでは相性が悪すぎた。
そしてそこにトドメの一言。
「今のアズールって昔のアズールよりずっとダサいんだけど」
……身内から刺さったなあ、と、エイダは思った。
ジェイドのほうはどうにか宥めようとしていたのだけれど。アズールはオーバーブロットを引き起こして、本来の姿であろうタコの人魚と化した。
しかしその容姿は黒く禍々しく、その背後にはおおきなタコに似たなにかがアズールに従うかのように控えている。
様子を見るに不意を打たれる形でなければ、能力を吸い取られるということはなさそうだ。
エイダとてそれなりの実力はある。マジカルペンを軽く振って、監督生に向かいかけていたタコ足を弾いた。
「監督生さんもうちょっと下がりなさいな! 当たるわよ!」
「はっ、はい! すみませんありがとうございます!」
グリムたちへの指示出しで己の周囲へ意識を割けなかったのだろう。
その妨害を煩わしく思ったのか、今度はエイダへ飛んできた水の塊をレオナがペンの一振りで弾き飛ばす。
「ぼさっとしてんじゃねぇよ!」
「どうも!」
アタッカーの役割はリーチ兄弟やジャックが果たしていたので、エイダは防御に回る。
正直、いらんことに首を突っ込んでしまったな、とエイダは思っていた。好奇心に殺されてやるつもりなど毛頭ないけれど、不用心ではあった。
来てしまったものは仕方ないので、やれることはやるが。
「僕は……僕はただ……ッ!」
嘆きと共にアズールは気を失い、異形の姿はもとへ戻った。――事態の解決である。
――その後の話。
アズールが監督生との取引で条件にした写真は後日元の場所へ戻すことになった。
エイダやレオナたちは行かなかったが監督生たち一年生組は共にアトランティカ記念博物館まで出かけて行ったそうだ。寮に戻って来たジャックから観光の感想を聞きながら、エイダは気にはなるが北の海に行くのは嫌だなあと改めて思った。
夕焼けの草原に生まれ育ったエイダは北の寒さに不慣れだし、あまり水中も好きではない。むしろネコ科で水が得意だという例が少ない。
「楽しかったみたいね」
「はい!」
……イヌ科だからだろうか。無邪気な後輩を前に、エイダは隠し持ったそれの存在を決して彼には知らせるまいと肩を竦めた。
自室へ戻って行ったジャックを見送った後、エイダは鏡の間へ向かった。彼が戻って来たということはモストロ・ラウンジの営業も落ち着いた頃合いだろう。
「あれ、エイダさん? どこ行くんスか?」
「ラギー。ちょっとアズールくんのところへ行こうかと」
「アズールくんの? え〜、様子見ッスか?」
「これを返しに」
にこりとわざとらしい笑みを浮かべたエイダがラギーにこっそりと見せたのは、レオナが砂にしたアズールの契約書――の、一部。ほんの数枚だが、エイダはこっそりと掠め取って保管していたのである。
ラギーは目を丸くして驚いた。確かにエイダはあの束に触っていたけれど、いつの間に。
「ほら、出席日数の水増しでも――って言ったじゃない? 叶えてもらおうと思って」
「ええ〜……でもあの後学園長に能力は奪っちゃダメって怒られてたじゃないスか」
「取っておいたのは昔のものだからバレないでしょう。これでレオナさんの進級は確実だわ」
「ちゃっかりしてるなぁ……」
「人には親切にするものよ」
それじゃあね、とエイダは手をひらりと振って、オクタヴィネル寮のほうへ消えて行く。
残されたラギーは「こわぁ……」と呟き、まあ自分には関係ないか、とサバナクロー寮へ戻るのだった。 prev|next [
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