01
北の海に浮かぶアルタイ島。
その港町には腕の良い薬師が時折現れるという。
興味を引かれたローはその薬師のもとを訪ねてみようかとその話をしてきた酒場で絡んできた男に聞けば、赤ら顔でまさしく酔っ払いと化していた男は「居場所は誰も知らねェのさ」と言った。
「居場所を知らない?」
「おうよ。そいつはな、たまにこの港町にやってきて、必要なやつにだけ薬を売る。それが驚くほど効き目が良くてなァ!」
男がローに腕を押し付けた。
興味はあるが暑苦しい。ローは、見ろよこれと言われて渋々視線を腕にうつす。見ろもなにもない。ただ毛の濃い男の腕だ。
「ちっとしくじってな、でけェ切り傷をこさえたんだよ、ここに。んでその日、町にきてた薬師が傷に効く薬を売ってくれて、塗ったら一瞬でこうよ!」
……眉唾ものだな。とローは思った。
たしかに傷は癒えたのだろうが、いつの話かも知らないのにそうなのかと思えるわけもない。切り傷であれば程度にもよるが大概は時間とともに癒える。
しかも喋っているのは酔っ払いだ。そろそろ呂律も怪しい。
眉間に皺を寄せるローの耳に酒場の店主の苦笑いが届いた。
「悪いね、兄さん。すっかり感動しちゃったらしくて酔うとすぐにこれさ」
「……本当なのか?」
「嘘なわけあるかってんだ!」
「本当らしい。複数人がそれを目撃してる。実際その薬師の持ってくる薬はみんな効き目が良くてね」
不眠症を一瞬で眠らせた薬、逆に目を覚ます薬。腰痛や胃腸に効くようなものから虫除け除草薬まで。
「あの薬師の姉ちゃんの魔法薬は本当に効くんだよ!」
ラインナップから呼称まで怪しい。魔法薬だァ? とローは眉間の皺を濃くした。
ありえないとは言わない。偉大なる航路では北の海で起こりえない出来事ばかりが起こるというし、実際にローは常ではありえない能力を持っている。
「その薬師が次にいつ来るかわかるか?」
「明日に来ると思うよ。売る場所は決まってなくてね、お昼頃に人だかりが出来てるのが目印だ」
そうか、とローは頷いた。代金にやや上乗せしたベリーを置いて席を立つ。
「どうも」
「はいよ」
「あばよ兄ちゃん! あんたもきっと驚くぞ!」
それが本当ならな、と返してローは酒場を出た。
翌日、ローは昼前には港町にいて、その薬師がやってこないかとペンギンを連れてうろついていた。
船を出るタイミングが合ったので共有したところ、彼も興味が湧いたらしくローについてきたのである。
「どんな奴なんだ?」
「そういや聞いてないな。女らしいが」
「ええ……」
人だかりが目印になるというのだからよほど分かりやすいのだろう。そのうち見つかるだろ、と行き当たりばったりに町中を歩いていた。
木製の大きな箱を背負った女と入れ違った。頭に大きなヘアバンドを巻いた女はまっすぐに歩いてどこかへ向かっていく。
数歩。入れ違ったあとにローは振り返り、立ち止まり、その木箱を眺める。両開きの戸。長く使い込まれているのであろう、深みのある風貌。
「ペンギン」
「今の奴だよな、多分」
ペンギンも同意らしい。
言葉少なにふたりはその女の後を追う。
背格好は普通の、旅人らしい様相だ。身軽で動きやすい格好。
だが女の背負う箱が薬箱だろうという確信があった。すれ違い際に微かにガラスのぶつかったような音が鳴ったのだ。
女は町の住人といくらか言葉を交わしながら、ギャラリーを徐々に増やし引き連れて歩く。やがて行きついた店通りのある空いたスペースに敷物を広げ、その上に薬箱を置いた。
「さ、魔法薬を売りにきたわよ。必要な奴がいるなら出ておいで」
そして二人は揃って眉間に皺を寄せることになる。
実際に売っていたのは鼻炎薬や頭痛に効くようなありふれた薬だった。
だが子供たちが近寄ってくると女は「また来たの」と苦笑して、取り出したなにかを子供たちが持っていた木の枝にそれを塗ってやる。
子供たちはきゃらきゃらとはしゃぎ、どこかへ走り去っていく──振り回す木の枝は虹色に変色し輝いていた。
変色したというだけならともかく、あれは今も色を変えている。赤へ、赤から青へ、青から紫、緑、ピンク。
規則性もあったものじゃない。
「……何だあれ」
「初めて見るのか? ありゃな、色変え薬っていうらしい」
「色変え薬ィ?」
カラフルに彩られたそれを子供たちは良いおもちゃにしているようだった。目を疑うような光景を目の当たりにして、ローとペンギンは怪しげな薬師の女は一体何者なのかと眺めている。
おかしな薬は子供たちに分けてやった“色変え薬”とやらだけだった。
「どう思う? キャプテン」
「追ってみるか」
何かしらの能力者。あるいは、偉大なる航路に通ずる何か。真に魔法薬だとは思っていないが、興味深いのはたしかだ。
正体を知りたい。店じまいだと片づけて薬箱を背負った女のあとを追った。
女はまっすぐに町を出て行った。薬箱が良い目印になるおかげである程度の距離を取っても見失わずに済む。そうして女と同じように町を出てしばらく。
立ち止まり、振り返って心底嫌そうなしかめ面で女はローとペンギンを睨んでいた。
はじめから追っていたことに気付いていたらしい。へえ、とローは感心したような声を上げながら大人しくわざと開けていた距離を詰めた。
「何か用?」
「薬を見せてもらえねェかと思ってな」
「イヤよ。同業者に見せる薬はないわ」
「……へえ」
また一度、口元が弧を描く。気の強い態度の女はローたちが海賊であると呼ぶより先に同業者ときた。
ペンギンが首を傾げる。
「なんでわかったんだ?」
「わたし、鼻が良いの。薬品臭いからそれ以上寄らないでくれる?」
「薬を取り扱っておいてか?」
「オーケイ、言いなおすわ。帰って」
当然の警戒心だとローもペンギンも分かっているので、対応に何か思うことはない。
ただ評判と、医療に関わると断言出来る鼻の良さ、ローたちが後を付けてきていると分かっての行動。それからいいな、と思った直感も含めて、ローは女の言葉を無視した。
「海賊に興味は?」
「はァ? ……あなたたち、ノルディーンじゃないの?」
「あんな雑魚と一緒にするな」
ノルディーン海賊団──北の海で若年層を攫い、奴隷として売り捌く悪名高い海賊たちの親元である。
こまめに拠点を移し、そして実力者が揃っているために海軍も手を出しあぐねて野放しにされているのが現状だ。
下衆と一緒にされても困る。ローが憤慨して返すと、女は首を傾げた。
「ふうん。確かに連中から消毒液の匂いがしたことはないけど……でもわたし、あなたたちのこと知らないし、そのジョリーロジャーも見たことないわ。ノルディーンを雑魚呼ばわりするだけの実力あるの?」
「あ?」
「だってあなた、今のとこ口先だけじゃない」
「……いい度胸じゃねェか。連中は邪魔だと思ってたところだ、潰してきてやるよ」
あーあ、とペンギンは思った。
完全に乗せられる形だ。勿論ペンギンも苛立ちはしたが、目の前で船長のほうが苛立っているのを見てキレる隙を逃し、いくらか冷静だった。
どのみちこの海を行くには倒すことになるだろう相手だと見据えてはいたものの。
そのためにコツコツ情報を集めてもいたのだ。ペンギンとしては異論はないし、ほかのクルーたちも一も二もなく着いてくるだろう。
女は挑発に乗ったローへ微かに笑みを浮かべた。
「じゃ、荷物纏めて夕方にはあなたたちの船に行くわ。そのマークと同じ船探せば見つかるでしょ?」
「え、来るのか?」
思わずペンギンは口を出した。女は「当然でしょ」と首を傾げている。
「ノルディーンが邪魔なのはわたしも同じだし。あなたたちだけで潰したら海賊になるかどうか考えてあげてもいいわ」
「ここから南東の岩場に船がある。黄色い潜水艇だ」
「へえ。わかった、じゃあ夕方ね──言っておくけどタネは仲間になってからよ」
「ああ、それでいい。お前、名前は」
「アドリアーナ。あなたたちは?」
「ハートの海賊団、トラファルガー・ロー」
「同じく、ペンギンだ」
そう、と女──アドリアーナは素っ気なく頷いて、手をひらりと振って離れた深い森の奥へと進んでいった。 prev|next [
←戻る /
top]