02
宣言通り、日が暮れた頃にアドリアーナはやってきた。
昼間に見たときとさして変わりない、大きな薬箱を背負ったヘアバンド姿で。
「へー。思ったより大きい船……あら、潜水艇なのね」
「キャプテン、こいつは?」
「クルー候補」
ども、とアドリアーナは手をひらりと振った。「候補ォ?」と怪訝そうなほかのクルーたちに、ペンギンが説明をしている。
黄色の潜水艇は岩陰に隠されていたがよく目立つ色だった。だいたいの位置は伝えられていたものの、これなら適当に散歩していても見つけられただろうなとアドリアーナは思っている。
ともかく、アドリアーナはハートの海賊団クルー候補。そしてノルディーン海賊団を倒すまでの協力関係──と、いうわけでもない。
アドリアーナは連中を潰したら仲間になるか考えてあげてもいいわ、と言ったのである。倒したところで決めるのはアドリアーナだ。
そういうわけなのでどちらかといえば客人扱いにされるだろうとアドリアーナは思っていた。
「へー! 薬師か!」
「よろしくなー!」
「部屋はイッカクと同室だろ? ハンモックまだ余ってたか?」
「なかったからさっき買ってきて倉庫に入れたし、イッカクへはすでに話を通してある」
「ナイスペンギン!」
ハートの海賊団はすでにノルディーン海賊団と敵対することをローが宣言していたし、それに向けての準備もしていたので、彼らは自分たちが勝つことを疑っていない。
それにローに勧誘されてウチに入らない奴はいないと思うほど自分たちのキャプテンを慕っていたので、彼らのなかでアドリアーナの加入は確定事項として扱われていた。
その態度に加えてアドリアーナは首を傾げる。ノルディーンに引っ張られてイメージしていた海賊とは様子が違っていたので。それにローとペンギンは結構大人しかったから、賑やかなのも意外だった。
「アドリアーナ、こいつがお前と同室でウチ唯一の女クルーだ」
「イッカクだ」
「どうも。アドリアーナよ」
とりあえず荷物を置きに行くぞとイッカクに連れられて船内へ足を踏み入れたアドリアーナは、道すがら食堂や医務室といった主要部屋を教えられて頭に入れる。思っていたよりもずっと広い船だ。暫くは耳と鼻を利かせないと迷うかもしれないと思いながらイッカクの後を追う。
「で、ここがあたしの部屋だ。今日からあんたの部屋でもある」
「これを置いて固定出来るだけのスペースをもらっても?」
背負った薬箱を指すとイッカクは頷いた。突然だったわりに片付いている。もともとイッカクはあまり物を持たないのかもしれない。
アドリアーナはいったんおろした薬箱から滑り止めのシートを引っ張り出して片隅に敷いた。その上に薬箱を置き、転倒防止にもうひとつ出してきた突っ張り棒を天井を薬箱の間に挟んで高さを調節する。
「手慣れてるな」
「大事な商売道具だもの。中身が割れても困るし」
船に乗ることもあったので必需品と化したのだ。薬箱を背負ったまま眠ることは出来ないし、床におろせば転倒の心配をしなければいけない。
「ああ、後で場所も教えておくが何か所か入られちゃ困る部屋がある。お前はまだ正式なハートのクルーじゃねェから入れるなってキャプテンからのお達しだ」
「そうなるでしょうね」
なるべく人目のある場所にいるつもりだったし、分からなくても都度聞けばいいだろうと思いながらアドリアーナは頷いた。
ノックの音と共にハンモックを持ってきた男はシャチだと自己紹介をした。取り付けてくれるというのでそのまま頼み、アドリアーナの居住スペースが整えられていく。
ついでにと小さめのチェストまで置いてもらった。寝起きできればそれで良かったのだけれど。
思ったよりもしっかりとした歓迎ムードにアドリアーナは少しだけ戸惑った。
それからアドリアーナはまたイッカクに連れられて船内を回った。操縦室、ボイラー室など船の主要部は通りすがりに入るなと言われて頷く。風呂場、トイレなどの水回りから男部屋など。最後に辿り着いたのは食堂──ラウンジも兼ねているらしい。
潜水艇なので内部はスペースが広く取られ、甲板は何も置かずシンプルに出来ているようだ。
通路の向こうからローが現れる。ちらりと視線を向けたのはアドリアーナの何も背負っていない背中だった。
「部屋のほうは終わったな」
「終わったよキャプテン」
「なら来い。一人旅してたなら情報は集めてるだろ、寄越せ」
「いいけど」
アドリアーナは頷きながらも意識は別のところにあった。そんな彼女に気付かず、ローは「ベポ!」と食堂へ向かって声を上げる。イッカクも用は済んだとどこかへ行ってしまった。
出てきたのは他のクルーと揃いのツナギを着たシロクマである。「おお」アドリアーナは目を丸くして、なるほどと心のうちで納得する。
「ミンク族?」
「知ってるのか」
「まあ」
「アイー! おれ、ベポ! ……お前、すっごい薬の匂いする!」
二足歩行のシロクマは両手で鼻を抑えた。近寄ってキツくなったのだろう。
「薬師だもの」言いながらアドリアーナは歩き出したローの後を追い、ベポも続いた。
追いついたローの背中から、アドリアーナはベポを横目に言う。
「けっこうクルーになってもいい気がしてきたわ」
「シロクマを気に入ったのかよ」
「ほんとか?」
「んー……まあ、そうかも」
曖昧に濁したアドリアーナにローもベポも彼女のほうを見たが、アドリアーナはそれへは言葉を重ねずに「念を押しておくけれど、わたしはアルタイ島に長居してたからここ最近の動向は知らないわよ」と言った。
「裏を取りたいだけだ、古くても構わねェ……しばらくあの港町で薬を売ってたのか?」
「ええ、そうだけど」
「魔法薬?」
「ええ」
「ただの薬だったろう」
アドリアーナはにやっと笑って人差し指を立てる。
「魔法みたいに効くからよ」
ローがフンと鼻を鳴らした一方で、ベポは興味を引かれたのか「魔法薬って?」と聞いてくる。
アドリアーナは「あとで見せてあげるわ」と答えた。船長が医者ならばあまり需要はないと分かっているし同業者にあまり見られたくはないが、それでも海にいる以上、この船にいるクルーたちだけが顧客なので。
アドリアーナの持つ情報は確かに古かったが、ノルディーン海賊団の動向を推測するには十分だった。
ローたちの持つものと合わせて現在の拠点推測位置を割り出す。アドリアーナは海図を見ながら頷いた。相違ない。アドリアーナも連中の根城はここだろうと思っていたのだ。
それからハートの海賊団はポーラータング号で潜水しながら慎重に拠点と推測される島へ向かった。
真正面から行ってもいいが、意表をついたほうが楽だ。ローは奇襲することに抵抗がない。
きっちりと下調べをした上で作戦を立てているローたちハートの海賊団の様子を片隅で眺めながら、アドリアーナはやっぱりけっこうクルーになってもいいな、と考えていた。
目的地へ辿り着くのに三日の時間がかかった。そのあいだに売れたのは声変え薬と色変え薬だ。
考えていた通り、彼らに通常の薬は必要なかった。ローはひとりでほぼすべての分野に精通していたし、キャプテンである彼に倣ってクルーたちも大なり小なり医療の心得がある。オペの際は助手にも入るそうだ──などという話をしつつ、その一日目を彼らはアドリアーナの魔法薬で遊んで過ごした。
食堂では聞きなれない賑やかな声と延々変色し続けるなにかしらが混在した。ローが頬を引きつらせるほどである。あまりにうるさかったので雷が落ち、クルーたちは一瞬静まり返り反省するもしばらくすればまたぎゃあぎゃあと騒がしくなる。
それがこう、思ったよりも耳にきたので、アドリアーナは途中で船長室に避難した。ローが共にいるならいいと言ったし、食堂から一番離れているし、静かだったのだ。
売るんじゃなかったとは思わない。売れるのならありがたい。よその船じゃ補充はできないが、売れる在庫は身軽になるために売れるだけ売ってしまうのがアドリアーナのやりかたである。
「そっちの棚なら好きに読んでいい」
「どうも」
「アドリアーナ! 声変え薬くれ!」
「もう売るな、お前」
「ですって」
「えー! キャプテンも遊ばない!?」
「遊ばねェ」
童心を忘れていないようで良いやら悪いやら。
部屋の主に怒られていたというのに元気よく誘いに来たシャチは意気消沈しながら戻っていく。
アドリアーナは肩を竦めて読書に勤しむことにした。読んだことのない本がたくさんあって、足を踏み入れた瞬間から興味を惹かれていたのだ。
キャプテン直々に禁止令が出されたのでアドリアーナは魔法薬をクルーたちにそれ以上売らなかったが、そうなるとどちらも大事に使われたようで、後々「まだ持ってたの!?」と驚くことになる。 prev|next [
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