04
潜水を選ばなかったポーラータング号の甲板にはクルーたちが勢揃いしている。
特に何人かにはあからさまにワクワクしているような視線を向けられていて、アドリアーナは応えるように笑みを浮かべた。
彼らはみんなアドリアーナが下船の準備をしていないことを知っているし、それからシャチにツナギの相談をしていたのも知っていた。
だからこれからよろしくだとか雄叫びを上げる準備をしていて。
するりとアドリアーナはいつも着けていた、幅の広いヘアバンドを外した。
ぴょこん。と、効果音が聞こえた気がする──毛の生えた丸いその耳は到底人のものではなかったし、その生えている位置だって側面ではなく上部にある。
「薬師兼魔女兼、半分虎のアドリアーナよ。よろしくね」
「えええええ!?」
「虎ァ!?」
「マジかよ……!!」
上げるはずだった声は全部驚愕にかき消された。
「……だからベポに反応してたのか」
一番に冷静さを取り戻したローが納得したように言った。
それから口にはしなかったが、耳と鼻の良さもその種族ゆえの特徴かと理解する。
逆にベポは気付かなかったようだが、薬の匂いで麻痺して分からなかったのだろうか。
「そう! 元々シロクマと一緒ならわたしみたいなのが増えても平気でしょ? 耳と尻尾を四六時中隠し通すなんて面倒臭いもの」
それはここが楽に思えるはずだ。
ベポが首を傾げた。
「尻尾?」
「ん、あるわよ。いまは隠してるけど」
匂いを嗅ぎに来たベポにされるがままになりながらアドリアーナは答える。
体へ巻き付けるようにしているから窮屈だが、今すぐに出そうとすると難しい。尻尾用の穴もないし。
「…………薬の匂いばっかで分かんないなァ」
「あ、消臭してるから分かりにくいと思うわ。使うのやめたら分かると思うけれど」
「そうなの? なあ、アドリアーナもミンク族?」
「いいえ、満月を見ても月の獅子にはならないから違うみたい。もしかしたら血は引いてるかもしれないけれど」
生憎とここらではあまり新世界の情報は入ってこないので、ミンク族については未知数だ。
ベポが覚えている限りの知識はローたちも共有しているが、アドリアーナがそれだと判別できるだけの基準も知らなかった。
そもそもミンク族は他種族のことを毛の薄いミンクとして認識していることを、いまの彼らには知る由もない。
「一応言っておくと、わたしのこれは悪魔の実ではないから泳げるし海楼石の影響も受けないのよね」
「本物の魔女ということか」
場所は変わり医務室。医者であるためかアドリアーナは身体検査を受けさせられていた。カルテを作るらしい。
アレルギーは特になし。持病もない。採血の痕をガーゼごと圧迫して抑えながら言うアドリアーナにローはちらりとその耳を見た。
その実在をローは聞いたことがない。だが魔女という概念が存在するのなら、実在だってあり得るのだろう。そういう海があるからこそローはさしてアドリアーナの存在に驚きはすれど疑問を持たない。
「そうね。でもほかにわたしみたいなのを見たことがないし、聞いたこともないから世界政府がわたしをどう見るのか分からない」
「だが確実に価値がある」
アドリアーナは頷いた。
ペンを振って実演してみせる。その先から水があふれ、しかし床へはこぼれず宙に玉のようになって浮かんでいた。
ローが眉間に皺を寄せる。
「……まあ、水は出せてもこれが限界なのだけど」
コップ一杯分にも満たないそれは能力者から力を奪うほどのものではない。それに能力者を抑えるのに一番効果的なのが海楼石である以上、強力なカードにはなりえない。だがそうと切って捨てるにはあまりにも特異だ。
しかし、ローとしてはそれよりも気になることがあった。
「なぜそうも喋る。これまでお前が伏せて来たものじゃねェのか」
「わたしがあなたをキャプテンにしてもいいと思ったからよ」
そう思えるだけの人柄は十分に見せてもらったつもりだ。もちろんベポがいる、というのも大きくはあるけれど、それは第一印象に過ぎない。
「ほかにもいろいろあるけれど、大きいところはそれね。もう少し細かく話したほうがいい?」
「いや。いい……どうせそのうち知ることにはなるだろうが、直接話しておく。おれはオペオペの実を食べた」
アドリアーナの意図するところはそういう腹の割り方ではなかったので制止しようとしたが、ローは「おれのクルーなら知っていることだ」とそっけなくオペオペの実について明かした。
能力の真髄。まだすべてを知り尽くしたわけではないと前置きながら、ローはその実が高く評価される理由を告げる。
ふ、とアドリアーナは強張っていた肩の力を抜いた。目じりを下げて苦く笑う。
「自衛ってだいじね」
「……まったくだ」
ローはわずかに口角を上げて答えた。 prev|next [
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