03
ノルディーン海賊団は現在、北の海の端に浮かぶ無人島を根城にしているようだった。
到着後に数人を偵察に向かわせて裏も取った。その船長のまわりに常にいる幹部の出入りも確認されたので、現在の拠点であるという確信を持ったハートの海賊団は夜を待って乗り込むことにした。
アドリアーナは見学だ。べつに何をするわけでもない。ついでに何かめぼしいものがあればいいなという漁夫の利狙いである。手を貸してもいい。ローはどっちでもいいと言ったので気分次第。
切り拓かれた森のなかにぽつんと建てられた屋敷はそれなりに金をかけていそうな外観だった。攫った人間を一時的に収容しているのがここでもあるらしい。
ローが号令と共に先陣を切る。クルーたちが続く。突如現れた海賊たちにノルディーンたちは慌てふためき、それから人が集まって交戦する。
いわゆる4つの海のうち、一番平和なのが東の海だという。では北の海はどうか。そこらへんの評価をアドリアーナはよく知らないが、まあ人攫いがいるんだから少なからず平和ではないなと思う。
現在の北の海で最も悪名高いのがノルディーン海賊団。その前はドンキホーテファミリーがあちこちの島を縄張りにしていたのだったか。
ドンキホーテファミリーが偉大なる航路へ向かい北の海を去ってから台頭してきたのがノルディーン海賊団なので、実力の差はドンキホーテファミリーがいた頃はまだ北の海にいなかったアドリアーナにははかれない。
だけれども悪評を聞くにどちらも知恵は回るようだった。あるいは逃げ足が早いか。そもそも、そうでなければとっくに海軍に掴まっているのだろうが。
ハートの海賊団はけっこうな実力者揃いのようだった。クルー同士の連携もしっかり取れている。アドリアーナが驚いたのはベポが格闘技で戦っていたことだ。おもいのほか身のこなしが軽く、叩きつける一撃は重い。
薬箱を船に置いて来たので荷物もなく、身軽なアドリアーナはふらふらと屋敷のなかを歩いている。時々出くわすハートのクルーへは「あっちが騒がしいわよ」と賑やかなほうを指してやったり、ノルディーンのクルーだったら適当に転がして放置する。それが出来る程度にはアドリアーナにも武術の心得があった。
「あ。トラファルガー・ローだ」
「本当にうろついてんのかお前……」
作戦計画時に邪魔はしないからうろついてもいい? と言われてなんだこいつという顔をしていたローは、屋敷の二階、廊下でばったり出くわしたアドリアーナにやっぱりなんだこいつという顔をした。
「みんなが強いのかこいつらが弱いのか分からないわね」
「おれたちが強い」
「そうかも。でもボスはどう──」
おもむろにアドリアーナは振り返った。突然階段のほうを向いて黙り込んだので、ローが「どうした」と聞く。
「呼ばれてるわよ、船長さん。外からみたい」
「はァ? ……お前、耳もいいのか」
「まあね」
頷いてアドリアーナは廊下を引き返す。階段がその方向だったので、ローも後を追って彼女の先を歩いた。
外へ出る。あら、とアドリアーナは声を上げた。
「テメェがキャプテンか……!」
「お前らは下がってろ」
「アイアイキャプテン!」
「ごめーんやられたー!」
死屍累々──かと思いきや、けっこう元気に声を上げているのはローが来たからだろうか。
そのくらいにはクルーたちがローを慕っていることをアドリアーナはこの三日でよく見ていた。
ノルディーン海賊団船長、ノルディーン・ライネリオ。手配書は見たことがあったので、直接対峙したことはなくともその男がそうだということはアドリアーナも分かった。
ローが担ぎ持っていた大太刀を抜き、鞘をアドリアーナへ放る。荷物持ちをしろということらしい。見物料みたいなものだろうか。いいけれど。
クルーたちが思いのほか遠くへ下がっていったのでアドリアーナもそれに倣う。大なり小なり傷を負っているが五体満足、まだ動けるがライネリオには敵わない程度か。薬箱はやっぱり持って来たほうがよかったな、とアドリアーナは思った。
ローの太刀筋は剣を持たないアドリアーナから見ても見事なものだと思う。背の高く細い男だという印象があったが身長と同じほどあろうかという長さの大太刀を片手で振り回しているのはすさまじく迫力があった。
一方でライネリオも負けてはいない。相互にぶつかりあう刀同士は拮抗し、ローがうまくいなしている。剣術という点であれば互角にも見えたが、ライネリオのほうがいくらか恰幅がよく、パワー勝負になってしまうとローに不利だった。上から押しつぶすようにされるとローは真っ向から受けずに横へ流している。
アドリアーナから見ればやや押され気味ではあるものの、技術としてはローのほうが上であるように思えた。不利な相手との戦い方を身につけている。闇雲に動くでもない。一方でライネリオは長所にあった戦い方はしていても、流された際の対抗策に欠けている。隙が少ないのか大振りな攻撃のわりにローに攻めるチャンスを与えないのは強いと言えるかもしれない。
「いけーキャプテーン!」
……楽しそうな観客のクルーだこと。見てないで治療しろ、とアドリアーナは内心で思った。
まあアドリアーナもアドリアーナでちょいと指先でヘアバンドの位置を直したりして余裕綽々だったのだけれど。
「あ、やべ、ほかの奴ら来ちゃった」
「動ける奴は動けー! 動けない奴も動けー!」
「キャプテンそっち任せましたァー!」
正面口のほうから出てきたノルディーンのクルーたちへ、ハートのクルーたちが足止め、あるいは掃討へ向かう。
なんだかどたばたしているが、ローは何も言わないのでこれが日常なのだろう。おそらくは。
ハートのクルーたちはライネリオこそ仕留められなかったものの、ほかの部下どもの相手は余裕らしく圧倒している。
やっぱり連携がうまいなとアドリアーナは思った。混戦に慣れているのか、そつなくフォローし合っていて隙が少ない。
己の部下が圧倒されているのを見てか、ライネリオが舌打ちをした。
「なるほどな。この拠点も潮時らしい」
風が吹いた。
その突風に持っていた大太刀の鞘を攫われそうになってアドリアーナは両手で持ち直す。鞘でこの重さなら本体はどれほどなのやら。少なからずアドリアーナでは到底振り回せなさそうだ。そもそも抜刀できるすら怪しい。
風はライネリオの味方をした──違う。ライネリオにとって風は味方なのだ。
「フハハ! 引き際は弁えているんだ、逃げさせてもらうぜ! おれはビュウビュウの実を食って風を自在に操れるんだ! あばよ!」
「“ROOM”──チッ、届かねェか」
あら、まあ。
アドリアーナはひとり風にすくい取られてどんどん高く、遠ざかっていくライネリオを手のひらでひさしを作りながら眺めていた。
部下は置き去り。あちこち転々としているようだから他にもこういう隠れ家があって、ほかにも部下がいるのだろう、おそらく。
ローもまた悪魔の実の能力者らしいがとうに相手は射程範囲から逃れていたようだった。舌打ちをして振り返り、取り残されたライネリオの部下たちへ向かう。追えない以上、先に片づけられる分を片づけようと切り替えたのだ。
ふうん、とアドリアーナは思った。
「足になってあげましょうか」
「……出来るのか」
「出来なかったら何も言ってないわよ。まだ見えるし、私なら追いつける」
「なら頼む」
了解、と言いながらアドリアーナは着ていたジャケットの内ポケットからペンを取り出した。先に宝石のついたそれをくるりと回して──箒に変わる。
先が筆状の、掃除に使われる一般的なもの。アドリアーナは預かったままの鞘をぽかんと口を開けて言葉を失っているハートのクルー……シャチだったか、に押し付けた。
目を見張って驚くローをよそにアドリアーナは横向きにした箒の柄を跨いだ。ふわりと浮いてローの隣まで移動して、止まる。
「刀は抜き身のままでいいでしょ、取り扱いには気を付けて。飛ばすわよ」
「ああ」
現実味がなかろうが目の前の出来事は出来事だ。ともかく追えるというのならそのほうが面倒がない。
長い柄にふたりが乗り、上昇する。
「掴むならこっち。あなた、腕長くてよかったわね──口閉じてなさい!」
ローの片手を引っ掴んで己の前に回し、柄を握らせたアドリアーナは身を低くする。体格差もあって無理のない姿勢ではない。ローは大太刀、鬼哭の切っ先に気を配りながら空を見た。
加速は突然だった。上昇がまだ緩やかだったのは二人乗りのバランス感覚をアドリアーナが覚えるためだ。感覚を掴んだと同時に飛ばせると確信し、忠告と同時に勢いよく飛び出す。
あまりの速度にびゅうびゅうと鳴る音がうるさい。振り落とされそうになってローは箒を掴む手に力を込める。
風の抵抗を受けながらもローは笑みを浮かべていた。――魔法薬なァ、なるほど。
「いいな、これ」
「あら、お気に召した? 平気ならもっとスピードを上げるわね」
更に強く箒を掴むなり加速した。風を切る音はもはや轟音で、耳が痛い。帽子も落とされそうだと考えて、ローはそもそも帽子を被っていないことに気が付いた。箒に乗って上昇した時点で落とした気もする。
しかしいまは帽子よりも目の前の敵だ。誰かが拾って持ってるだろ、たぶん。もしくは後で探せばいい。
遠ざかっていたはずのライネリオの背がもう近い。あっという間に追いついて、アドリアーナが上を取った。
「な、テメェら…………!?」
「はあっ!? ちょっとなに手を離して──」
風の音に違和感を感じてかライネリオが上を見て驚愕する。隙が出来る。ローはそれを見逃さず、箒から手を放して落下した。
フリーになった手を構える。いくら足があろうと攻撃手が飛べないローである以上、空中戦は不利だ。一撃で決める。鬼哭は持たずとも良かったかもしれない。一太刀浴びせるよりもこちらのほうが確実だ。
指先に意識を向ける。狙いを定める。落下する──指先が触れた。
「“カウンターショック”」
衝撃でバリ、と音が鳴った。ライネリオは感電の折に意識を失い、焼け焦げたような有様で海へと落下していく。
そして同じように落ちるローをアドリアーナが拾い上げる。正確にはローよりさらに下に降りて、落ちてきたローに直接箒の柄を掴ませた。
落下の勢いも乗って沈みかけたのを持ち直す。片腕だけでもとのように箒に乗り直したローへ、アドリアーナが呆れ顔で言う。
「無茶する! 言ってくれれば突っ込んだのに」
「喋るより早かった」
「あ、そ。まあいいわ、あれどうする? 引き上げたほうがいいのかしら?」
「定員オーバーじゃねェのか」
「……担げない?」
「海水で濡れるから無理だ」
ですよね、とアドリアーナは返して下降した。悪魔の実の能力者は海に嫌われ、水に触れる範囲が広域であるほど脱力してしまう。
真下が海である以上、ローまで落ちても困る。
浮かせて戻るには距離が無茶だったのだ。
柄の先に引っ掛けられないかと試行錯誤して、最終的にライネリオが着ていたジャケットに引っかけてどうにか吊るした。移動中に何度か落としたが、ローもアドリアーナも気にしなかった。
また落として回収するのが面倒だからという理由により低速運転で島へ戻ると、戦闘はすでに終えていたようでハートのクルーたちは手当てをする班と捕まっていた者たちの解放をする班、それから屋敷内の金目のものを根こそぎ奪う班で別れて動いていた。
アドリアーナたちは屋敷に置いてあった鎖で気絶したままのライネリオを縛り上げる。
「ロギアじゃねェならこれでいい」
海楼石ではないが逃げられることもない。捕縛を完了したところでふたりはなんとはなしに連れ立って部屋を出た。
鞘も帽子も戻ってきた。シャチがどちらも持っていたのだ。鬼哭を担ぐように持ちながら先程の交戦時とはまた違った慌ただしさのある屋敷の中を歩いていく。
金目のものはハートのクルーたちが大半を奪った後だった。残されていたのはテーブルに積み上げられた日誌や帳簿、書籍類である。民間人は海軍に通報して対処してもらうそうだから、ここらへんを見て後始末をしろという意図でもあるようだ。
何か面白いものは書いてないかなぁとアドリアーナは日誌をぱらぱらめくったが、胸糞悪い奴隷商人の話が書かれていたので眉間に皺を寄せてテーブルの上に放った。
「海賊に興味は?」
ソファに腰掛けてくつろぎながら帳簿を捲るローが言う。アドリアーナがそちらを見ると、目が合った。手が止まる。
ふむ。アドリアーナは考えてみる。ノルディーン海賊団は壊滅。ノルディーン・ライネリオも捕縛。
ハートの海賊団。ジョリーロジャーはけっこう愛嬌があってかわいい。黄色い潜水艇もいいとおもう。それにシロクマがいる。船長はけっこう強い。能力はまだ未知数。
「わたしはわたしの価値を分かっているわ」
箒から戻したあと、内ポケットにしまい直していたペンを取り出してそれを振る。
きら、と光を帯びたなにかがペンの先から流れ、積み上げられた帳簿たちが浮かび上がる。ローの持っていたものも取り上げられ、ふわふわと浮いたまま、日付順に並び替えられた。ローはそれを黙って見ている。
「人に知られたらそれなりに狙われるだろうってこともね。わたしを抱えて海を行く覚悟はあるかしら?」
「……おれが食べた実もそれなりに厄介なものでな。狙う価値のあるやつがひとり増えたところで変わりやしねェよ」
「ふふ、まるでハッピーセットね。いいわ、どのみち乗るならあんたたちのところが楽だろうし……薬師兼、魔女兼……さいごのはあとでいいか」
「…………?」
まだ何かあるのか、とローは思ったが口にはしなかった。
アドリアーナは笑う。
「わたしはアドリアーナ。今日からハートの海賊団の、アドリアーナよ」
なんならジョリーロジャーのタトゥーでも彫りましょうか? とローの入れているタトゥーを差してアドリアーナは言った。
「あァ、そのうち入れてやるよ」
返してローは立ち上がった。鬼哭を担ぎ直し、用を失った部屋を出る。
「戻るぞ」
「アイアイ、キャプテン──返事はこれがいいのかしら?」
「好きにしろ」
「はぁい」
アドリアーナは軽やかな足取りで己の船長の後を追った。 prev|next [
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