06

 北の海ノースブルー、海上。
 甲板では延々と肉が焼かれていた。島を出る前に狩ったばかりのワニである。
 アドリアーナは(食べるんだ……)とか(手際いいなあ)とか思っていた。巨大なワニを狩ること自体はともかくとして捌くのが早い。たぶん日常なのだろうと思う。実際、わけのわからないくらい大きな獣は海陸問わず結構いる。
 樽ジョッキを片手に切り分けられた肉を焼くのをアドリアーナも手伝っていた。切り分け作業へもアドリアーナは浮遊魔法をかけて参加していたのだ。
 この大きさじゃ切りにくかろうと宙へ浮かせたそれには「キャプテンも能力でこういう使い方出来るんじゃね?」とシャチが言って、ローに「やらねェよ」と突っぱねられていた。体力を使う故か、ローは日常生活において能力を使うということはあまりないようだ。
 宴会場と化した甲板はずいぶんと賑やかだ。海賊は宴をするものらしい。アドリアーナはあまりピンとこなかったが焼いたばかりの肉は美味い。アドリアーナは肉食なので。虎だもの。

「……よし、次の目的地を決めた」

 航路はベポが決めるが、最終決定はローだ。行き先もまた同じ。クルーたちの注目を集めるローへ、アドリアーナもまた同じように視線を向けていた。ついでにトングで肉をひっくり返す。

「偉大なる航路グランドラインだ」

 お、とアドリアーナがあげた声はほかのクルーたちの驚嘆にかき消された。
 偉大なる航路グランドライン——世界を一周する、天候や海流がでたらめな超常現象の起こる海。常識が通じないと聞く。
 海賊たちの目標というか、度胸試しというか、そんな場所だとアドリアーナは認識していた。
 向かうためにはリヴァース・マウンテンを越えなければいけないということも耳にしている。

「っしゃー! やるぞー!」
「そのために食うぞー!」

 臆する者はいない。それだけこの海で経験を積んできたのがこの海賊だ。一番の新参であるアドリアーナもローたちを見ていていずれ行くことになるだろうなとは思っていたし、不安はない。
 士気を高めるクルーたちの輪に混ざりながら、アドリアーナもまた膨らむ夢に胸を高鳴らせていた。


 ハートの海賊団船長、トラファルガー・ローは下調べを欠かさないほうだ。
 もともと博識な彼は偉大なる航路グランドラインについての知識も随一だった。入り方、記録指針ログポース、半周した先に再び現れる赤い土の大陸レッドライン。
 記録指針ログポースのほうは以前交戦した海賊団から奪っただとかで保管されているものがあるらしい。
 そういう話を聞きながら、アドリアーナは北の海ノースブルーで寄るのは最後だという島を感慨深く眺めていた。
 海賊であり航海を続けている以上、同じ島に行きつくことのほうが稀ではある。ハートの海賊団は縄張りらしい縄張りを持っているわけでもなし、それにあまり同じ島に出没していては海軍に追われる可能性が高くなってしまう。
 しかし海賊としてはこの島に来るのは初めてでも、アドリアーナは違った。以前、この島をよく訪ねていた理由がある。

「キャプテンってこの島のことはどれくらい知っているの?」
「流通が良いとは聞いた」
「そう。薬草の品揃えが良い店があるの。多めにストックを作っておこうと思うのだけど」

 何か特別揃えておきたいものはあるだろうかと聞くアドリアーナに、ローは少し考えるようにしたあとで「ついてこい」と鬼哭を担いだまま歩き出した。

「薬剤室?」

 ポーラータング号の医療設備はこれひとつで診療所が開けるほどだ。海賊なのであまり褒められたルートからではないにしろ、薬類も充実している。ローはその一角を指した。空の戸棚以外は何も置かれていない。昨日見たときは木箱が積まれていたはずだ。

「お前が好きに使え。あとで壁を増設して小部屋にする」
「えっ! いいの!?」
「必要だろう」

 アドリアーナは大喜びでペンを振って寸法を測った。それなら自室に置いてある薬箱もこっちに持ってきてもいいかもしれない。大きな鍋もほしい。どのくらいまでなら置けるだろうかと広めに取られたスペースではしゃいだ。

「一般的に流通している薬はいったんいい、まだ在庫がある」
「了解。骨折の治療薬なんかは増やしておくわね」

 アドリアーナは己のことを役職としては第一に薬師がくると思っている。
 趣味というよりは特技として育ち、それから生業にしたことなので拘っているつもりはないと自称するが、長年の付き合いで虎の嗅覚を持ちながらに薬草の匂いに心が落ち着く節があった。ベポには信じられないと言われたが。
 持ち込んだ薬箱のなかにはまだ様々な魔法薬があって、それから材料となる薬草類も保管してあるし調合に必要な鍋やらなにやらもある。空き瓶はまあまあ。
 だが持ち歩かなければいけないこともあって小さく簡易的なものばかり。こういうふうにスペースを貰えるのなら人工魔法石の精製に挑戦してみたいし、こちらで自生している植物の効能をゆっくり実験できそうだし、簡単に手に入らない材料の代用品探しも捗りそうだ。
 とりあえず鍋の追加はしたいし、保管用の小瓶も追加でほしい。それから、それから……。

「……広げるのは追々にしておけよ」
「は、いけない。そうね、偉大なる航路グランドラインでどこまで調合できるか分からないもの」

 前触れもなく大嵐に見舞われたり、わけのわからない海流に巻き込まれたりしかねないのであればのんびり作ってもいられない。魔法薬学もまた細心の注意を払わなければいけないのだ。
 船の揺れやら何やらを考えると停泊時にしなければいけないものもある。暫くは粉末に砕いたり練ったりだなァ……とアドリアーナは肩を落とした。腕に自信はあれども振るえなければ意味もない。

「それからその薬草屋の品揃えはおれも見たい。贔屓にしていた店があるんだろう」
「ええ、……あ、もしかしてわたし待ちだった? ごめんなさい、いま行くわね」
「もののついでみたいなモンだからべつにいい」

 暗視薬を作りたいだとか考えているアドリアーナにとっては特技のはずである、たぶん。
 ぶつぶつ呟いている姿にほとんど趣味じゃねェかとローは思った。
 場合によっては止めるために同行を決めたことをアドリアーナは気付いていなかったが、案の定ローはストッパーにならなければいけなかった。
 キロ単位で買い込もうとするなそんなモンうちには保管しておけねェだろ大きさを考えろ!
 …………ローは次からペンギンかシャチを連れて行くように船長命令を出した。 

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