07

 偉大なる航路グランドラインへ入るための道はふたつある。ひとつは偉大なる航路グランドラインの両脇に沿った凪の帯カームベルトを越える方法。こちらは巨大な海王類の巣窟と化しているので現実的な方法ではない。
 もうひとつ、リヴァース・マウンテンを越える方法。4つの海から大きな山へ向けて海流が登っており、その先から偉大なる航路グランドラインへと下ることになる。凪の帯カームベルトを越えるのが容易ではない以上、海賊たちはリヴァース・マウンテンを入口にするしかない。
 ハートの海賊団もそれは例外ではなく、かの山を目指して進んでいた。凪の帯カームベルトが隣接していることになるのでベポが慎重に進路を見ている。アドリアーナも箒に乗って空を飛び、人差し指と親指で輪を作ったところに望遠魔法をかけて赤い土の大陸レッドラインに沿って入り口を探していた。
 裂け目らしきものが見えて、角度を変えてよく見るために高度を上げる。吸い込まれるように潮の流れがより勢いをもっていた。あれだろう。

「あったわ、二時の方角ー!」
「アイアーイ! 二時の方角!」

 声を張り上げると甲板から中にと順繰りに伝えられ、ポーラータング号の進路がわずかに逸れる。
 もう少し行けば肉眼でも分かりやすくなるだろうから、そうすればアドリアーナの役目は終わりだ。

「アドリアーナ〜! おれにも望遠魔法かけてくれ!」
「あっずりィぞ! あたしも見たい!」
「はいはい、輪を崩したら解けるからね」

 同じく甲板で見張りをしていたウニとイッカクにも魔法をかけてやって、物珍しさに遠くを眺めるふたりにそちらを任せてアドリアーナは近辺の警戒に意識を向ける。
 凪の帯カームベルトはその名の通り、風が凪いで波も穏やかな海だ。入った途端にそうなるのでとても分かりやすく、その海に棲む海王類はあまりそこから出てこないらしい。
 少しばかり下降して海面より下に妨げになるものがないかと気配を探る。それを聞き分けられる程度にはアドリアーナの耳は良かった。
 目指しているリヴァース・マウンテンを登る海流はあまり横幅に余裕がない。登り坂になるほどの勢いなのでなるべく真ん中を捉えて進まなければ横壁にぶつかりそうな勢いだ。
 やがて近付いたそこへ慎重に舵を取って、危なげなくポーラータング号は山を駆け上がり始める。
 その頃には甲板に降りていたアドリアーナは、強い揺れにたたらを踏んだ。

「うわっ」
「落ちるなよ〜!」

 なんならアドリアーナは飛んでいても良かったのだが、せっかくなら同じ船の上で新たな海へ入りたかったのだ。
 欄干をしっかり掴んで進路を見据える。
 この潜水艇は頑強な素材で出来ているらしい。そこらへんの岩なら壊して進めるとベポから聞いたのでそちらの心配はさほどしていない。
 4つの海から登ってきた海流がぶつかり合う。ポーラータング号も当然流れに乗って揺れが酷くなった。しかし呑まれはせずに、やがて下り坂に乗って進んでいく。

「行けーッ!」
「偉大なる航路グランドラインだァー!」

 歓声と共に、飛び出すようにしてハートの海賊団はポーラータング号と共に偉大なる航路グランドラインへと踏み入れた。

「はァー……聞いたときも思ったけど、本当にめちゃくちゃな入り方ね」
「島は!? 島ある!? 見える!?」
「アドリアーナ〜! 望遠魔法ォ〜!」

 着水後、波に流されるように赤い土の大陸レッドラインから離れたところでひとまず落ち着いたと見たのかガヤガヤと操縦室にいた面々が甲板へ飛び出してきた。
 揃ってアドリアーナの望遠魔法を借りようとするので(単眼鏡よりも倍率が高いので仕方ない)、アドリアーナはペンを振って一斉に掛けてやった。
 騒ぎながら各々が島を見つけようと躍起になって輪を作った指の隙間を覗いている。

「飛沫どころかもろに引っ被って酷い有り様だわ」

 ふう、と息を吐いてまたペンを振る。海水ですっかり濡れ鼠と化した全身に乾燥魔法をかけたアドリアーナは、同じく何かあったときのために甲板に出ていたウニ、イッカクも乾燥させてやって——「あっ、ありがとうなー!」「ありがとー!」「いいえー」——それから遅れて出て来たベポに近寄った。
 シロクマの大きな手のひらに、小さく記録指針ログポースがちょこんと乗っている。

「ここから七本あるうちのひとつを選ぶんだっけ?」
「そうだよ。もう記録ログが溜まってるやつだからおれたちは選べないけど」
「そうなの」

 偉大なる航路グランドラインでは記録指針ログポースが次の島を指し、それだけが航海のしるべとなる。島が特殊な磁気を帯びていて、それを記録させることによって次の島へ進むことが出来るようになるのだ。
 ベポの持つ記録指針ログポースに沿ってアドリアーナはそちらを見てみるが、特に島は見えない。まあ、すぐに現れるようなものでもないのだろうが。

「お前ら、配置に着け! 喜ぶなら島についてから喜べ!」
「あっそうだった」
「どのくらいで島につくかなァー」
「……海水被ってしょっぱいからいまのうちにシャワー浴びて来ていいかしら」
「あっ、あたしもー」
「おれは乾かしてもらったしいーや」

 海水の潮っぽさも取り払ったがそれはそれもして気分的にさっぱりしたい。
 呑気なアドリアーナとイッカクへ、ローは「突然嵐になっても知らねェぞ」と忠告はした。
 酷い時化に見舞われた。

「あ、潜った?」
「時化ですって」

 こういうとき、潜水艇だと海に潜れば安定するのが良いところだ。海流に巻き込まれなければだが。
 女子貸切にした風呂場で長らく揺れていたかと思えば落ち着いたので、ふたりはなんとなく天井を見上げた。べつになにか見えるでもない。
 アドリアーナは何枚か扉を超えても声を拾える。なんだか賑やかな廊下から必要な言葉を拾ってイッカクに伝えた。
 ハートの海賊団には現在、女性クルーがアドリアーナとイッカクの二人しかいない。そのために専用に風呂場を分けるのではなく、使用中のプレートを下げて使っていた。水周りの改築は面倒なのだ。スペースも取るし。

「時化かァー、じゃあ出ても外は見れねェな」
「窓から海中は覗けるでしょうけど。知らない魚が泳いでるんじゃない?」
「あ、そうだな、偉大なる航路グランドラインは魚の味違うのかな」
「浮上したら釣りがしたいわね」

 もっと言えば食べ比べがしたい。完全に魚の口になったところで二人は風呂を出た。
 荒れる海に駆け回って対応していた男性陣を放置してのんびり入浴していた二人へ文句が入ったが、リヴァース・マウンテンで甲板に出ていたので受け付けなかった。十分監視警戒の仕事はしたつもりである。
 ちなみに同じく甲板組だったウニは操縦班に加わっていた。


 潜水艇内部、覗き窓から見える光景は北の海ノースブルーのそれとは明らかに違っていた。
 北の海ノースブルーは冷たい冬の海であることが殆どだ。四季がないわけではないが、冬の期間が長くほかの海と比べて夏でもあまり暖かくはならない。
 そういう、鋭く冷たい海ではないところにいた。
 深いところに潜っているにも関わらずどことなく海の色は柔らかい。射す光も北の海ノースブルーより深くまで届いている気がする。
 それに泳いでいる魚も鮮やかだ。

「夏島の気候ってことかしら」
「あ、だからか。なんかいつもと違うと思った!」

 一緒に同じ窓から海中の風景を眺めていたシャチが手のひらを打った。イッカクは夕飯当番なのでちらっとだけ覗いてキッチンへ行って、入れ替わりにシャチが来た。
 一番良く見えるのは操縦室からだが、そちらは働いてるクルーの邪魔になるので食堂から。ほかにも数人、手の空いているクルーが窓に張り付いて外を眺めている。
 北の海ノースブルーから来た面々にとって、とても珍しい光景だったのだ。操縦室のみんなだってこういうふうに目を奪われているに違いない。

「そういえば浮上はまだ出来なさそう?」
「どうだろうなァ……ここらへんの魚食べたいからみんな上がりたいっつってたけど」
「さっきクリオネがキャプテンとベポに直談判してくるって出てったぞ」

 よほど浮上したいらしい。

「アドリアーナはいるか?」
「はーい」

 噂をすれば、だった。食堂に入ってきたローが窓に張り付くクルーたちにふっと息を零すように笑った。傍から見ると面白いほどの浮かれ具合なのはそうだろう。
 呼ばれたアドリアーナは返事をして窓際を離れた。

「どうしたの?」
「魚の毒性は見分けられるか?」
「あ。ご飯用? 解析魔法で分かると思うけれど」
「なら浮上したら手伝ってやれ」
「アイアイ」

 アドリアーナが返事をすると同時に食堂に大歓声が響いた。

「偉大なる航路グランドラインの魚だァー!!」
「美味い!? 美味いかな!?」
「浮上だ〜〜!!」

 アドリアーナも気になっていたのはそうなので、解析魔法の魔法理論を思い浮かべながら気合いを入れ―—

「そういえばキャプテンもスキャンで分かったりしないの?」
「分かるが体力を使うからあまり数をやりたくねェ」
「ふうん。……うーん」

 アドリアーナはペンを取り出して考える。先に付いた魔法石はすこし濁っていた。まあ浮上するまで休んでいれば大丈夫、か?
 ローが低い声でアドリアーナを呼んだ。顔を上げる。いつにも増して人相の悪いキャプテンにアドリアーナは首を傾げた。

「その石はなぜ色が変わっている」
「へ、ブロットが溜まってるからだけど」
「…………ブロットってのは」
「魔法を使った副作用みたいな……? あれ、言ってなかったかしら?」

「一番に言え!!!!!!」
「いったァ!?」

 ローだけではなく他のクルーたちもみんな怒ったし、振ってきた拳にアドリアーナは涙目になった。

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