忍の仕事というのは、人の感情を一身に受ける。親愛も、感心も、一瞬で憎しみに変わる。
普通の人間であれば、心を病むのが普通であろう。
だからこそ忍は、重きを主君の
己を中心に置けば、感情に揉まれ、待つのは落命だからだ。
──人は霞を食べて生きてはいけない。
なまえは唇を噛む。生き地獄というものは、確かに存在している。
人は命を落とさずとも、容易く地獄へ行けてしまうのだ。
「文はこまめに送れ。あくまでお前は故郷を恋しがる女だ」
「はっ」
「戻る日はお前が決めていい。怪しまれぬよう、頃合いを見て帰ってこい」
高虎は城門で見送りのために立つなまえに、まるで今生の別れを言い渡すかのように言葉を重ねる。
ああ、その華奢で傷塗れの手を握ってやれたら、どれほどよいだろうか。高虎は積もる感情に後ろ髪を引かれる思いだ。
代わりにと、高虎は懐から小さな桐の箱を取り出す。
それを半ば彼女の腕に押し付けると言った。
「……お前の、好みだと良いのだが」
たったその一言は、やけに小さく弱い。高虎は己が押し付けた箱と彼女の顔を交互に見やっている。
その不審な目の動きは何なのだろう。なまえは訝しげに彼の顔色を窺っていると、ひとつ咳払いで返事をされた。
「(……今、確認しろと?)」
なまえは憶測ではあるものの、高虎のぎこちのない態度をそう解釈してみる。それが正解か否か、なまえは高虎の様子を注視しながらも、恐る恐る箱を開けて中身を探った。
すると、指先に繊細な凹凸が掠める。菓子ではないことは箱の様子から察してはいたものの、なにやら高価そうな感触になまえは息を呑んだ。
丁寧に指を動かして、品を掴む。ゆるりと持ち上げれば、梅の花の簪が控えめに彼女を待っていた。
「まあ……」
──我が身には、勿体が無い。これでは馬子にも衣裳というものだ。
なまえはたかだが忍程度に大層な品を贈るものだと、高虎の情の厚さに感服する。
「(素敵。しかし、身に着けてしまってはどこかで落としてしまうやも……)」
「それを、肌身離さず持っていろ」
「……はっ、それが主君の命とあらば、守るのが従者の務め」
高虎はやや含みと間を持ったなまえの返事に、眉間に皺を寄せる。
ねねから出された菓子には、演技だとしても、あんなにも喜びを露わにしていたというのに、主君からの褒美には世辞でも喜ばぬのかと、不服さがにじみ出る。
しかし、感情を表に出さぬのが忍の美学か。
高虎は口からつい零れそうになった未熟な嫉妬心を抑えて、代わりに