久方ぶりに心置きなく話すことのできる機会だったのだろう。ねねは幼子のように騒ぎながら、一刻、高虎となまえと語らった。
しかし時に目を伏せながら昔を語る彼女はどこか悲しげで、痛ましい。立場のある人間というのは、その実、孤独なのだろう。
高虎は世間話に付き合いながら、なまえを預かってほしい旨を巧みに言った。
「戦孤児のなまえは、侍女として長年俺だけに仕えてきた。少しの間でも良いのです。より良い環境で、経験を積ませてやりたい。無礼極まりない申し出であることは承知しております」
何ともお涙頂戴な理由を並べ、ねねを口説く。高虎は聡い。ねねがやや感情的であり、そして人情に篤い人であることを知っている。ただの侍女を受け入れるには、その感情をいかに揺さぶるかが鍵なのだ。
──部屋の外で、幼子の笑い声が聞こえる。
この城で出会える童ともなれば、秀吉の忘れ形見である豊臣秀頼のものであろうとは明確だ。
ねねはまた目を伏せる。それは寂しさからくるものではなく、確かに慈愛に満ち、口元は柔く緩やかな弧を描いていた。
それを視認した高虎は、驚くほどに冷静で冷徹だ。そして思う。押すのなら、今しかないと。
「……俺はなまえを大切にしている。ただの侍女に、と思うかもしれない」
「! そんな、高虎。とっても素敵な気持ちだよ」
「俺は城の者が皆、大切です。俺が死んでも大事無いように、まずは優秀な彼女がここで学び、その知識を持って、有事の際に命だけでも繋ぐ術を身に付けさせてやりたい。城の者の生きる道を増やしてやりたいのです。お願いします、おねね様」
高虎が深々と頭を下げた。静かに主君の発言を聞いていたなまえも、追って深々と頭を下げる。
するとさすがのねねも慌ててそれを制止し、明るく笑って言った。
「そんな、高虎の頼みを断るわけないじゃない! なまえを預かるのも大歓迎だよ!」
「ありがとうございます」
「ただ、ちょっと……ね、城内が不穏なの。あの人がいなくなってからみんな不安みたいで。私もいつまでもでしゃばってちゃ駄目でしょう? しばらくしたら隠居するつもりなの。本当はなまえを私の傍に置いてあげたいんだけど、それじゃ駄目だから……、別の子の傍でも問題はない?」
「無論です。確認といっては何ですが……、その口ぶりですと、目星はついていらっしゃるので?」
「そうね! う〜んと……」
ねねは華奢な手を指折って、人の名を数えた。
「茶々は少し気難しいところがあるから大変そうだし、清正……は外にいることが多いでしょう」
高虎は内心舌打ちをした。最も最善な人選は、秀頼の母であり、かつて主君だった者の娘──淀殿だ。しかしそれは早々に候補から外されてしまったではないか。
加えて、嫌な予感がする。ここで子飼いの面々の名前が出てくるということは、豊臣の頭脳である彼の名が挙がる可能性は非常に高い。
──『あいつは頭脳明晰だ。そのうえ勘が鋭く、警戒心も強い。だから、あまり接触しないほうがいい』。
数日前、己が発した言葉を、なまえは覚えているのだろうか。もちろん覚えているはずだ。なまえは優秀な忍なのだから。
しかし、高虎はなまえに横目で合図を送った。念押しとは別の感情を携えながら。
だが、なまえは高虎に合図を返すことはしなかった。なぜなら、疑惑の念が僅かでも生まれる行為を、彼女は好まない。
──なまえのその警戒心が、高虎は何よりも心地よく、安心ができた。
「そうね、正則も外にいることが多いから……」
「……」
「……そうだ! 三成! 三成がいいよ! 素直じゃないけど、いい子なんだよ〜!」
ねねはなまえの手を取ると、柔らかく笑む。なまえもそれに呼応するように笑めば「はい」と屈託なく頷いた。